ゴツい海の男たちを骨抜きにする 猫船長「カンパチ」

停泊中に舵をにぎるカンパチ
停泊中に舵をにぎるカンパチ

 ふさふさのしっぽを揺らしながら軽やかな足取りでデッキを横切り、お気に入りの椅子に飛び乗る。カンパチはチンチラの女の子。船が揺れてもまったく動じないという。

 カンパチがこの内航船に乗務し始めたのは2016年5月。男ばかりの乗組員6人で「ネコでも飼ってみるか」と相談。会社はもちろん、船のオーナーにも了解を取り付けた。

 基地港に入港した際、船長(26)が「どんなネコがいるか、ちょっとペットショップで見てくるわ」と外出。帰ってきたときにはカンパチを連れていた、というオチがついた。

「こいつ、人の顔をじーっとみつめる癖があるんですよ。それで、抱っこさせてもらったらもう……。はい、決まり!(笑)」

 やがて船長が、カンパチの愛らしい姿をツイッターに載せると、瞬く間に人気者に。同年12月上旬現在、フォロワーは6万人を突破している。

 カンパチを通して内航船を知る人も増え、船や航海のことについても質問を受けることが多くなった。

 内航船は国内の物資流通に使う船。コンテナ船、石炭専用船、一般貨物船、ケミカルタンカーなど、種類はさまざまある。日本の産業を物流で支える大事な仕事だが、「最近は船員不足が深刻なんです。学歴も経歴も関係なく活躍できるし、実は未経験でも船舶免許がなくても挑戦できる面白い仕事。……なのですが、あまり知られていないのが悩みの種です」(船長)。

 そんな内航船の広報活動に大きく貢献したとして、カンパチは16年10月、「海の上文庫(全日本内航船員の会)」から「ベスト内航船員賞」を授与された。その話題はネットニュースでも取り上げられ、17年2月にはとうとう写真集も発売予定というほどの人気者になった。

ベスト内航船員賞の盾。「業界にネコの手を差し伸べた」功績が称えられた
ベスト内航船員賞の盾。「業界にネコの手を差し伸べた」功績が称えられた

出港時は必ずデッキで監視

 出港時には必ずデッキにやって来て、船長の隣でワッチ業務(監視・当直)に就くカンパチ。まだ生後1年で遊び盛りだが「めったに鳴かないし、暴れたことも一度もない」という。寝るときは誰かしらの寝台を訪ねては彼らを癒やし、深夜航行中は機関士や航海士と一緒に夜の海を見つめる。

「もちろん、船舶の航行は安全が絶対条件。カンパチが出入りできる場所は厳しく管理しています。決して邪魔になるようなことのないよう、全員で目配りを欠かしません」

ワッチ業務にいそしむカンパチ
ワッチ業務にいそしむカンパチ

 エサの時間は規則正しく。人間の食べ物は一切与えない。水は常に新鮮なものを。長毛種なので毎日のブラッシングは欠かせない。

 カンパチの安全対策も考えてある。非常時にそなえ、保護できるケージも用意されている。

 航行中は24時間体制だ。常に誰かが働き、誰かが仮眠を取りつつ、何かあれば全員が即対応するようスタンバイ。入港するまで気の抜けない仕事だが、カンパチのおかげで船員間のコミュニケーションがスムーズになり、職場の活性化にもつながったという。

「カンパチの名前は魚のカンパチから。みんな、大好きなんですよ。今夜のおかずはカンパチだぞっていうと、ぱっと笑顔になる。そんな、誰からも愛される子になってほしいなと思って。ネコが来てから、船員同士の会話も増えましたし、狙い通りです(笑)」と船長。

 家族と離れ、危険と隣り合わせの仕事に打ち込む、海の男たちにとって、カンパチはまさに女神だ。

「いえいえ。乗船1年未満とはいえ、立派な船長ですよ」


ヒト船長とおそろいの帽子も作ってもらった
ヒト船長とおそろいの帽子も作ってもらった
がんばったごほうびはネコ用おやつ
がんばったごほうびはネコ用おやつ

(AERA増刊「NyAERA」から)

(文:ライター・浅野裕見子、写真:朝日新聞出版・堀内慶太郎)

まるごと1冊「猫」を特集したAERA(朝日新聞出版)の増刊「NyAERA(ニャエラ)」から選りすぐった記事です。

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