老人ホームの一室で暮らす3匹の保護猫たち 入居者を癒やし会話のきっかけにも
5月にオープンした埼玉県入間市の介護付き有料老人ホーム「入間東幸楽園」には、入居者が猫と触れ合える「ふれあいひろば」があります。猫たちは保健所から引き出されたり飼い主に先立たれたりした保護猫たち。どんな風に過ごしているのか訪ねてみました。
西武池袋線入間市駅から15分ほど、のどかな町の中に有料老人ホーム「入間東幸楽園」(医療法人社団白報会)が建っている。ドアを開けると、エントランス正面にガラス張りの“ふれあいひろば”があった。猫が1匹、2匹、3匹…。
会いに行ける猫たち
「茶トラのしまくん、キジトラのめいちゃん、三毛のふうちゃんです。こちらへどうぞ」
介護事業部統括・森泰祐さんが“ふれあいひろば”のドアを開けて案内してくれた。8畳程の洋間の壁には木製のキャットウォークが巡らされ、椅子がいくつか置いてある。明るい日が差し込む窓には、猫が外を眺められるようにステップが付いている。
一見猫カフェのようなたたずまいのこの部屋は、入居しているお年寄りが猫たちと触れあう場であり、猫の住みかでもあるのだ。
「現在、この施設には要介護3程度の方を中心に50名が入居されていますが、半数近い方が猫に会うことを希望されました」
とはいえ、いつでも誰でも会えるわけではなく、説明をして家族共に同意をした人が決まった時間に会えるようになっている。猫の状態も考えて、時間は一人30分、日に7組が触れ合えるという。
過去のある保護猫が集合
「猫のいる老人ホームはあまりないと思います。しかもすべて保護猫ですからね」
しまくんとふうちゃんは元飼い猫で、めいちゃんは元野良猫。みんな、埼玉県の保護猫カフェ「ねこかつ」から譲り受けたのだという。
「しまくんは一人暮らしの男性に飼われていたそうです。ところが孤独死した後に清掃業者がベランダに放置して、近所の方がしばらくお世話をしていたと聞いています。めいとふうちゃんは沖縄の動物愛護センターから引き出されました。ふうちゃんの飼い主さんはお酒に酔うと暴れたとか…ここの猫にはいろいろ過去があるんですよね」
新たな老人ホームに動物との触れあいスペースを作ろうと考えたのは、森さんの上司(白報会グループ介護事業部の担当理事)だった。
きっかけは7年前。地方に住んでいた担当理事の母が病気になった時、母の愛犬と共に関東に呼び寄せたのだが、母が入院することになり、犬をグループの施設に預けたという。
「職員も入居者の方々も可愛がりみなが素晴らしい笑顔になりました。犬も幸せそうでした。その体験から、担当理事は次に作る施設にはふれあいルームをと考えたのです。そんな時に家族を探している猫と出会える『ねこかつ』を知り、私も一緒に相談にいきました」
老人ホームに迎えるなら、ペットショップで売られている子猫ではなく、背景を持った保護猫がいい。様々な経験を経て入居する方と一緒に、よい時間を過ごしほしい…。そうした考えに、ねこかつの代表が共感した。そして、ふれあいひろばを見学に来た上で、人に抱かれたりなでてもらったりするのが好きな猫を選んだという。それが、しまくんとめいちゃんだ。
「ふうちゃんはスタッフが選びました。ねこかつに行った時に、ふうちゃんの方から走りよったんです」
猫と入居者を見守る「猫ヘルパー」
入間東幸楽園では、猫の世話や、触れあいをサポートするスタッフを「猫ヘルパー」と呼んでいる。担当するのは竹嶋千晴さん(26歳)と渡部楓さん(18歳)。
車椅子や杖を使う利用者が猫に会う時は、「猫ヘルパー」のふたりが部屋まで送り迎えをするシステムだ。
オープンから数カ月経つが、「毎日わくわくする」と、竹嶋さんが教えてくれた。
「めいちゃんはおてんばで物おじしないキャラ。しまくんは初めは隠れていたけど、少しずつ慣れてきました。元々おじいちゃまと暮らしていたせいか、しまくんは男性が好きみたい。男性のご利用者がふれあいひろばに来た時、初めてひょいっと顔を出したんですよ」
2週、3週と続けて猫に会ううちに、利用者にも変化が見られたという。
「『猫ちゃん、猫ちゃん』と呼んでいた方が、名前を覚えて、『めいちゃん、しまくん』とはっきり名前を呼ぶようになったんです。うれしかったですね」
猫がいると自然と話が弾む
施設は個室だが、居間や食堂、浴場は共用だ。(耳が悪かったり忘れっぽかったりして)入居者同士のコミュニーションがどうしてもうまくいかず、ストレスがたまることもある。そんな時にも、猫が「癒やし」になるようだ。
「『猫は飼ったことないけど、ここに来るとリラックスできる』とお話される方もいます。ケアマネさんから『あまり話をせず笑わない』と聞いていた方が、猫に『おーい元気かい』なんてほほ笑んだり。素敵な瞬間がたくさんあります」
一方の渡部さんは、6月半ばに「猫ヘルパー」に就任したばかり。少し緊張しながらも笑顔でこう話してくれた。
「猫も好きだし介護にも興味があったので、素晴らしい仕事だなと思い、挑戦することにしました。すべてが初めてで、ご利用者と話すときも何を話せばいいのかわからなかったけど、ふれあいひろばでは、『かわいいですね』とか『おやつあげますか』とか猫の話ができるので自然と話が弾んで、仲良くなりやすいです」
利用者が二人組でふれあいひろばに来た時も、「猫を中心に会話が広がる」という。
「ふだんは話が進まなくても、猫をはさむとスムーズになることがあるようです。『めいちゃんはよく遊ぶわねえ』と一人がいうと『ほんとほんと』ともう一人が答えたりして……」
猫の関係も変化中
猫同士も日々、変化があるようだ。
めいちゃんはしまくんより若いせいか、エネルギーを持てあますこともある。めいがちょっかいを出すとしまくんがシャーと怒る。そんな猫たちの様子を、竹嶋さんはよく見ている。
「2匹がもめると、おとなっぽいふうちゃんが、うまく仲裁してくれることもあるんですよ。前の家で何かあったのか、ふうちゃんは寝る時に片方の目を閉じることができないんです。だからよく見てあげたい……猫たちもみんな、ここで幸せでいてほしいですね」
取材をしたのは6月半ばだったが、7月にもう一匹、生後2カ月の愛らしいキジ猫「まめ」が仲間入りをしたという。トライアル中だが、同じ柄のめいちゃんにべったりなのだとか。その姿にみんながメロメロ……
これから、このふれあいひろばで、たくさんのドラマが生まれていくのだろう。
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