ストーブ猫「ぶさお」には虐待の過去 その姿が男の人生を変えた

ストーブにあたる「ぶさお」(丹竜治さん撮影)
ストーブにあたる「ぶさお」(丹竜治さん撮影)

 ストーブの前にちょこんと座り、暖をとる猫「ぶさお」。SNSで人気になった今の愛らしい、ふくよかな姿からは想像しにくいが、もともとは虐待を受け、保護された野良猫だった。その猫が、飼い主の人生にも変化をもたらした。

 

(末尾に写真特集があります)

 

 茨城県北茨城市。雪がちらつく寒い夜、丹竜治さん(42)のお宅にお邪魔すると、ふわっと温かな空気に包まれていた。居間の真ん中に石油ストーブがあり、そのすぐ前に、とても大きな猫が1匹座っている。


「こいつが『ぶさお』です。推定9歳というところかな」


 手招きされて、猫のそばに寄ってみた。突然の来客に動じることもなく、「ぶさお」はストーブにあたっている。


「7年くらい前からインスタをしていますが“ストーブにあたる猫”“可愛いけど、よくみると変な顔だ”とか、じわじわ注目されて。今年に入って海外のメディアからも連絡が来ました。顔がスターウォーズのヨーダに似ているので“フォースとともに”と紹介されて」

 

震災(2011年)の頃、遠くを見つめる(丹竜治さん撮影)
震災(2011年)の頃、遠くを見つめる(丹竜治さん撮影)

 SNSでファンになった人が、家まで会いに来ることもあるという。


「むふーっとした笑った感じに癒されるんだと思います。でもね、こいつも結構ひどい体験をしてきたんです……」

 

 

◆ケガをして現れた猫

 野良猫だった「ぶさお」が丹家の前に現れたのは2009年ごろ。その頃、家には飼い猫が数匹いたが、「ぶさお」は家に入ってきて、飼い猫たちの餌を食べていた。食べ終えると、さっとまた外に出て、体を触らせようとはしなかったとう。


「立派な泥棒猫だったよな(笑)。顔だけでなく声もよくないので、俺も親父も、あれはぶさいくな『ぶさお』だな、と意見が一致。当時から顔がでかかった。(猫同士の)抗争が絶えず、耳を噛まれてぶらぶらさせて来たたこともありましたね」


 しかしある日、「ぶさお」は明らかに人間のイタズラと思える傷を作って、家の近くにやって来た。身体に赤いスプレーが吹き付けられ、裂傷もあった。


「見るに見かねて『来いよ』と言ったら、血だらけでふらふらになりながら、家に入って、僕の膝に乗ったんです。野良猫が膝に乗るなんて、経験がなくて、驚いて。『よし、居候としておいてあげる』と思った。そこから真剣な付き合いが始まりました。こいつの命の責任を俺が持とうと」

 

どこか似ている丹さんと「ぶさお」
どこか似ている丹さんと「ぶさお」

「ぶさお」が一命をとり留めた後、今度は丹さんの身にいろいろなことが起きた。2010年、父親が急死。2011年2月に妻と離婚。その1カ月後に東日本大震災が起きて、家が半壊……。


「大きな事が次々に起きて、人生について考えなければいけないタイミングに『ぶさお』がいてくれた。人間では癒せない部分を彼が癒してくれて、その無垢な愛が深かったんです」

 

 

◆「自分のすべきこと」

 その癒しのおかげで、落ち込む間もなく“自分のすべきこと”が見えたという。


 自分も被災者だったが、「放っておけない」と宮城県に車で物資を運んだ。そもそも丹さんは技術者として働く一方、以前からボランティア活動をしてきた。震災後には、その気持ちがますます強まった。


「力を入れてきたボランティアにゴミ拾いがあります。たとえば、(16年前から)霞ヶ浦等の湖沼で『釣り人の力で水辺を綺麗にする』という活動をしています。実はそうしたボランティアも、『ぶさお』が陰で支えてくれているんです」


 6年前に「ぶさお」の写真(通称ぶさマイド)を販売、その売上の一部を水辺基盤協会(ゴミ拾い団体)に寄付して支えた。3年前からはぶさおのカレンダーを作り、その一部を同団体に寄付するほか、去年、ペットの幸せを考える啓発ボランティア団体「PLUSわんにゃんProject」を作り、そちらにも寄付している。「ぶさお」が丹さんのボランティアの顔となり、活動を広めてもいるわけだ。

 

夕飯をばくばく、食欲旺盛な「ぶさお」
夕飯をばくばく、食欲旺盛な「ぶさお」

「ペットのためのボランティア団体は、仲間と始めたものです。きっかけは2年前に秋田犬を飼ったこと。“僕に合う”と人から紹介されたんですが、僕の中では柴犬も秋田犬も違いがなかった。でも実際に迎えたら、生後4か月なのに16キロくらいあって!」


 同居する母の多仁子さんも散歩できるようにと、しつけの先生を頼もうと思って探すうちに、トリマーさんやドッグダンスの先生らとの出会いにつながったという。


 犬好きな店長のいるバーに仲間で集い、「しつけ難しいよね」「でも“待て”ができればいろいろな所に行ける」など話し合ううちに、組織として考えていくようになった。


「昨年10月には1000人規模のイベントを開きました。今年秋もイベントを予定しています。たとえば、僕のように犬について知らない人はまだ多くいる。そのピラミッドの底辺を広げることで、保護犬や保護猫を受け入れる窓口も広がると思っているんです。もっと伝えたいんです、犬や猫との付き合い方や魅力をね」

 

 

◆「生きたい」という意志

 熱く、丁寧に話をしてくれる丹さんを「ぶさお」がじーっと見ている。


 つい「どことなく似ていますね」というと、丹さんが笑った。


「散々ぶさいくといいながら(笑)。でもね、僕と『ぶさお』は意味があって出会った。あの時、傷ついた『ぶさお』から感じたのは、“生きたい”という意志だった。人にいじめられたのに人を好きでいてくれることが、この猫のすごいところでもあるし、僕に自信を与えてくれた」


“あったかい、あったかい”。ストーブに当たる「ぶさお」の姿は、何度見ても幸せそうだ。

 

ぶさおのインスタ

ぶさおのフェイスブック

PLUSわんにゃんProject

藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
ペットと人のものがたり
ペットはかけがえのない「家族」。飼い主との間には、それぞれにドラマがあります。犬・猫と人の心温まる物語をつづっています。
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