参拝者に寄り添ってご案内 神社に住み着いた猫、“神様”に

鋭い目つきなのに人懐こいギャップがオトラの大きな魅力(写真提供・遠野郷八幡宮)
鋭い目つきなのに人懐こいギャップがオトラの大きな魅力(写真提供・遠野郷八幡宮)

 JR遠野駅から2キロほど北にある遠野郷八幡宮は、柳田国男の『遠野物語』にも登場する神社。二の鳥居の近くには小さな猫神社があって、遠野郷八幡宮で平成25年まで暮らし、参拝に来る多くの人に愛されていたオトラという猫が祀られている。神様になってしまったのは、いったいどんな猫だったのだろう。

(文・吉澤由美子、写真・じゃんぼよしだ)

(末尾に写真特集があります)

神様が特別に許した猫

 岩手県遠野市は北上山地最大の盆地にあって三陸海岸と内陸を結ぶ要衝であり、7つの街道が交わる宿場町として栄えてきた。定期市には馬千頭が集まったとされる名馬の産地で、現在も流鏑馬(やぶさめ)の神事を行っているのが遠野郷八幡宮。この神社の二の鳥居近くには〝オトラサマ〟を祀るかわいい猫神社がある。

 後年〝オトラサマ〟となる猫が、最初に遠野郷八幡宮の境内で目撃されたのは、平成13年9月13日。「ちょうど例祭宵宮(よいみや)の日でした。本殿から猫が逃げ出す姿を見かけて中に入ると、神前にお供えした尾頭付きの吉次(別名:キンキ)の半分が食べられていました」と穏やかな笑顔を見せる宮司の多田頼申さん。猫がお供えの魚を食べてしまうなんて前代未聞。それ以降も起こっていないので、もしかしたら神様がお腹を空かせた猫にこの時だけ特別に食べることを許してくれたのかもしれない。とろけるようにおいしい高級魚の吉次を食べた猫は、これをきっかけに遠野郷八幡宮に住み着くことになった。

 猫は、少し前にいなくなった先代猫に瓜二つだったのでその〝オトラ〟という名を引き継いだ。少したってから、オトラが実は神社とゆかりのあるお宅でその春に生まれたトラキチという猫で、生家から新たな家族に引き取られるも気が荒く、生家に戻された後に行方不明になっていたことがわかる。オトラは生家から正式に遠野郷八幡宮が譲り受けることになったが、不思議なことに気性の荒さが鳴りを潜め、参拝者を案内する人懐こい猫になっていった。

二の鳥居前で参拝者を待つオトラ(写真提供・遠野郷八幡宮)
二の鳥居前で参拝者を待つオトラ(写真提供・遠野郷八幡宮)

長い参道を導く猫

 流鏑馬が行われる馬場を擁する遠野郷八幡宮の境内は一万坪もあり、社務所の横にある二の鳥居から本殿までも百メートル以上ある。オトラは二の鳥居前で参拝者を迎え、時々立ち止まって参拝者の足元にすり寄ったりしながらゆっくり本殿まで導くのが日課となった。

「これまでたくさんの猫を飼ってきて家族と一緒に本殿まで付いてくる猫は何匹もいましたが、はじめて会う参拝者さんを積極的に案内する猫はオトラだけでした」と禰宜(ねぎ)の多田宜史さん。長い参道を一緒に歩いてくれる健気なオトラ目当てに足繁く通う参拝者が増え、〝社務猫〟という役職名がついた。お百度を踏むという言葉があるけれど、毎日繰り返し本殿まで歩くオトラにもご利益があったのか、ますます気立てが良くなり、次第に写真を撮ろうとするときちんとポーズをするなど「言葉が通じるみたい」な賢さが評判を呼びはじめ、やがて風格のある独特の存在感で多くのファンを獲得していく。

最初の猫神社は左のシンプルなもの。奉納で華やかになった様子を確認するイチちゃん
最初の猫神社は左のシンプルなもの。奉納で華やかになった様子を確認するイチちゃん

ヒトと猫を守るオトラサマ

 案内を続けてもうすぐ13年目を迎える平成25年9月3日夕刻、オトラは裏の八幡山に向かうところを目撃され、それを最後に行方は杳として知れない。

 現れたのと同じ例祭前の時期ということもあり、役目を果たして神様のもとに還ったかのようだ。オトラが姿を消してからも、オトラを慕って訪ねて来る参拝者や問い合わせは増え続けた。そこで、訪ねてきた人がオトラを偲べるよう、いつもオトラが参拝者を迎えていた二の鳥居近くに小さな猫神社を建立。荒ぶる若猫だったオトラは賢い社務猫となり、ついにはオトラサマとしてその姿がお社に祀られることになった。

 遠野郷八幡宮の小さくて素朴な猫神社は、やがて御影石のお社になり、それを守る建屋ができ、今では石や陶器の猫たちが周囲を賑やかに守っている。これはすべて、〝オトラサマ〟から縁をいただいた方が奉納したものだ。

今では猫にもご利益をくださると、リードをつけた愛猫連れの参拝者が訪れることもある。こうしてオトラはヒトと猫を守る神様になり、今も〝オトラサマ〟として多くの人に愛されている。

遠野郷八幡宮
岩手県遠野市松崎町白岩23-19
https://www.tono8man.com

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