のんびり穏やか、甘えん坊な犬「天ちゃん」 美術教室で子どもたちのアイドルに

クリーム色の犬
代々木公園アートスタジオのアトリエにて「今日もはじまったわん」

 香川県の「さぬき動物愛護センター しっぽの森」に収容された野犬の子が、千葉の愛護団体に保護された後、東京で美術教室を開く家族のもとにやってきた。今まで飼ったどんな犬とも違う“のんびり穏やか”なキャラに家族はびっくり。教室に通うこどもたちとも仲良くなり、楽しい日々を送っている。

(末尾に写真特集があります)

こどもたちのことが大好き

「こんにちは~」

 平日の午後、こどもたちがアトリエに集まってくる。

 すると、大きなクリーム色の犬が、よく来たね、とでもいうように、うれしそうにシッポを振って、一人ひとりにあいさつした。

「この子の名は天ちゃん。1歳4カ月の若いオス犬です」

「こどもたちのことが大好きなんですよ。みんなの人気者です」

 アートスタジオ(造形教室)を主宰する、鈴木完(おさむ)先生と妻の聖子(きよこ)先生が説明してくれた。

足元で眠る犬
制作中はこどもの足元ですやすや

 今はコロナの影響で教室も時短。平日の3時から幼児クラス、4時半から小学生クラスを人数を絞って行い、天ちゃんはそのどちらにも参加している。

「アトリエの上が住居ですが、天ちゃんは1匹でいられない。甘えん坊だからいつも誰かの側にいます(笑)」と聖子先生。

 この日。幼児クラスでは小麦粉と絵の具で色粘土を作った。

 制作がスタートすると、天ちゃんは机の下にそっと潜り、すやすやと寝始めた。

 まるで“今は静かにするべき”とわかっているようだ。教室に自然に溶け込み、こどもたちも天ちゃんになじんでいる。

「もともと犬が苦手という子もいたのですが、1年ここに通って、今は当たり前のように天ちゃんの側で過ごしている。親御さんにも『犬嫌いが治りました』と喜ばれたりして。うれしいことですね」

5番目にやってきた天使

 鈴木先生一家と天ちゃんとの出会いは、昨年3月。先代の犬が亡くなって1年半ほど経った頃だった。

 鈴木先生が振り返る。

「犬を飼うのは天ちゃんで5匹目。それまでの犬は、“虐待されていたので頼む”とか“かみ癖がひどくて無理”と、知り合いが駆け込み寺のように連れてきた成犬でした。僕の母がいいよ、いいよと受け入れて、周囲も“ここなら何とかしてくれる”と思ったんですね。でも実際に面倒をみるのは母でなく僕ら夫婦でしたから、正直、苦労もしました」

 深刻な問題のある犬ばかりで、鈴木先生も聖子先生もかまれ、ドッグランにいれることができなかった。もちろん生徒には会わせず、アトリエにも入れなかった。

 それでも、すべての犬が寿命をまっとうするまで、最後の最後まで面倒をみたそうだ。

「僕ら夫婦も50歳を過ぎて、年齢的に犬を飼うのは最後。一度くらい子犬から育ててみたいねと話し、保護犬サイトをのぞいて、『この子!』と妻が気にいったのが天ちゃんでした」

男性と犬
鈴木先生(愛称おとこ先生)と見つめ合う天ちゃん

 天ちゃんは、香川県の動物愛護センターに収容されていた野犬の子だ。千葉の団体が引き出した後、渋谷区のボランティアに預けられた。ごく近所にいるとわかり、すぐに会いにいったそうだ。

「遠方で生まれたのに、僕らの家の側に来ていて、しかも迎えたらすぐなついたんです」

 高校生の長男、悠(ゆたか)さんが、「この子、シッポ振って天使みたい」と感激し、天と名付けたという。

男性と犬
天ちゃんの“名付け親”の長男悠さんと(鈴木先生提供)

 子犬なので最初は少し手もかかったが、昨年4~5月はコロナで教室も自粛したため、「生徒に会えないさみしい気持ちが、天ちゃんのお世話で紛れた」という。

 天ちゃんは、人だけでなく動物にも優しく、千葉のサービスエリアで保護した先代猫の「もち」(オス、5歳)ともすぐ仲良くなった。

「最近、昔の生徒のお母様が保護した黒猫も、うちの家族になりました。まだ猫は家に慣れてなくてケージにいますが、てんちゃんは優しいまなざしで見ていますよ」

週末は犬とお山のスタジオへ

 香川から都心に来た天ちゃん。平日は近くのドッグランに行くが、週末は千葉県鋸南町にある別宅=お山のスタジオで過ごす。自然の中をうれしそうに駆け回るという。

「南房総の山を開拓して小屋を建てました。600坪ぐらいの敷地に網を巡らせてドッグランにして、隣の農家さんの飼い犬と、一日中、野山を駆けまわっています。生き生きしてる(笑)」

 今はコロナでこどもを連れていかれないが、以前は小学2年生以上のこどもたちが、夏休みなどにそこでキャンプをしていた。

「今の時代はオール電化で、台所で火を見たことがない子もいる。山では、薪でお風呂を沸かして、薪でごはんを炊く。生活をつくる、という感じですね。以前連れていったこどもたちは、農家の穏やかな先代犬とそこで楽しそうに触れあっていました」

 コロナが収束したら、お山のスタジオも再開予定だ。

「天ちゃんとこどもたちが、早く一緒にキャンプできるようになるといいなと思います」

贈りもののような気がして

「はい、じゃあ、おやつですよ」

 約一時間の制作タイムが終わると、聖子先生がこどもたちに渡すラムネを取り出した。

 すると、天ちゃんが、むくむくと起きて、その輪の中に入っていった。おやつ、と聞いて、自分のだと思ったようだ。

「はい、天ちゃんはこっちだよ」

 鈴木先生が、天ちゃんに“待て”といい、それから犬用のおやつを渡す。

おやつをねだる犬
「そろそろ、おやつタイムでは?」聖子先生の肩に手をかける天ちゃん

「しつけもすぐ覚えたし、お利口です。僕ら家族は、天ちゃんを一度も注意したことがない。注意することをそもそもしないし(笑)。なんだか、それまで手のかかった4匹が、『はい、贈りものです』と、送り届けてくれたような気がするんですよ……」

 4時半近くになると、天ちゃんは、とことこと玄関のほうに移動し、床に座ってドアの向こうを見た。幼児クラスに替わり、次は小学生クラスが始まるのだ。

「またね、ばいばーい天ちゃん」

 天ちゃんはこどもたちを見送り、次に来たこどもたちを、穏やかな表情で出迎えた。

◆鈴木さんが主催する「代々木公園アートスタジオ」のホームページ

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藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
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