猫に囲まれ、母親を介護 会話の中心に、いつもニャンとトラ
「私の1日は、母の介護が中心。朝起きたら、ヘルパーさんが来るまでに、食事させて、薬を飲ませたり、着替えの手伝いをしたり……」
都内に住む友香子さん(53)は、自宅で父親と一緒に、80代の母親の介護をしている。母親は3年前に室内で転び、大腿骨を骨折。それ以来、体調を崩して、今は車椅子で生活している。
(末尾に写真特集があります)
「友香ちゃん、カーテンを少しだけ閉めてくれる?」
「はーい、ちょっと待ってね」
午後、日当たりのよい6畳間に座っていた母親が、友香子さんに声をかけた。その足元では、キジ模様の猫がごろごろとくつろいでいる。
「ニャンちゃん、ちょっとごめんね」
猫(ニャン)のそばを通り、友香子さんが部屋の奥に行って、カーテンを調節する。ふわあっと、猫があくびをするのを見て、母親が笑った。
「いい天気だから、ニャンも気持ちよさそうねえ」
「ホント。ここはお気に入りの場所ね」
友香子さんと母親が見つめる先にいるニャンは、2005年11月に家に来た。推定12歳半のメス猫。千葉県浦安市まで釣りに行った父親が、1歳に満たないニャンを海辺のテトラポッドの傍で保護したのだという。
「釣り場には数匹の猫がいて、生の魚などを食べて生きていたようです。父も気になって、そのたびに猫缶などを持って行き、いつも“後ろ髪をひかれる思い“で帰宅していたと。そんな父の顔を覚えてニャンニャンと鳴いて走って出迎えるようになった1匹のメス猫を、「ニャン」と名付け、ある日、釣り用のバッグに入れて連れ帰ってきたんです」
海辺育ちの元野良猫のニャンを動物病院に連れていくと、ノミも病気も持っておらず、人にも慣れていて獣医師に驚かれたという。父親と猫の間で強い信頼関係が生まれていたからだろう。
実は友香子さんの父は、ニャンを連れ帰る1年前にも、釣りに行った浦安でオス猫を保護している。名前はトラ。推定12歳半。クリームのトラ柄の、おとなしい猫だ。
隣の和室の籠にいたトラを抱っこしながら、友香子さんが説明する。
「トラは、釣り客用の駐車場にいたんです。釣り仲間が車の下に入りこんだ子猫を見つけて、それを拾い上げた父が『猫を連れて帰るぞー』と家に電話してきたんです(笑)」
トラも健康体で、すくすく育った。少し臆病だが、ニャンとは年が近かったため、すぐに仲良くなった。2匹を迎えた10余年前には、ミケという先住の15歳を超える三毛猫がいて、部屋ではシニア1匹対子猫2匹の構図になったのだという。
「ミケちゃんもヤングパワーに少し押され気味で、2匹のちびっこたちの成長を見守っていました。私は最初、トラとニャンを浦安1号、浦安2号と呼んでいたんです(笑)。思えば我が家は、私が中学生の頃から猫がいなくなったことがない。ミケは22歳まで生きましたが、その前にもチビ(享年18)、たま(享年24)がいて。みんな父が保護したんです」
たまは外出先の植え込みで、チビとミケとは仕事先で、それぞれ子猫の時に1匹でいるところを見つけた。たまとチビが旅立ち、ぽつんと取り残されたミケがさみしそうだ、と父親は気にしていたのだという。
父親は口癖のように「俺はお金を出して猫を買うようなことはしない。そのままだと死んでしまいそうな、もらい手のない子を飼うんだ」と話すという。外にそのままいれば、どうなったかわからない猫たちは、友香子さんの家でみな、のびのび幸せに過ごしてきた。
「長く生きてくれた猫たちも晩年には、病気で寝たきりになったり、病院に点滴を打ちに行ったり、スポイトで食事をさせたり……いわゆる介護も必要でした」
猫が粗相をしてしまったため、「あの頃は布団を何枚買い換えたかしら?」と友香子さんが笑う。今はその明るさで、母親を介護している。
「友香ちゃん、トラちゃんの姿が見えないけど?」
「トラちゃんなら、隣の部屋でお昼寝中よ」
「あらそうなのね」
西日が差し込む部屋で、母と娘が言葉を交わす。
ささやかな会話。でも親子をつなぐ大事なこと。
いつもその中心には、猫がいる。
(藤村かおり)
sippoのおすすめ企画
「sippoストーリー」は、みなさまの投稿でつくるコーナーです。飼い主さんだけが知っている、ペットとのとっておきのストーリーを、かわいい写真とともにご紹介します!
LINE公式アカウントとメルマガでお届けします。