片目の“招き猫”「まねちゃん」 夫婦を獣医、小説家へと導く

事故で片目を失った「まねちゃん」
事故で片目を失った「まねちゃん」

 東京都内の閑静な住宅街にある一戸建てを訪問した。30代の若い夫婦に案内されて階段を上がった先に待っていたのは、恰幅のいい、穏やかな顔つきのキジトラのオス。まん丸な瞳で、興味深そうにこちらを見つめている。


 ——しかし、その反対の目は完全にふさがっている。

 

(末尾に写真特集があります)

 

「2012年2月、結婚が決まってペット可の新居に引っ越しをしました。猫を飼いたくて里親募集サイトで探している時、ちょうどアップされていたのが、この猫“まねちゃん”です」。そう話すのは、飼い主のまりこさん。


 片目が失われていることは、気にならなかった?


「はい。一目ぼれでした。実家で飼っていた猫に顔つきがそっくりで」と無邪気な表情で答える。夫のたくやさんは、「僕は、なんでこのコなんだろう?と思った」と笑う。

 

取材中、かまってほしそうなまねちゃん。見知らぬ人に慣れたのは、ようやく最近のこと
取材中、かまってほしそうなまねちゃん。見知らぬ人に慣れたのは、ようやく最近のこと

 すぐにサイトを通じて、保護主であるNPO法人「ねりまねこ」の亀山嘉代さんに、面談を申し込んだ。しかし、実際にその猫と対面すると……


「パソコンの画面で見るのとは違う、片目がないリアルな姿にショックを受けました。この日初めて、まねちゃんが保護された時には瀕死の状態にあったこと、過酷な過去を経験して人におびえていることを知りました。保護当時の写真も見せていただいて……痛ましさに言葉を失いました」


 亀山さんによると、まねちゃんは路上で倒れていたという。


「交通事故にあったのか、顔がぐちゃぐちゃで。片方の眼球は飛び出し、反対の目も潰れかけていました。保護をするというよりも、看取る覚悟です。でも、熱心な獣医さんの治療によって奇跡的に命を取り留めました。片目は失ったものの、ほかに後遺症がないほどまでに回復したんです」(亀山さん)

 

 

◆想いを継いで、愛情を注ぐ

 そもそもまりこさんは、救いたいという「使命感」から、まねちゃんを選んだわけではなかった。かわいいから、という単純な理由だった。出会ってみたら威嚇されて、触るどころか、近寄ることもできない。


 もしかしたら、一生なつかないかもしれない。しかし、それでも2人から出てきた言葉は、「大切にします」だった。


 当時の名は、あいちゃん。片方の目(eye)を失った猫が、たくさんの「愛」を授かるようにと願いを込めて亀山さんが付けた名だ。そして、想いを引き継いで、愛情を注いでいくことを決めた夫婦が付けた名が「まねちゃん」。つらい過去を乗り越え、その先にある幸せを「招く」ように、と。


 迎えてからしばらくは、ほとんどベッドの下に姿を隠していたという。近づけばシャーシャー、ごはんを差し出せば猫パンチ。2人の手は傷だらけに。変化が訪れたのは、迎えて1カ月たった頃だ。


「次第におもちゃで遊んでくれるようになって、ある日、遊びの最中にいきなり甘えてきたんです。その日から積極的にスキンシップをして、距離を縮めました。本当はもっと早くから甘えたかったんだろうなぁ」とまりこさん。

 

迎えたばかりの頃。シャーシャー!(まりこさん提供)
迎えたばかりの頃。シャーシャー!(まりこさん提供)
今やすっかりデレデレ
今やすっかりデレデレ

◆そして“ご利益”は続いた 

 その後、結婚式を前に2人の将来を考えていた時に、ふと、たくやさんの実家の話になった。実は、祖父の代から続く動物病院なのだ。動物が大好きだったたくやさんだが、家業が獣医だからという理由だけでその仕事を継ぐことには抵抗があった。葛藤の末、工学部へ進学し、卒業後も獣医とは関係のない職についていた。


「『勉強もできて、実家は動物病院で、まねちゃんのような猫を1匹でも救える可能性があるのに、それをしないなんて! もったいない! 』と言ってしまいました」とまりこさん。対して、たくやさんは「こっちは20年も避けていたことなのに、どんどん踏み込んでくるんですよ! 」と当時を思い出して苦笑い。


「でも、まねちゃんが触らせてくれるようになって感動して。ずっと動物と触れ合ってなかったなぁと感じました。まねちゃんを救ってくれた獣医師の方への想いもあり、自分でできることをしっかりと持ちたいと思いました」


 まねちゃんを迎えた年の夏、たくやさんは、獣医師の道へ進むことを決意する。秋には結婚式を控え、しかも受験日まではわずか半年。そんな状況でも、国立の獣医学部にみごと合格した。現在、5年生。あと1年で卒業を迎える。


 招き猫の“ご利益”は続く。まりこさんは、学生時代からの夢だった小説家としてのデビューを果たした。


「いつもまねちゃんをなでながら、受賞できますように、とお祈りしていました(笑)。執筆中も、まねちゃんがずっとそばにいてくれます。1日1回は『大好き』とか『いいこ』とか、話しかけたくなる。まねちゃんが、優しい言葉を引き出してくれるんです」


 そして、家族も増えた。新たにほかの保護団体から迎えた三毛猫のミケーネと、夫婦の間に授かった2人の子どもたち。

 

まねちゃんの相棒「ミケーネ」(左)と
まねちゃんの相棒「ミケーネ」(左)と
子どもたちと。大きな声で近寄ってきても動じないまねちゃん(まりこさん提供)
子どもたちと。大きな声で近寄ってきても動じないまねちゃん(まりこさん提供)

 1歳と2歳の年子は、まねちゃんが大好き。一方でまねちゃんも子どもたちを避けたりせず、いつも遊び相手になっている。夫婦はこう話す。


「まねちゃんは本当に優しい子。大きなケガを負っても楽しそうに生きている姿に、家族みんなが癒やされているなぁと感じます」


(本木文恵)

 

NPO法人ねりまねこ
練馬区と協働の地域猫活動に加え、登録ボランティアのアドバイザーとして後進の育成、ネットや講演活動による地域猫活動の普及・啓発、保護・譲渡活動などを行っている。
公式HP:https://nerimaneko.jimdo.com
ブログ:『ねりまねこ・地域猫』https://ameblo.jp/nerimaneko/
本木文恵
1983年生まれ。編集者・ライター。1級愛玩動物飼養管理士。2007年より猫に関連する雑誌・書籍の編集や執筆を行う。2017年に独立。担当した近著に『保護ねこのきもち(ベネッセ・ムック)』、「with PETs(日本愛玩動物協会の機関誌)『猫を知る』特集号」、『ねこがかわいいだけ展 公式ねこ本』など。愛猫はキジ白と茶白の2匹。人と猫のためのwebマガジン「neco-necco(https://neco-necco.net/)」運営。

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この特集について
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