ふらりと現れた名脇役

オープンセットにいつもいる野良犬の小黄(シャオ・ファン)
オープンセットにいつもいる野良犬の小黄(シャオ・ファン)

 映画「ゴッドファーザー」のオープニングに映画史に残る猫が登場する。


 暗い部屋の片隅でイタリア移民の葬儀屋が喋(しゃべ)りだす。娘が激しい暴行を受け、その復讐(ふくしゅう)を頼んでいるのだ。そして、聞いていた1人の男が映される。マフィアのドン、ビト・コルレオーネだ。殺してくれと頼む葬儀屋に、顔色一つ変えないその膝(ひざ)には1匹の猫がいて、ビトは静かにその毛を撫(な)でている。死や暴力を仕事としながら、同時に1匹の猫を慈しむそのビジュアルは、ビトのキャラクターの多くを見事に表現していた。この後、映画は、生き残るための暴力と、家族への愛が同時に示されていくのだから。


 この猫は実は撮影所にいた野良猫。ビト役のマーロン・ブランドが、当日、思いつきで現場に連れてきたのだ。さすが即興演技の名手。この時、監督だったフランシス・コッポラは瞬時にブランドの意図を理解しただろう。それとも、大物のブランドがやることに何も言えなかったのか?


 実は同じような経験を先日した。


 現在、上海で中国映画を撮影中なのだが、主人公の少女時代、親子の別れを撮影していたら、父親役のフーさんがふと見ると子犬を胸に抱いている。フーさんに聞くと離れ離れになる娘を見送る時に、きっと飼っていただろう子犬を連れている設定だと言う。確かに悪くない。ただ一番の疑問は、この犬がどうしてここにいるのかということ。私はスタッフにそれを頼んでいない。フーさんに聞くと「野良犬だ」と言う。なるほどと思った。とにかく、上海は野良犬が多い。いたるところにいる。フーさんの計画を採用しながら、「服が暗い色だから、黒い犬じゃない方がいいんだけどなあ」と思った。


 案の定ラッシュを見たらやっぱり犬は目立っていなかった。ごめん、フーさん。即興を生かしきれなかった。私はダメ監督です。

犬童一心
1960年東京生まれ。映画監督。主な監督作品に「金魚の一生」「二人が喋ってる。」「金髪の草原」「ジョゼと虎と魚たち」「メゾン・ド・ヒミコ」「のぼうの城」など

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この連載について
遠い目をした猫
「グーグーだって猫である」などを撮った映画監督で、愛猫家の犬童一心さんがつづる猫にまつわるコラムです。
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