愛犬・愛猫は「連れて逃げる」が常識に 熊本地震で見えた課題
2016年4月14日、夜。震度7という、誰もが経験したことのないような揺れが熊本を襲った。まさかの事態の中、愛犬・愛猫は……? 避難所での生活は? 震災からちょうど1年。被災した人たちの声から見えてきたのは、行政、ボランティア、病院などの連携の大切さだ。
文/浅野裕見子 写真提供/ピースウィンズ・ジャパン、竜之介動物病院
熊本大地震でいち早く被災地に駆けつけ、ペット同伴で入れる避難所を作ったボランティア団体がいた。広島県に本拠を置く認定NPO・ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)だ。まずは50人を収容できるバルーンシェルター2基を益城(ましき)町総合体育館脇に設置。5月1日にはバルーンシェルターの跡地と再春館製薬所(本社・熊本県益城町)の芝生広場に、家族単位で入れるテントを84基用意した。6月にはエアコン付きのユニットハウス村を開設。PWJ調整員の永田千代美さんは振り返る。
「テント避難時には、家屋の片づけや仕事で飼い主が不在中、動物はケージに入れて外に出しておいてもらうようにしました。見えるところにいないと異常があっても気づけないし、私たちが勝手に入ることもできませんから。その後は『ペット預かり所』を併設して対応しました」
リード・食料・薬…日ごろの備えが大切
中村友香さん(36)も、そんなPWJの支援に助けられた。小学6年と幼稚園児の2人の息子がいる。
「揺れが来たときは、長男が13歳になるレン(ミニチュアダックスフント)を抱いて庭へ避難。家は半壊し、数日は親子とレンとで車中泊。体育館に入っても、リードがなかったので荷造りひもでレンをつないで……。PWJのテントにレンも一緒に入れた時は、ほっとしました」
レン君にはヘルニアの持病があり、専用の医療フードを与えていたが、「たまたま震災前に、ネットのセールで8㌔詰めの大袋を買ってあったんです。それでしばらくはしのぎましたが、もしあれがなかったらと思うとぞっとします」。
同じくPWJのテントに入った北村雪代さん(60)の愛猫は10歳、8歳、2歳のメス3匹。地震発生時、北村さんが外出先から慌てて帰宅すると、家は壊れ猫たちは逃げ出していた。
「10歳のミイがすぐに戻ってきたので、一緒にPWJのバルーンテントへ。そこから毎日、残る2匹のためにエサを持って自宅に通いました」
3日後にはミイの娘、カナが帰宅した。でも、若いチビがなかなか帰ってこない。声がするので庭にいるのはわかっていたが、姿を見せず。結局、「カツオ節でおびき寄せて(笑)」捕まえたのは2カ月後だった。ところが、チビは仮設住宅から再び脱走。この時もカツオ節が威力を発揮したが、「2カ月も自由に暮らしていたから、すっかりクセになったみたい」と北村さん。被災による思わぬ影響だった。
東日本大震災の被災地を視察し、その教訓からペット連れ被災者のためのシェルターを準備していたのが、竜之介動物病院(熊本市中央区)だ。同院は動物看護やペットケアを学ぶ専門学校、九州動物学院を併設。24時間対応の緊急医療体制を整え、非常時の自家発電システムと防災無線基地まである。熊本大地震では備えが存分に生かされた。
同病院では、地震発生直後からSNSで被災者受け入れの情報を発信した。菅村理(おさむ)さん(63)は、そのSNSで初めて、かかりつけの動物病院がシェルターになっていることを知ったという。愛猫のみつまめちゃんは6歳のメス。地震に驚き、こたつの中に逃げ込んだおかげで、天井が崩落した際にも無傷だった。ペットと一緒に避難できると知り駆け付けた竜之介動物病院で菅村さんが目にしたのは、ペットを抱えた被災者の行列だった。
「併設の専門学校の教室が避難所になっていました。みつまめは無傷ではありましたが、ストレスでしばらく絶食状態に。一緒にいられてよかった」
同病院の避難所巡回ボランティアに助けられたという増岡孝子さん(77)は、今も仮設住宅に暮らしながら、犬小屋にいる愛犬レオ(3歳・柴犬)の世話に自宅に通っている。
夫に先立たれ、家族は自分とレオだけ。被災直後はエサもケージもリードもなかったから、動物病院さんにはずいぶん、助けてもらいました。狂犬病の予防接種も、出張でしてくれて」
生活のめどはまだ立たない。「高齢で独り身だし、この先どうなるか……。早くレオとまた一緒に暮らして、広いところを思い切り走らせてやりたいです。あの子より長生きできるように、がんばらなくちゃね」
見えてきた課題と飼い主にできること
多くのボランティア団体や行政と連携して活動した徳田さんは被災後の課題をこう分析する。
「災害直後の対応が最もスピーディーなのは民間のボランティア。自治体全体の福祉を考える行政は、どうしても動きが遅い。その特性を理解しないまま『何もしてくれない』と嘆いても意味がない」
ボランティアと行政の連絡役をして実感したのは①自助(飼い主自身が非常時に備える)②共助(ボランティアによる支援)③公助(行政支援)の段階をスムーズにつなげる、連携体制の整備の重要性だったという。
熊本大地震で行政のペット支援はどうだったのか。熊本市動物愛護センターのスタッフは市内の避難所の応援にも駆けつけ、夜間対応などの支援をした。同センター愛護班主査の後藤隆一郎さんは、「震災直後は迷子犬・猫の情報集約に追われました。どこの避難所に何匹いるのか。被災者が何に困っているのか。熊本市『動物愛護推進員』の力を借りました」
ノミ・ダニの駆除対応、ペットをめぐるトラブルやしつけのアドバイスにもスタッフと推進員は駆け回った。鑑札や迷子札のついている迷子犬は飼い主の自宅に『預かっています』という連絡票をポスティングしたり、ポスターを掲示したりして、ほとんどが飼い主の元へ戻ったが、難しいのは猫だったという。
「人慣れした猫がうろついている、という通報をもらっても、野良の中にも人懐こい子はいますし。誰のものだかわからないから、手出しができない」と後藤さん。今は1年間の記録から、課題を整理しているという。
「まずは、避難訓練にペット同行避難を組み入れること、避難時の備えについて啓蒙活動を進めないといけない」(後藤さん)
前出の徳田さんは言う。
「獣医療の知識をもとに、問題を俯瞰(ふかん)できるのが獣医です。ボランティアと行政をつなぐ要になれるはず」
被災時に喫緊の課題を判断し、長期にわたる全体の福祉行政と、ボランティアの機動力をつなぐ体制を作ること。 「簡単ではありませんが、経験を糧に、今後も考えていかなければと思います」(徳田さん)
(朝日新聞タブロイド「sippo」/2017年春号掲載)
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