山奥の犬舎で育った汚れた猟犬 保護されて、今は都会でセカンドライフを満喫中

猟犬
つぶらな瞳が可愛いベス

 猟犬ばかり育てていた信州の犬舎が崩壊した。保健所に収容される寸前で保護された犬たちのうち1匹が、都会の家にやってきた。しつけは必要だったが、持ち前の賢さ何でも覚え、地域で愛されるペットとなった。友達もたくさんできた。でも広い自然の中では野生を発揮?飼い主の男性に、充実した生活ぶりを聞いた。

(末尾に写真特集があります)

散歩道をさっそうと

「毎日、4回は散歩にいくんです。パートナーと交代で朝、昼、夕、夜(笑)。今朝もいったけど、公園は桜がきれいですよ」

 3月の午後。渋谷区在住の会社員、泉水(せんすい)さん(41歳)と愛犬ベスに会った。これから代々木公園のドッグランにいくのだ。ベスはうれしそうに、“散歩道”をさっそうと歩いていく。

サクラの木と2匹の犬
桜満開のドッグランで友達ナル(左)と遊ぶベス(泉水さん提供)

 ドッグランに着くとベスは水を飲み、仲間と鼻を合わせ、ゆっくり桜の木の周囲を回った。

「仲良しのアイリッシュセッターがいる時は、スイッチが入ったように一緒にすごく走ります。普段は静かで、自分から誰かに向かうこともない。だけど、しつこくからまれるとキレることもある。犬として強いので、そこは気をつけています」

 ベスは色目がビーグルに似ているが、ツリーイング・ウォーカー・クーンハウンドという犬種だ。アライグマなどのツリーイング(ほえて木の上に追いつめて捕獲)の猟犬として国際的に登録されるが、ジャパンケネルクラブには登録されていない。日本でペットやショードッグとして飼われることは“ほぼない”そうだ。

 そんな“珍しい犬種”のベスとの出会いを、泉水さんが教えてくれた。

山奥から都心に

「ベスを迎えたのは2019年11月。実家で子どもの頃から犬を飼っていたので、いつか自分でも、犬種は問わず暮らしたいと思っていた。ちょうどアウトドア用にSUVを買ったので、『(一緒に遊べる)大きめの犬が欲しいな』と周囲に話していたんです」

 泉水さん家の側には、犬が入れるカフェやダイニングバーなどがあり、周囲に保護活動をする人たちもいる。泉水さんは犬を飼う前から多くの犬ネットワークを持っていた。

「ある時、いつも飲みにいくダイニングバーの店主から『ビーグルみたいなメスの犬が保護されたけどどう?』と聞かれました」

 犬が保護前に過ごしていたのは長野県の山奥の犬舎。ある男性がイノシシや熊などの狩猟犬として使ったり販売をするためか、この犬種を複数匹飼っていた。だが男性が病気になり、世話ができなくなって保健所に連れていこうとした。その情報を聞いた地元の愛護団体が保護し、そこから都内のボランティアにつながった。

 泉水さんは「どんな子かな」と思い、カフェでお見合いをしてみた。

抱っこされる犬
来て間もない頃、泉水さんに抱かれるベス(泉水さん提供)

「初めて会った時、毛が汚れていたし匂いもすごかった。人をこわがらないので、ひどい虐待を受けたわけではないと思うけど、食物をそしゃくすることを知らなかった。もし男性が病気にならなければ、ベスも猟犬として売られていたのか、適性がなく戻ってきたかわからないけど……うちで暮らそうかって声をかけました」

 泉水さんは間もなくトライアルを開始。名前は“アメリカの田舎の女の子の愛称みたいなイメージ“でベスにした。推定7~8歳と聞いたが、「もう少し若く」見えたそう。

夜通し玄関をガリガリ

「最初の晩は大変でした。夜通し玄関をガリガリかいて、“もう帰る”って感じでした。どこに帰るんだよ(笑)。飲まず食わずで1日半経ち、心配して疲れて居間で寝ていたら……ちょこんと横で添い寝してきて。そこから一気に打ち解けたなあ」

 まったくしつけはされていない。肉球が柔らかく、外もうまく歩けない感じだった。

 運動量が必要な犬だし、街に早くなじませたくて、泉水さんは周囲の協力を求めた。

「アイリッシュセッターを飼う友達や、ドッグトレーナーの友達に、しつけのタイミングやきっかけを教わりました。イージーウォークハーネスをしばらく借りて、同じのをうちでも買って、引っ張り防止のコマンドをベスに教えたりして」

2匹の犬
代々木公園ドッグラン。隣は友達うーちゃん(泉水さん提供)

 試行錯誤を重ね、2、3カ月もするとベスは普通のハーネスで街を歩けるようになった。 “これはダメ、これは楽しい、これは危険だ”というように状況を理解し、覚えていくことができるようになったという。

 泉水さんは「賢い子なので、俺がなめられないようにしなきゃ」とも思ったという。

「僕らの生活にあわせていくようして、暮らしが“いいイメージ”になるよう向き合いました。ここは静かにとか、ここはほえていいとか、社会性を地域で学習していった感じ。ちゃんとしつけをして外出もしたかったし」

念願の車でお出かけ

 泉水さんがSUVにベスを乗せて初めて出かけた先は、逗子海岸だった。

「山にいたから海を見せようかなと(笑)。東京から距離的にもちょうどいいし、車に慣れさせるのもあって。ベスは海を見て楽しそうでしたよ」

 その後、ベスは高尾山や河口湖などに出かけた。いつも友達の犬と一緒。自然の中に行くと、本来の気質が目覚めるのか、ちょっと浮き浮きした感じになるという。 

ドッグランにいる犬
つくば犬たちの森ドッグランにて(泉水さん提供)

 茨城県の「つくば犬たちの森(ドッグランキャンプ場)」に行った時には、ベスはそれまで泉水さんが“知らなかった表情”も見せた。

「一緒にいった友達の犬が、林道をどんどん進んで、やぶの中に入っちゃった。そうしたらリアルいのししがいて……。いのししに気づいたベスは、騒ぐどころか冷静で。毛を逆立てて、“冷たい火”みたいな感じで相手をじっと見つめていた。やってやるかっていう異様な雰囲気でしたよ。でもベスは勝手に行動せず、いつも僕に確認をとる。その時も振り返って、“行っていい?”と目を見たので、もちろんノーと止めました」

これからも一緒に

 ベスは友達もできて、毎日たくさん運動をして、地域で可愛がられている。時々自然の多いところに連れていってもらい、“セカンドライフ”を楽しんでいる。

「珍しい犬だけど、飼いやすい。運動量を満たしてあげているせいか、室内だとおとなしく、夜もぐっすり寝ます。都会が合っているというか、ここ(泉水さんの家)でないとだめだったかも」

男性にくっつく犬
代々木公園で泉水さんにくっつくベス「ずっと一緒」

 ベスのことを話す泉水さんも、楽しそうだ。

「ベスが来て、僕自身も変わったな。前に音楽をやっていた時は、インドアな感じでずーっとたらたら仲間と飲んでいたり、洋服にお金をかけたりしていたけど、今はおしゃれで高い服は買わなくなった。公園に来るとどうしても汚れるので、買うなら散歩に向く服がメインになった(笑)そして毎日、健康的!」

 泉水さんは取材の日、たくさんの犬友とすれ違い、ランの中でもあいさつを交わしていた。

「犬の飼い主さんはポジティブというか、ポジティブになろうとしている人が多く、自分もいい影響を受ける。知らない人とも話したりして、面白い。ただ、『ベスパパ』と呼ばれるのには抵抗があるかな(笑)。俺にとってベスは子どもでなく、友のようだから」

 公園に湖に山に。これからもいろいろな所に出かけていくのだろう。

 仲間と過ごすたくさんの楽しい時間が、ベスを待っている。

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藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
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