看板猫はフロントにでーんと座ってお出迎え 預かりもする銭湯

   東京・板橋に看板猫のいる銭湯がある。切り盛りするおかみさんは、もともと犬派だったが、縁あって保護猫を引き取ったのを機に、大の猫好きになった。銭湯の広間には猫のケージも。看板猫は今日もフロントに座って、お客さんを迎えている。

(末尾に写真特集があります)

   東武鉄道の下赤塚駅・地下鉄の赤塚駅近くの商店街の先、60年前に建てられた銭湯「岩の湯」がある。“看板猫”がいると聞いて、訪ねると、おかみさんの春日勝美さん(56)が笑顔で迎えてくれた。

   銭湯の入り口側の壁には“家族募集”と書かれた子猫のチラシ。フロントには「猫います」と札がかけられ、猫のケージも。休憩する広間にも子猫が入った3段ケージがあり、ネコカフェかと錯覚するほどだ。

フロントでお客様を待つ茶々丸と勝美さん「いいお湯入ってます」
フロントでお客様を待つ茶々丸と勝美さん「いいお湯入ってます」

「時々、ここで猫の預かりもしているんです。うちの看板猫の『茶々丸』(7歳、オス)は、今、女湯にいますよ。ベビーベッドで昼寝していると思いますが、見てみますか?」

   案内されて暖簾をくぐると、誰もいない脱衣所の中、籐のベッドの上に、大きな茶白の猫が寝ていた。ガラスの向こうの浴槽には湯がなみなみとはってあり、椅子や桶が整然と置かれている。

「営業中も茶々丸は自由に暖簾をくぐりますが、たまにお客さんに、『茶々は男でしょ、ここは女湯だよ』なんていわれることも(笑)。茶々丸は皆さんに愛されているんです。犬派だった私も、すっかり猫にハマッてしまって…」

フロントを挟んで右が女湯、左が男湯。「敬老の日は大忙しだったニャ」
フロントを挟んで右が女湯、左が男湯。「敬老の日は大忙しだったニャ」

ゴミ集積場に住み着いたガリガリな猫

 銭湯と軒続きで自宅があり、大型犬のゴールデンレトリバーとラブラドールレトリバーが住んでいる。犬好きの夫の影響で、20歳で嫁いでから、ずっと犬との暮らしを続けてきた。

   猫とは縁のなかった家に、茶々丸が仲間入りしたのは、5年前のことだ。

「私の犬友で、猫のボランティアもしている方が、板橋区内のゴミの集積場に汚れた猫が住み着いていて、気になるといって。保護して病院に連れて行ったけど、退院後に行き場がなくて困っていたんです。『一時預かりをしてくれない?』といわれて預かったのがきっかけです。茶々丸は病院で推定3歳といわれましたが、当時はガリガリで、表情も堅かった」

   保護された当時の茶々丸の足先には血がにじみ、骨折の痕もあった。鼻の皮はめくれ、獣医師が「可哀想で写真を撮れない」というほどだったという。

   勝美さんはそんな姿にほだされたのだ。実はその1年前、夫をがんで亡くし、女手ながら銭湯をひきついで、次男とともにボイラー焚きから掃除まで、仕事に頑張ってきたのだった。

「夫亡き後にふと現れたのも何かの縁かなと思いました。最初は自宅で犬と一緒に飼うつもりでしたが、お見合いをさせたら、茶々丸がすごい剣幕で犬たちの顔やお尻を引っかいて流血騒ぎに。犬たちはおとなしく無抵抗でしたが……。それで茶々丸は店に置こうと決めたんです。店にいれば、ずっと茶々丸の様子を見られますしね」

「今日も美猫ね」。入浴前のお客様と触れあう(奥のケージにも猫が2匹いる)
「今日も美猫ね」。入浴前のお客様と触れあう(奥のケージにも猫が2匹いる)

「可哀想な猫を増やしたくない」

 一緒に暮らし猫の魅力を知ると、勝美さんの心に「可哀想な猫を増やしたくない」という気落ちも芽生えた。キジ白のリル(4歳、メス)と、白黒のポップ(3歳、オス)を保護して引き取った。シャイな2匹は、営業中はフロントの奥のケージで過ごしている。広間では今まで10数匹の保護猫を預かってきたという。

 岩の湯は創業以来2度改築している。昔は事故や盗難などがないように脱衣所が見渡せる番台に座ったが、今は脱衣所に壁をつくり、勝美さんは玄関の方を向いてフロントに座る。

   午後3時半時近くになると、茶々丸が脱衣所から戻り、“おかみさん、時間ですよ~”とでもいうかのようにフロントの台にどかっと座った。しかし、なぜか、玄関にお尻を向けている。

「茶々は私を見ているので、お客さんをお尻で迎える形になるんです(笑)」

「男湯を点検しよう」営業中、ふいにのれんをくぐった茶々丸
「男湯を点検しよう」営業中、ふいにのれんをくぐった茶々丸

ひと風呂浴びる前に猫をなでて      

「こんにちは」「おっ、茶々丸、今日も元気?」

   時間になると、店前に並んでいたお客さんが一番風呂を浴びようと一斉に入ってきた。入浴券や代金を勝美さんに渡しながら、「今日も元気だね」と茶々丸に声をかけていく。

「前はくしゃくしゃの顔だったけど、今はきれいでスターだ」と、80代の女性が頭をなでると、「まったくいい用心棒だ」と70代の男性も笑って背をなでる。

   茶々丸はお客さんにどこをなでられても、嫌がるそぶりも見せず、微動だにしない。

 勝美さんによれば、茶々丸のこの数年での一番の変化はその対応ぶりだという。

「昔はお客さんがくると、フロントの上に移ったりしたけど、今はほぼ誰がどこを触っても平気。男性のお客様で、お風呂に入る前に思いきり“猫吸い”(猫の腹に顔をつけて匂いを嗅ぐ)方もいます(笑)。雑誌片手に『猫居酒屋に行った後にこの銭湯に来たんだ』という若い男性もらっしゃいますよ」

   営業時間中はひっきりなしに自動ドアが開いたり閉まったり。だが、脱走防止は万全だ。フロントの天井部に監視カメラを設置し、フロントの椅子に座りながらチエックできるようになっている。

「茶々丸が来た当時は自動ドアがふたつあったんですが、2度ほど自動ドアから出ていってしまったことがあって。1度は女湯の庭にいて、2度目は表の植え込みの中にはまっていました。以来、自動ドアのひとつは猫のケージをおいて塞いでいます。監視カメラはお客様用といいつつ、実は猫のため(笑)。茶々がいないと私、困るので」

 しばらくしてお客さんが途絶え、勝美さんが立ち上がると、茶々丸も向きを変えて伸びをした。

“まだまだこれから~。今日もおかみさんとがんばるぞ”。そんな声が聞こえてきそうな、穏やかな秋の午後だった。

藤村かおり
ペットライター。小説等の創作活動を経て90年代後半から、ペットの取材を手掛ける。2011年~2017年週刊朝日記者、2017年からsippoメインライター。丹念な取材と独自の目線から、動物と人の絆、動物と共に生きる人の心をすくい取る記事に定評がある。ペット関連の著書に『長寿猫』『明日にアクセス』など。現在は保護した黒猫、キジ猫と暮らす。

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