犬オークションの現場 ペット流通のブラックボックス③

幼齢犬流通を助長

 ペットオークション(競り市)を中心とした日本の犬ビジネスと密接にかかわるのが幼齢犬の問題だ。犬ビジネスでは、子犬ほど需要が高いからだが、それは一方で、遺棄につながる危険性を持っている。

 幼齢犬問題の第一人者で、米ペンシルベニア大獣医学部のジェームス・サーペル教授は編著書『ドメスティック・ドッグ』で、こう指摘している。

「ペットショップにいる子犬は(中略)社会化も不適切で、初期経験も異常であったり、悲惨なものであったりする場合があり、こうしたことによって成犬時に問題行動が発生しやすくなると考えられる」

 犬の社会化期とは、犬としての社会的関係や人間を含む社会への愛着を形成するための時期のことをいう。適当な社会化期を経ずに流通過程に乗ってしまった犬は、問題行動を起こす傾向があるのだ。

 そして犬の問題行動は、飼い主による遺棄につながりやすい。本誌が全国の政令指定都市と関東、近畿などの都府県計29自治体に情報公開請求して調べた結果では、07年度に各自治体に引き取られた犬計1万1892匹のうち実に32%が「問題行動」を理由に捨てられていた。

 ではいつが犬の社会化期で、どのタイミングなら親元から引き離しても問題がないのか。前出のサーペル教授は過去の研究事例から「社会化期は生後3~12週の間であり、感受期の頂点は6~8週の間」「6週齢で子犬を生まれた環境から引き離せば子犬は精神的打撃(精神的外傷)の影響を受けることになる」と記している。

欧米は8週齢規制

表1:海外における幼齢犬の販売規制の例
表1:海外における幼齢犬の販売規制の例

 こうした研究成果や研究者らの経験を積み重ねた結果、米国やドイツなどでは8週齢(56日)未満の子犬の販売が規制されている(表1)。

 だが日本では法的な規制がまだない。PARKは自主規制で「40日未満の幼齢犬は出荷禁止」としている。また、前出の日本最大のオークションでは、規定で「出品生体は原則生後40日以上」とし、「生後36日目以上40日未満の生体については審査官の判断により出品の良否を決める」と定めており、

「肉体面の成長と精神面の成長は同時に進むから、生体個々の肉体的な成長度合いを慎重に確認することで問題は避けられます。6週齢でペットショップに渡るのが適切なペースだと考えている」(同社幹部)

 ただ、こうした中で実は日本でも遅ればせながら、11年度の動物愛護法の見直しに向けて「8週齢規制」が現実味を帯びてきている。

「幼齢犬販売の問題は最大の議題になる。親から引き離すのが8週齢以上となる方向で検討したいと考えている」(環境省動物愛護管理室)

ネットでは「1円」から

 オークション業者が危機感を抱き始めているのも事実だ。PARKでは加盟社間で悪徳ブリーダーの情報を交換し、違法営業などが見られるようなら「取引停止」や「除名」といった処分を下すようにもしている。加盟業者の中には、そうして会員を厳選した結果、会員数を約1000から約350まで減らしたところもある。また、ペットショップで売れ残った犬を集めたオークションを開催するなどの工夫も始めている。

 業界の自浄作用が機能し始める一方で、野放し状態になっているのがネット上に存在するオークションだ。ヤフーや楽天が犬や猫のオークション出品を禁止する中、その代表的な存在になっているのが、急成長しているネット企業ディー・エヌ・エー(DeNA)の「ビッダーズ」だろう。常に数百匹の子犬が出品されている。なかには「1円」から入札できるケースもある。動物取扱業の登録さえしていれば出品できる上、幼齢犬の販売についての規制もない。

 本誌ではDeNAに対して、幼齢犬販売の問題、ネット上で生体を取引することの問題、移動時に生じる健康管理の問題、動物愛護についての考え方などを文書で質問した。

「場の提供者として、法令を遵守し運営を行うのが当社の基本的な立場であり、その運営において諸々の施策を実施しています。また、法令等の見直しがあればそれに基づき運営のあり方の変更も検討していきます」

 という回答だった。

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 ペットオークションは、ブラックボックスになっている世界。そのため流通ルートが非常に複雑に入り乱れ、実態が把握しにくくなっていると聞いています。2011年度の動物愛護法の見直しに向けた作業の中で、まずはそれを整理し、解明していきます。

 その上で、幼齢犬の販売にメスを入れていくことが必要だと考えています。8週齢という基準について、知見をそろえていきます。ただ網をかいくぐる手口が出てくる可能性があります。それを防ぐためには一般の飼い主側が賢くならなければいけない。だから、どのようなブリーダーで繁殖され、どのようなルートを通じて流通された犬なのか、きちんと伝えていける仕組みも作らないといけません。

 ネットオークションを含むネット販売も規制を考えています。そもそも道徳的にどうなのか。ネットで販売するのになじむものと、なじまないものがある。国として、そこには線を引いていきます。

(AERA 2010年5月31日号掲載)

太田匡彦
1976年東京都生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の08年に犬の殺処分問題の取材を始めた。15年、朝日新聞のペット面「ペットとともに」(朝刊に毎月掲載)およびペット情報発信サイト「sippo」の立ち上げに携わった。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』『「奴隷」になった犬、そして猫』(いずれも朝日新聞出版)などがある。

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