猫の殺処分ゼロを目指す獣医師の挑戦 夢は「私のようなボランティアが必要ない世界」
「岡山 猫の保健室むーちょ」として預かりボランティアを行う獣医師の吉田貴子さんは、ステージの異なる幼猫を24時間体制で育てている。
今年4月から自治体やボランティア団体とも連携して、ミルクボランティアの育成にも乗り出した。
(前回のお話はこちら)
ステージの異なる乳飲み子たち
一口に乳飲み子と言っても成長段階ごとに、授乳や食事を与える時間が異なる。
「生後間もなく目が開く前の子には1日3時間おきにミルク。目が開いて2週齢くらいの子は1日6回、4時間おきに授乳する必要があります。次に、ミルクがメインの離乳前期と、ある程度離乳食を食べられる離乳後期。
この時期は個体差が大きく、上手に自力で食べる子もいれば2カ月くらいになっても自力で食べない子もいるので、その子に合わせながら、1日5回の給餌と授乳を行います。離乳食をそこそこ食べられるようになったら、授乳のミルクは徐々に減らしていきます。
ドライフードを口にできるようになれば、1日4回程度に減らしていきます。病気の猫にはまた違う対応となりますね。食道に病気がある子には1時間おきぐらいに流動食を流し込むので、一日中世話をしているような感じです」
出産のピークとなる春からの数カ月間は、例年「乳飲み子祭り」。毎日約5匹ずつのペースで増え、多いときには1日で14匹来たこともある。ミルクボランティアが増えてきた成果で、この春は比較的楽だったというが、6月21日現在18匹を預かっている。部屋が段ボールとペットフェンスで埋まる様子は「まるで迷路のよう」と形容するほどだ。
乳幼児期に「様子見」は厳禁
預かる猫の数にかかわらず、肝を冷やす場面は訪れる。吉田さんがもっとも恐れるのが低血糖だ。
「うちや連携する預かりボランティアさんのもとで毎年必ず何件か発生します。栄養不足による低血糖もありますが、元気にミルクを飲んでいたのに、突然下痢嘔吐をして、バタンと倒れることがあるんです。離乳期あたりの子はご飯が変わって下痢しやすくなるためか、頻発するイメージがありますね。
低血糖は自然に回復しないので、即座に処置をしなければ命を落とします。少しでもおかしいと思ったら絶対様子見はせず、病院に連れて行くようにと、口を酸っぱくして伝えています」
血管からのブドウ糖投与で回復しても、15分から30分おきに口から与え続ける必要がある。安定してきたと思っても再度急変することがあるため、身を削られるという。
生まれたての愛らしさから譲り受け希望の問い合わせも多いが、生半可な気持ちで迎えることは禁物。文字通り命を預かる覚悟が必要なのだ。
吉田さんが2014年に本格的に乳飲み子を預かり始めてからは、ソファで仮眠を取りながら24時間猫中心の生活。「目を離せないので家を1時間空けることすら難しく、買い物は月1ですね。歯医者さんへ行くこともものすごく大変です」と笑う。
ミルクボランティアの育成
自宅で数多くの猫を抱えるかたわら、ミルクボランティアの育成にも乗り出した。岡山市保健所に収容された乳飲み子や子猫のレスキュー活動をするボランティアを育成する「岡山手のひら子猫」が今年4月に発足。獣医師資格を持つ吉田さんはアドバイザー的な立場でサポートしている。
「市から助成金を出していただけたので、ミルク代や医療費などはお金がある限り、しっかり支援させていただくようにしています。一人前のミルクボランティアさんになってもらうため、新人のミルクボランティアさんひとりに、伴走支援をするベテランメンバーがひとりついて、LINEでやり取りを行います。成長記録などを見せてもらいながらアドバイスを行い、心配なことがあったら相談できるような形をとっています」
岡山県愛護センターも意欲的に取り組んでいる。成長段階別の預かりボランティアや新しい飼い主を探す登録譲渡ボランティアの募集に踏み出し、ミルクやフードの支給に加え、開庁日の医療対応などサポート態勢を整えてきた。
一方で、「蛇口を閉める方もやっていかないといけない」と吉田さんは語る。岡山県や岡山市では地域猫活動支援としてTNRの助成をしたり、エサや排泄物の管理を行う団体の募集にも取り組んでいる。
「夢は私たちのようなボランティアが必要のない世界が来ること。でも、現実問題として、いまは足元を固めるために、預かりボランティアの数を増やしていきたいと思います。自治体も頑張っているし、団体さんとも相互にフォローしながら、不幸な猫たちがいなくなる世界を目指していきたいと思います」
(写真提供:吉田貴子さん)
- 吉田さんのブログ「岡山 猫の保健室むーちょ」
- 名前の「むーちょ」は、スペイン語で「たくさん、いっぱい」の意味だとか。吉田さんの「1匹でも多くの猫を救いたい」という思いからつけられたそうで、ボランティアさんたちからも「むーちょ先生」と慕われています。
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