いじめられ続けた優しい猫「ぽー」 ごついカメラマンが救った
気弱でいじめられてばかり、ゴハンも仲間に譲ってしまう“やさしすぎる”猫「ぽー」。写真とともにその物語を紹介した本『やさしいねこ』(扶桑社)が話題になっている。著者でカメラマンの太田康介さん(59)に「ぽー」との出会いから出版に至る経緯を聞いた。
(末尾に写真特集があります)
「『ぽー』は自分の分身みたい。僕も子どもの頃、体がデカいのに鈍くて、怖い奴にいじめられたから」
182センチ、100キロの大きな身体を屈めるようにして、太田さんが微笑む。太田さんが大柄な野良猫と自宅近くの公園で出会ったのは8年前のことだ。ブランコで遊ぶ子どもたちの声にも動じず、“ぽやー”とたたずんでいたという。尾の柄が特徴的だったので、“しっぽのぽー”と名付けた。
その時、太田さんは人生初のTNR(飼い主のいない猫を保護し、避妊去勢手術を受けさせた後に元の場所に戻す、繁殖防止の措置)」を試みようとしていた。
もともと太田さん宅では、近所の野良猫が生んだ子を引き取って育てていた。テレビで多摩川河川敷に暮らす野良猫のドキュメンタリーを観て、外で暮らす猫に目が行くようになったという。
「蝶よ、花よ、と可愛がられる家の猫とは違う、大変な環境に暮らす猫たちがいることを知りました。その後、川崎の河川敷で、もっと苛酷な条件下で暮らす野良猫たちの存在を知って、世話をしている男性を手伝うようになり、そこからも1匹もらいました。そうしているうちに思ったんです。僕の家の近くの野良猫たちの去勢もしなければと……」
◆いじめられていた猫
最初から「ぽー」に狙いを定めたわけではなく、TNRをしようと、キャリーバッグを持って公園に行くと、たまたま「ぽー」がいたのだという。さすがにキャリーバッグでは捕獲できず、後日買った捕獲機で捕まえ、去勢をした上でリリースした。そこから「ぽー」は地域猫(太田家の外猫)になったのだが、気になることが、次々と起きた。
「『ぽー』はうちの庭までテリトリーを広げて、ゴハンを食べに来てくれるようになったのだけど、他の野良猫に遠慮する。雨が降ったら濡れながらゴハンの“順待ち”。とにかく弱くて、顔や体が傷つき、背中の毛もむしられて。そう、彼は町内“最弱の猫”だったんです」
そんな「ぽー」に太田さんは同情して、ちょっとひいき目にゴハンをあげるようになる。雨や日差しを防ぐために傘を縁側にたてかけたり、寒さよけに箱(ぽーハウス)を置いたり。頻繁に庭に現われようになった白い太った猫のことを、家のメス猫たちは“誰なのかしら”という目でながめていたらしい。
次第に「ぽー」は太田家の家族に心を許しはじめ、3年も経つと、顎やお腹を触らせるようになった。表情も“にゃはー”と言わんばかりに柔らかくなった。ところがある時、太田さんが「ぽー」のお腹を撫でていると、指に小さなしこりが触れた。
「病気かなと思って、病院に連れて行きました。でも不思議なことに、検査したら、しこりが消えていた! その頃には『ぽー』も僕やカミさんも慣れていたので、これを機に室内で飼おうということになったんです」
◆“最弱猫”が子猫の世話
太田家には「とら」と「まる」の姉妹がいた。川崎の河川敷で保護した「シロ」もいる。そこに、窓の向こうにいたオス猫「ぽー」を招き入れたわけだ。
太田さんは「メス猫たちは受け入れるはず」と期待したが、甘かった。特に「とら」は、「ぽー」に敵対心を持ったのか激しく威嚇した。
「『ぽー』はびくびくして逃げるから、追われる。そうして僕の股の間に避難するのだけど、それがいじらしくて。ヤツは外だけではなく、家の中でも“最弱”だった(笑)」
それでもいつしか、「とら」は「ぽー」を受け入れ、一緒にくっついて寝るようになった。その後、太田さんが近所で生まれた子猫や、仕事先で出会った子猫を保護(預かり)すると、「ぽー」は一生懸命、なめてあげたという。
「メス猫たちは子猫にツレナイのに(笑)、「ぽー」はかいがいしく“保父”役をしました」
だが、家での生活を始めて3年経ったころ、ぽーが体調を崩した。歯茎に膿がたまって、食欲が落ちたのだ。調べると、腎臓の数値も悪化していた。
「毎日家でカミさんとともに補液(点滴)をしたり、看病をしたんですが……最後は僕の腕の中で息を引き取りました。はっきりした年齢はわかりませんが、10歳はゆうに超えていたと思います」
太田さんによると、この書籍化は、今春あるデパートが行った企画がきっかけだったという。
「深谷かほる先生が『夜廻り猫』のエピソードを募集されて、マンガへの“登場権”が得られる企画でした。『ぽー』の写真とともに応募したら、権利を勝ち取って(笑)。そこで描いていただいた『ぽー』の姿が『いいネ』と話題になり、それがご縁で出版にもつながったんです。嬉しいですね」
編集を担当した扶桑社の北村尚紀さんはいう。
「この本は、“やさしい猫”の本であると同時に、“やさしいオジサン”の本なのです。野良猫をTNRして地域猫にして、さらに家猫として最後まで面倒をみた。『ぽー』に対して、太田さんはこれでよかったのか、幸福だったのかなと、ずーっと思い悩んでいた。そんなやさしき葛藤も、本書の魅力です」
「ぽー」が旅立って、すでに2年。糸井重里さんや矢野顕子さん、石田ゆり子さんら有名人が「ぽーファン」を名乗るなど、人気が高まっている。
(藤村かおり)
太田康介 著・撮影
扶桑社刊
本体1100円+税
112ページ
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