乳飲み子を救え! 年間200匹以上の猫を殺処分の危機から救出する「岡山猫の母」
猫の殺処分数が非常に少ない岡山県は、近年「全国一殺処分数が少ない都道府県」(※)になることも多い。その陰には動物愛護センターや保健所に収容された猫を引き出し、譲渡先を見つけるまで育てる預かりボランティアの存在がある。
なかでもきわめて繊細で、世話の難しい乳飲み子を中心に毎年200~300匹預かり続ける吉田貴子さんは、命の最後の受け皿として尽力している。「岡山猫の母」と信頼される吉田さんの活動を前後編の2回にわたってお届けする。
(※)環境省「犬・猫の引取り及び負傷動物の収容状況」(令和元年度)参照。引取り数・殺処分数は、負傷による収容を除く
獣医師としての葛藤
「岡山 猫の保健室むーちょ」という看板のもと、猫の預かりボランティアを行う吉田貴子さんは獣医師免許を持つ。保護した猫や譲渡先の猫などを治療できるよう診療施設として開設届を出してはいるが、一般的な診察を積極的には行わず、主に地元自治体に保護収容された猫を預かり、譲渡先を見つける活動を行っている。
特徴的なのが、世話の難しい乳飲み子を率先して預かっているという点だ。
「自治体に持ち込まれる猫の多くが乳飲み子なんです。その子たちを引き出さないかぎり、決して殺処分は減らないんですよね」
大学で獣医学を学び、獣医師免許を取得した吉田さんは卒業後、動物病院に勤務医として3年間働いたが、一度は動物にかかわる職業から離れた。
「数十年前はまだ不妊去勢手術が一般的でありませんでした。毎年子猫を産ませては安楽死させてくれと連れてくる飼い主さんや、親はどうなってもいいから子どもだけ出してくれというブリーダーなど、いろんな人がいました。動物の命を助ける以上に、そういう人たちの相手をしないといけない現実に疲れ、続けられなくなってしまったんです」
動物の命に再び向き合う
動物からまったく離れ、レストランや結婚式場でピアノを演奏する仕事をしたり、アメリカに音楽留学もしたが、帰国後、岡山県の家畜保健衛生所の獣医師の産休代理(嘱託職員)として携わり、その後、岡山市の食肉衛生検査所の獣医師(非常勤職員)として勤務するようになった。
「2012年に家を建てたことで犬や猫を自由に飼えるようになりました。そんなとき、朝日新聞で岡山県動物愛護センターが預かりボランティアの募集をしているという記事を目にしたんです。
動物の殺処分はずっと気になる問題でした。思えばその昔、大学で解剖や生理学の実習をしたときも『動物の命を奪ってまで行う実験なのだろうか』というモヤモヤがつきまとっていたんです。
臨床獣医師になってからも、腕を上げるために保健所から引き出してきた犬を手術の実験台に使うということがありました。私はとても参加できなかったのですが、『これが本当に動物のためなのか』という疑問をぬぐえずにいました。
命を犠牲にしながら獣医師になったのに、今に至るまで命を助けることができていないという葛藤を持ち続けていたので、自分にできることはないかなと思っていたんです」
乳飲み子を救う「最後の受け皿」に
獣医師免許を持っているとはいえ、預かりボランティアは初めての経験。預かった猫の譲渡先を見つけられるのかという不安もあったが、動物愛護センターで説明を受け、初年度は年間25匹を預かった。
翌年には154匹を預かり、養育した猫の譲渡先を見つけた。体調の問題もあり、食肉衛生検査所を退職した2014年には約300匹を預かった。
「ボランティアを始めたころは仕事をしていたので2カ月以上の子を主に預かっていましたが、乳飲み子を引き出さないかぎり殺処分は減りません。仕事をやめたことを契機に、乳飲み子を思い切り育てようと決意しました」
ほぼ同時に開業届を出した。
「預かりボランティアにとって、一番の金銭的負担は医療費だと思うんです。猫の具合が突然悪くなったとき、夜間の病院に駆けこめば、処置がなくても診察代だけで約5000円。病院への往復や診察待ちにかかる時間的拘束も大きな負担となります。
さらに、乳飲み子の診察に慣れている獣医師が少ないことに気づきました。事実、私が臨床に携わっていたときも乳飲み子を診たことは一度もありません。病院に連れて来られる猫はせいぜい1.5カ月から2カ月ぐらいなので、乳飲み子の処置はめったに経験しないんです。私自身、こんな小さい子に注射していいのだろうかと最初はためらいました。
でも、乳飲み子ほどあっという間に衰弱して死んでしまう。それなら治療をして助かる可能性を選択したいと思いました」
開業届を出したことで、医薬品を扱えるようになった。吉田さんは早めかつ積極的な治療で、こぼれ落ちそうな命を救ってきた。
「他の預かりボランティアさんや団体さんも頑張っていますが、多頭崩壊になったら元も子もないので、一定の預かり数制限があります。動物愛護センターや保健所はそちらがいっぱいであることを確認したうえでうちに打診を行うので、私が断ったらもはや行き場はありません。
すぐ殺処分にならなくても、乳飲み子へ3時間おきに授乳を行うことなど、仕事のある職員さんたちには不可能な話ですよね。おのずと収容先で命が干上がってしまうんです。
その現実を受け入れがたく、預かってもらえないかと打診が来たら断らないようにしようと心に決めました。私が最後の受け皿になろうと誓ったんです」
(写真提供:吉田貴子さん)
(後編に続く)
- 吉田さんのブログ「岡山 猫の保健室むーちょ」
- 名前の「むーちょ」は、スペイン語で「たくさん、いっぱい」の意味だとか。吉田さんの「1匹でも多くの猫を救いたい」という思いからつけられたそうで、ボランティアさんたちからも「むーちょ先生」と慕われています。
sippoのおすすめ企画
「sippoストーリー」は、みなさまの投稿でつくるコーナーです。飼い主さんだけが知っている、ペットとのとっておきのストーリーを、かわいい写真とともにご紹介します!
LINE公式アカウントとメルマガでお届けします。