庭の隅っこで、猫の美学を知る
前回ひっそりと始まったこちらの連載。1回目は、現在猫飼いの私が、かつて猫を嫌いだった理由を書きました。
子どもの頃、友人宅の暴れ猫に驚いたわけなのですが、そもそも猫というものは、来客が苦手ですよね。
急に子どもたちが来たので、驚いてパニックになってしまったんでしょう。今にして思えば、友人の猫に申し訳ないことをしました。
今、我が家に住む猫も、2匹のうち1匹は“ピンポ~ン”と呼び鈴が鳴るやいなや、一目散に物陰に隠れます。その来客が宅配便の方で、玄関先に来ただけですぐに去ったとしても、しばらく隠れて出てこないほどです。
猫にとっての来客とは、勝手にテリトリーに入ってきた不審者でしかない、と知ったのは、猫を飼ってからのことでした。
すっかり猫嫌いになってしまった小学生の私でしたが、実は同じころ、実家の庭に野良猫がよく集まっていました。
白黒、ミケ、トラ、黒、長いしっぽに、カギしっぽ…いろいろな猫が5、6匹。
隣の農家のおばさんが野良猫に餌付けをしていて、ウチの庭が猫の通り道になっていたのです。
しかし、我が家は祖父母、両親、姉までも、猫好きは一人もいません。かといって、ただ庭を歩いているだけの野良猫に対して、怖がったり嫌がったりする人もいませんでした。
わたしも、警戒心の強い野良猫に近づくことはなかったし、「猫が来てるなあ」くらいの適度な距離感で平和に共存していました。
そんなある日、よく見かけるトラ柄のボス的存在の大きな雄猫が、うちの庭の植え込みの隅っこで、息絶えていました。
慌てて隣のおばさんに報告すると、悲しそうに連れて帰り、どこかに埋めてあげたようでした。
「猫は、死ぬ間際に姿を隠す」
というから、餌をもらっている隣の家から離れて、ウチで力尽きてしまったのかもしれません。
その時初めて、猫の美学を知りました。
でも、もうちょっと遠くに行こうとしなかったのか…。トラ猫の心の内は分からないけれど、「猫って、人に寄り添って生きているようで、野性的でもあり、不思議な存在だなあ」と、気になる存在ではあったのでした。
(ヤスダユキ)
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