と畜場におけるアニマルウェルフェアを考える

平成26年11月21日(金)午後、「北海道・農業と動物福祉の研究会」にて道内のと畜場の見学会が行われた。その報告を兼ねて、アニマルウェルフェア(AW)の観点からと畜場の家畜について私見を述べたい。
<寄稿:奥野尚志(「北海道・農業と動物福祉の研究会」会員・獣医師)>


 

見学会当日の概要

 見学会には十勝管内をはじめ、札幌市など全道各地より酪農家、獣医師、消費者、学生ら17人の参加があった。と畜場法の目的、と畜の行程、衛生管理などの概略説明があり、併せてDVDによる検査業務の説明が行われた。

 その後、解体レーン及びけい留所を見学した。また、と畜場におけるAWについての話、それに関連する中尾絵美氏(JA全農さいたま勤務)が帯広畜産大学在学時に研究した「と畜場における牛への給水が枝肉格付と行動に及ぼす影響」について説明した。最後には参加者の質問に応答していただいた。

 終始丁寧に応対していただいた各位に感謝するとともに、繁忙期の午後、牛の搬入もある中、親切丁寧に応対していただいた現場作業員を含め関係者に厚く御礼致したい。


まずは、「と畜場とは?」を考えよう

 食材としての食肉を見るには事欠かないが、一般の方にとって「と畜場」は遠い存在であろう。きれいにスライスされた肉の背後には牛の姿しか大概の人は想像できないのではないだろうか。

 目の前にあるお肉と今あなたが思い浮かべる牛の間にはと畜場が存在している。家畜が食材として生まれかわる場所がと畜場なのであり、現在の食卓を支える上でなくてはならない過程として存在する。生産者から託された家畜を消費者が望む安全、安心な食材として食卓に届ける、農場と食卓の架け橋なのである。そして、と畜場は食材としての出発点であり、命の終末でもある。

 あまりにも現実的であるため目を背け続けてきた。しかし、しっかりと両の眼を見開いて、直視すべきである。そこから始まることがたくさんある。「いただきます」の原点がそこにはあると思うから。


と畜場でのAW、家畜への配慮を考える

 と畜場には生きている家畜がたくさん運ばれ、けい留所(と殺前に留め置かれる場所)には処理規模に応じた数の家畜がいる。その取り扱いには、AWの観点から家畜へ配慮した取扱い(獣医公衆衛生関係法規には「人道的な獣畜の取り扱い」とある)が求められる。

 家畜を取り扱う人、作業者の技術的な面、施設の構造、気温・湿度といったその時の状況、様々な角度から経験に照らし合わせ、あるときは家畜の反応に目を凝らし、またあるときは科学的なデータを積み重ね検証する。その弛まない積み重ねが家畜の恐怖や苦痛を軽減し、取り除いていく唯一の方策である。

 しかし、長い間日本ではと畜場に目を向けられることは少なかった。と畜場でのAWの観点からの家畜への配慮は、日本ではなおざりにされてきた感は否めない。

 一方北米、EUなどに向けた食肉を取り扱うと畜場に関しては輸出先の規定を遵守したガイドラインに基づく認定を受け、検査員による人道的な家畜の取り扱い、及びと殺に関する検証がなされている。と畜場における家畜の取り扱いに関する責務はと畜検査にかかわる検査員(獣医師)に委ねられるところは大きいが、動物行動学者、家畜管理学等の専門家が積み重ねてきた知見や経験なくしては進めることはできない。

 と畜場でのAWを考える時、携わる機関や人の連携で解決するべきことが多くある。まずは現状を把握し、それについて考察することから始めることが第一歩ではないだろうか。

と畜場における飲用水設備の設置について

 平成21年6月、と畜場のけい留所で前日搬入された牛の斃死事故に遭遇した。長時間飲水できないための暑熱、脱水が事故の一因ではないかと考えた。確かに生体洗浄時のホースに頸を伸ばしたり、床に溜まった水を舐めたりする牛の姿を目にすることがままある。少なくとも水を飲みたい牛(家畜)はいるはずだという思いが出発点となり、と畜場でのAWを考えるようになった。

 そこで、と畜場のけい留所の飲水状況について帯広食肉衛生検査所が全国の食肉検査機関を通じアンケートを実施した(平成22年9月~23年2月:回収率98.2%)。その結果、北海道内の牛のけい留所では給水されているところはなく、道外では約半数に飲用水設備があり給水されていた(図1)。また、肉質への影響を懸念し生産者の要望等により給水を制限しているところがあることも判明した。

 豚のけい留所では北海道内には牛同様給水されているところはなく、道外においても19/129(15%)と設置率は低かった(図2)(詳細は『日本獣医師会雑誌』第66巻第12号、平成25年12月)。

道外では約半数のけい留所で給水がされている一方で、北海道内で給水されているところはなかった。
道外では約半数のけい留所で給水がされている一方で、北海道内で給水されているところはなかった。
牛同様、北海道内で給水されているところはなかった。道外においても飲用水設備の設置率は低かった。
牛同様、北海道内で給水されているところはなかった。道外においても飲用水設備の設置率は低かった。

 続いて飲用水設備の設置、給水には生産者の意向が重要であると考え、十勝管内の肉牛生産者に対するアンケートを実施した(平成24年1~2月:回収率81/114(71%))。その結果、搬出前の農場での給水については3農場を除いては直前までほぼ普段どおり給水していた。しかし、3農場については肉質への影響、長距離輸送での体調への影響等を理由に搬出の半日~1日前から給水を制限していることが判明した。

 また「北海道内のと畜場に飲用水設備が必要か」との問いに関しては、「必要である」は39/78(50%)、「どちらでもいい」23/78(29%)、「必要ない」10/78(13%)であった。「必要ない」理由としては、道内ではと畜までの時間が短い(輸送時間、けい留時間を含め)、水場をめぐる事故のおそれ、肉質(格付等)への影響を懸念などがあげられていた。

 以上のような調査結果を受け、中尾絵美氏が道内と畜場のけい留所(飲用水設備なし)において平成25年8月~10月の7日間にわたって調査研究を実施した(全168頭:24頭×7)。生産者、申請者、と畜場の許可を得、同一生産者、同一搬入日・同一と畜日(前日搬入)の牛(ホルスタイン去勢牛)を2群(各12頭)、給水区(プラスチック水槽を設置)と無給水区に分け、行動観察と飲水量の測定を実施した。

 また調査期間中の9月16日出荷の24頭のみについて、と殺後放血時に採血し、血液成分を分析した。行動観察は2分毎にすべての牛のパンティング(浅速呼吸)の有無、姿勢、行動に分けて搬入直後から18時頃(けい留所の閉鎖時間)まで行った。給水区では行動観察に加え、給水区に牛が到着直後から翌朝7時頃までの飲水量を測定した。さらに全頭の枝肉格付けを分析した。

 この結果、搬出直前に農場で測定した牛の生体重に差はなかったが、枝肉総重量は給水区が無給水区よりも有意に高く、枝肉歩留[枝肉総重量(㎏)÷生体重(㎏)×100(%)]は給水区が無給水区よりも高かく、生産者にとっては利益増となる。また、一部の生産者が懸念するような肉質への悪影響は枝肉格付において全く認められなかった。

 行動観察の面からは、暑熱ストレスの指標とされるパンティング時間に有意差は認められなかったものの、無給水区が給水区より高い値を示した。また搬入直後から3時間の経時的観察(1時間毎)において、給水区、無給水区にかかわらず、搬入直後が長く、搬入直後に最も強い暑熱ストレスを受けたことが推測された。反芻時間についても両区に有意差は認められなかったものの、給水区が無給水区より高い値を示した。反芻は牛のリラックス状態にあることを示すことから、給水は牛をリラックスさせたと推測され、給水によって唾液分泌が増加され、より反芻を促進したと考えられる(詳細は平成25年度卒業論文「と畜場における牛への給水が枝肉格付と行動に及ぼす影響」)。

 こうした調査・研究から見る限り、けい留所で給水されるべきであると考える。今後、生産者、業者、と畜場等へ説明し、理解を得て、牛に限らずけい留された家畜が飲水できるよう尽力したいと思っている。

 平成23年調査以降、北海道においてもと畜場の改築に伴いけい留所に飲用水設備が設置されたり、従来のけい留所に工夫して簡易飲用水設備が設置された例があることを付け加えておく。

見学会参加者の感想  

―「感想を自由にお書きください」の設問に対する回答から―

・「生き物」が「肉」になる瞬間を見る事ができたが、AWの観点として、どの段階までAWを適用すべきなのかという疑問がわいた。作業効率や農家の実益などと、動物福祉を同時に満たせる条件があれば良いな、と思う。

・牛が運ばれてけい留されている状態から農家でどのように扱われていたかを垣間見ることができるように感じました。と畜されるまでの時間、AWの観点から飲用水などや、けい留所の床面の安全性など改善点はまだ多くあるように感じました。また、1日に運ばれてくる牛、豚の頭数を知り、これだけの数の肉を消費している人間(私達)が、命をいただくという意味をもっと真摯に受け止めなければならないと感じました。

・生命の終わりと食品の始まりと考えると、職員にとっても、動物にとってもとても重要な場所であり、仕事だと思いました。

※(誤字、文脈の齟齬などは、筆者訂正)

 物質的充足の時代から精神的充足を求める時代に移行しつつある。食は腹を満たすためのものであるだけではない。そのものに込められたもの、背景に広がるものを感じながら消費する時代になってきたのではないか。

 その肉の向こうにどんな世界を描き、期待するのか。物である前に命ある生き物であったこと、どんな状況で育てられたのか、どんな人がその過程でどんなふうに関わったのか。今回の見学会でAWや食育の観点からも、「いただきます」の原点を、真摯に、真正面から伝えていかなければならないことがたくさんあり、みんなで考えなければならないと改めて感じた。

(会報「ALIVE」No.113より)

この連載について
from 動物愛護団体
提携した動物愛護団体(JAVA、PEACE、日本動物福祉協会、ALIVE)からの寄稿を紹介する連載です。
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