患者も犬も穏やかに楽しく 緩和ケア病棟を犬と訪問
私たち日本動物病院協会(JAHA)のボランティアグループは、犬を連れて、神戸市灘区にある「六甲病院」の緩和ケア病棟を定期的に訪問している。
訪問する犬たちはワクチン接種や健康診断に加え、腸内細菌の検査を受け、活動前にはシャンプーや歯磨きなどのケアが義務付けられている。気質のチェックも行われており、人好きで、知らない場所や初めての人にもストレスを感じることなくおだやかに触れ合えること、また飼い主の合図に従いながら一緒に活動を楽しめることなどが参加条件となる。
対象者だけでなく、ボランティアはもちろん中心となる犬が活動を楽しめることは、大切な点である。
動物福祉という観点だけではない。情動は伝染するもので、恐怖や苦痛を感じている動物を見て幸せな気持ちになる人はいない。犬やボランティアが楽しく活動している様子を見ることで、対象者も心から楽しむことができるのだ。
ちなみに我が家のダックスフントはもうすぐ14歳になるが、13年間この活動を楽しんでいる。訪問施設の廊下を歩くとき、まるでスキップしているような楽しげな歩調になり、それを見ていると私も幸せな気持ちになる。
ホスピスであるこの病棟を訪問することになったきっかけは、ボランティアグループの一員である与茂田さんのご主人がここに入院されたことだった。他の病院からここに移り、病棟に愛犬のゆめちゃんが訪れるようになって、与茂田さんのご主人の疼痛が大きく緩和されたという。
最近の研究で愛犬とのかかわり(特に見つめること)が、飼い主のオキシトシンの分泌を上昇させることがわかっている。オキシトシンは出産や授乳の際に分泌されるホルモンで、疼痛を和らげたり幸福感をもたらしたりする効果もある。与茂田さんの疼痛緩和にも愛犬とのふれあいが一役買ったのだろう。
また、犬は社会的潤滑油としての役割もあることが知られている。与茂田さんもゆめちゃんが来たことで、他の患者さんたちとの交流が深まったという。我々ボランティアも活動時には犬を連れているだけで、患者さんたちとの距離が縮まる。
ある日の活動では、家庭の居間のような雰囲気のある病棟の多目的ルームで、患者である70代ぐらいの男性が家族と面会していた。この日はこの男性の誕生日で、誕生日会が開かれていた。プレゼントのおしゃれな帽子をかぶった男性は娘や息子、そして孫たちに囲まれて満足そうに座っていた。
男性は我々の連れて行った犬を見て、「ほら、ワンちゃんが来たよ」と孫にやさしく声をかけた。3歳ぐらいの女の子が犬の側にやってきてそっと犬の体をなでて、ほほえんだ。
病室と病室の間の廊下には大きなソファとテーブルがあり、ここも家庭の居間のようだ。入院患者たちが何人か集まり、まるで古くからの友人のように会話している。医師や看護師も通りかかるたび、明るく声をかけていく。犬を連れた我々は歓迎を受け、自然とその輪の中に引き込まれていく。
初対面の人の膝の上でも、やさしくなでられるとすぐにリラックスした様子でうたた寝を始める犬もいる。そんな犬たちがいることで、我々も初対面の人と話す緊張感はなくなる。
それぞれの病室で寝ている人も多く、犬が好きな人はドアの前に「ワンちゃんどうぞ」という意味でシールが貼られている。ドアをノックして入ると笑顔で迎えられる。
抜け毛対策のタオルをベッドに敷いて犬をのせると、犬の体をなでながら話がはずむ。不思議なぐらい病院独特の空気の重さが感じられない。穏やかな時間がゆっくりと流れていく。
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