飼い主の声や自分の名前を聞き分けられるネコ 研究論文から科学的に読み解く

ネコのイラスト
ネコの行動を観察するにはビデオカメラが必須。

 こんにちは。ネコの生態を研究論文から科学的に読み解く本連載の執筆を担当することになりました、編集者・研究者の服部円です。

ネコの研究って?

 もともと美術大学でファッションとアートと学んだのち、ファッション誌で編集者をしていました。いわゆる“パリコレ”などで取材を重ねてきました。本業の傍ら、2011年に友人たちとネコとクリエイターをテーマにしたWEBマガジン「ilove.cat(アイラブドットキャット)」(現在は休止中)を立ち上げ、小説家やミュージシャンなど、さまざなクリエイターの方とともに暮らすネコを100匹以上取材しました。そこでネコの研究者に出会い、研究という新たな世界に入ることになりました。

 2019年に麻布大学獣医学部のに社会人大学院生として入学し、修士号を取得。現在は、京都大学の野生動物研究センターの博士後期課程に在籍しながら、ネコとヒトとの関わりについて研究をしています。

 ところでみなさん、論文を読んだことはありますか?

 ニュースで見かける「〇〇大学の△△教授が××を発見しました」という記事。それは学術誌に掲載された論文が元になっています。その論文には、

 その研究をどうやったの?
 なぜその研究をしたの?
 なにがわかったの?
 その研究によりこれから世界はどうなるの?

 みたいなことが書かれています。動物の研究の中でも、身近なネコの研究は特にニュースになりやすい気がします。

 基本的に学術論文は学術誌のWEBサイトで公開されています。誰でもアクセスでき、基本的には有料ですが、無料で読むことのできる論文もあります。この連載ではネコにまつわる論文を紹介しながら、ネコ研究の面白さや私なりの見解を書かせていただきます。

 第1回は、ネコは飼い主の声を聞き分けられるかどうかを科学的に調査した研究をご紹介します。ちなみに、論文をわかりやすく絵にしてくれるのは、自他ともに認めるネコ好きのイラストレーター・長崎訓子さんです。

飼い主と知らない人の声を区別できる!?

 2013年に上智大学・齋藤慈子准教授が発表した論文 “Vocal recognition of owners by domestic cats (Felis catus)” で、ネコは飼い主の声を聞き分けられるということが科学的に証明されました。

 調査方法は、家庭で飼育されている20匹のネコを対象に「馴化ー脱馴化法(じゅんかーだつじゅんかほう)」を用いて行われました。「馴化ー脱馴化法」というのは、言葉が話せない赤ちゃんやサルなどの動物が、私たちの生きるこの世界をどのように理解しているのかを知るために心理学などの実験で使われる手法です。

 まず飼い主さんが飼いネコの名前を呼ぶ声を録音します。続いて、飼い主でない知らないヒトがその飼いネコの名前を呼ぶ声を録音。その声を順番にネコに聞かせました。

 この実験、音声を聞かせる順番が重要です。まず最初に飼い主でない3人の声を流して、その後に飼い主さんの声を流します。そうすると、知らないヒトの声であっても3回も聞いていると慣れ、つまり馴化(じゅんか)がおこり、1回目では大きく見られていた定位反応(音の方向に頭や耳を向けるなど)が薄くなります。

 ところが、4回目に飼い主さんの声を流すと再び反応が戻ります。これが脱馴化です。もし4回目も知らないヒトの声を流していたら、反応は戻らないと予測し、実験を行いました。すると、予測した通りに、4回目の飼い主さんの声で反応がおきました。つまり、知らないヒトの声と飼い主さんの声を区別していることが、科学的に証明されたのです。

ネコのイラスト
だんだんと反応が薄くなり、4回目の飼い主さんの声で再び反応がおこります。

 ここでのポイントは、ネコの名前の呼び方。私が飼っているネコの名前は「スカイ」というのですが、普段は「スーちゃん」と呼んでいます。こういった実験をする際には、普段の呼び方で声を録音する必要があります。

 ヒトのあだ名と同じく、飼いネコの呼び方って意外と変わりますよね。私自身、スカイのことは「スーちゃん、スー吉、吉男」など、気分によって呼び方を変えることもしばしば。そういう細かい点にも注意して実験を行ったことが、論文を読んでみると書かれています。

ネコは自分の名前を知っている

 さらに、齋藤准教授はこの論文を発表した6年後に、ネコは「自分の名前」と「他の名詞」や「同居ネコの名前」を区別する能力があることを証明しました。こちらも「馴化ー脱馴化法」を用い、4回続けて4種のモノの名前を呼んだ後に、飼いネコの名前を聞かせるという調査方法でした。

 結果は5回目の飼いネコの名前で脱馴化がおきました。さらにモノの名前だけでなく、一緒に暮らしている同居ネコの名前でも同じ結果に。つまり「自分の名前」「他の名詞」「同居ネコの名前」をそれぞれ区別していることがわかったのです。

 この実験はネコを飼っているヒトなら自宅で簡単にできます。まずは飼いネコが落ち着いている時に、少し離れた場所からモノの名前を4回呼んでみて、最後に飼いネコの名前を呼んでみてください。その時に名前と同じ文字数にするのがポイントです。例えば、「つくえ、くるま、とけい、ゆびわ、スカイ」といった具合です。ぜひあなたの飼いネコにも試してみてください。

猫
自分の名前を聞き分けることができる愛猫「スカイ」。

ネコを科学的に理解する

 ちなみに、ネコが自分の名前を理解しているなんて、飼っているヒトなら当然知っていると思われるかもしれません。しかし、誰もが知っていることを科学的に証明することは、ネコとヒトがともに暮らし生きていく上でとても大切です。

 私たちはネコのことを知っているようで、知らないかもしれない。科学という学問において、ネコについて研究されていないことがまだまだたくさんあります。

 この連載を通して、ネコやヒト、動物にまつわる研究や論文から得られた知見が、飼いネコとの暮らしのヒントになればと思います。次回は、ネコのまばたきの研究についてご紹介します。

 今回ご紹介した論文 “Vocal recognition of owners by domestic cats (Felis catus)”

イラスト:長崎訓子(ながさき・くにこ)

服部 円
編集者・研究者。武蔵野美術大学卒業後、ファッション誌の編集者を経てフリーランスに。 2011年にWEBメディア「ilove.cat」を立ち上げる。2021年、麻布大学で修士号(動物応用科学)を取得。現在は京都大学野生動物研究センターの博士後期課程に在籍し、ネコとヒトとの関係について研究を行っている。Instagram @madokahattori

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この連載について
ネコ研究最前線
京都大学野生動物研究センターに在籍中の著者が、ネコにまつわる最新の論文を紹介しながら、ネコ研究の面白さを伝えていきます。
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