日本の畜産も「動物福祉」に配慮を! 五輪の食材条件に明記
家畜を、より快適にストレスなく飼育しようという動きがじわじわと広がっている。「アニマルウェルフェア(動物福祉、AW)」という考え方だ。欧米が先行していたが、2020年の東京五輪・パラリンピックの食材調達でも求められることになった。国内の畜産業も向き合わざるを得なくなりつつある。
丸一養鶏場は、埼玉県寄居町の荒川近くにある。鶏舎に入ると、たくさんの鶏が寄ってきて足をつっついた。「普通は鶏がおびえるんですけどね」と、一柳憲隆社長(46)。
国内の採卵鶏は、あまり身動きできないカゴに入れる「バタリーケージ飼育」が大半だ。鶏舎内はカゴが何列も連なり、エサや水の供給、産んだ卵とフンの運搬も自動で行う。足元はフンが落ちるよう網目状だ。効率よく生産できる。
一方で、「正常な行動ができないことがストレスとなって異常行動につながりうる」と東海大の伊藤秀一教授(応用動物行動学)は指摘する。
一柳さんの鶏舎では鶏が自由に動き回る。「照明を徐々に暗くして自然の1日を再現します」。日中は屋根や網で覆われた屋外にも出る。鶏舎内は止まり木があり、暗くなるとここで眠る。卵はカーテンがついた小部屋で産む。産卵のとき暗い所を好むからだ。
きっかけは1999年のドイツ視察。欧州ではこうした飼育が広がっていた。「効率性と福祉を両立している。日本でもいずれ標準になるだろう」と06年に新施設を作った。現在は2棟で約2万羽を飼い、1日約1万6千個を生産する。
九州の鶏卵生産・販売大手のフュージョン(宮崎県)もケージを使わない鶏舎の導入を進める。来年中には20万羽に増やし、生産の1割近くを担う。担当者は「世界的な流れに対応しておく必要がある」。
畜産農家や研究者らが昨年設立した「アニマルウェルフェア畜産協会」(北海道)は乳牛の独自の認証制度を始めた。11月までに6農場を認証。滝川康治理事は「欧米ではAW認証が普及し、2~3割高く売られることが多い」。
■割高価格と低い認知度、課題
AWは欧州で60年代ごろから関心が高まった。経済効率性追求の一方で、家畜の健康にも配慮すべきだ、というものだ。とくに鶏のケージ飼育や、母豚を狭い柵に閉じ込めることが批判された。
欧州連合(EU)では12~13年にいずれも禁止になった。米国でもカリフォルニア州などでケージ飼育を規制する法律ができた。米ウォルマートは25年までにケージ飼育の卵を仕入れないと表明している。
国内ではAWの広がりは限定的だったが、今年、東京五輪・パラリンピックの食材の調達条件でAWについて明記された。生産工程の管理規格である「JGAP」認証を取得することなどが条件になった。AWでは「飼養環境の改善」に取り組むことが項目に入る。
日本貿易振興機構(JETRO)で米国の畜産を調査する井川真一さんは「欧州の流れが米国に押し寄せた。輸出拡大も見据え、日本でも業界全体でより踏み込んだ議論が必要だ」。
課題もある。丸一養鶏場では同じ面積でケージ飼育と比べて3分の1しか飼育できない。販売する有機野菜の宅配大手・らでぃっしゅぼーや(東京)では10個で約510円。同種のエサを使った卵と比べても200円以上高い。東京都市大の枝広淳子教授が昨年12月に実施したインターネット調査では、9割近くの消費者がAWを知らなかった。
東海大の伊藤教授は「日本では『殺さない』に特化した動物愛護は広がったが、畜産は置いてけぼりだった」。丸一養鶏場の一柳さんは「食べ物のつくられ方をまず知って、多様な選択肢から自分で選んでほしい」と話す。
(柴田秀並)
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