しあわせになった猫 しあわせをくれた猫
本誌でもおなじみ、佐竹茉莉子さんの単行本が4月末に発売されます。フェリシモ猫部公式HPで好評連載中のブログ「道ばた猫日記」から選りすぐりの22本をまとめた猫好き必読の一冊です。今回は発売を記念して、ショートバージョン3本を誌面にて特別にご紹介!
文・写真 佐竹茉莉子
実日子ちゃんのおとうと
実日子(みかこ)ちゃんは、保育園から勇んで帰ってきました。朝、お母さんが「帰ってきたら、子猫が2匹いるよ」と言ったのは本当でした!
「今日からうちの子だよ。みかちゃん、やさしくお姉ちゃんしてね」「うん!」。
2匹は揃って鼻先がシミっぽくて、ちょっと情けない顔つきなのがなんだか笑えます。「お姉たん、よろちくお願いしまちゅ」と言ってるみたいに、神妙な顔つきで実日子ちゃんを見上げています。ひとりっ子の実日子ちゃんは、尻尾のあるおとうとがふたりもできて、うれしくてしかたありません。抱きしめると、温かくてふわっふわ。
ビニール袋で捨てられていた子猫を保護した友人から、切羽詰まって相談のメールが朝きたとき、お母さんは飼えない理由より、飼える理由をパパッと数えました。「困ってる友人を助けたい。母の家の保護猫6匹に比べたら、うちは今おはぎ1匹だから余裕あり。猫と暮らすのは楽しい。実日子が子猫と一緒に育っていくのはいいことだ」と。
2匹は、ちょろちょろしまくって、スカートのなかにもぐりこんだり、足の指や絵本をガジガジ噛んだり、棚の後ろに探検に出かけたり。あーあ、転がってたアンパンマンのお面をトイレにしちゃってます! そして、ゼンマイが切れたみたいに、コトンと寝てしまうのです。赤ちゃんのときは黒猫おはぎに子守りをしてもらった実日子ちゃんが、今はやんちゃなおとうとたちのいいお姉ちゃんです。
森で生きぬいた猫
彼女の名はグレース。窓辺でくつろぐ姿は、優雅そのもの。マスカット色の瞳は、しんと静かな光をたたえています。
彼女は、5年前のある日、突然ひとりぽっちになりました。夜逃げをした飼い主一家に置き去りにされたのです。住処(すみか)を無くした彼女は、村のはずれの森のなかへと姿を消しました。それまでの名で呼ばれることは、もはやなく。
外暮らしを知らなかった猫が、嵐の日、酷寒の日、どこで体を横たえたのでしょうか。飼い主が迎えに来るのを、いつまで待っていたのでしょうか。木漏れ日に心慰む日もあったでしょうか。
哀れに思った村の人が運ぶご飯を、夕暮れの森の入り口で、猫は待つようになりました。頬はこけ、目は鋭く、毛並みもパサついているけれど、人恋しそうな様子の猫を、たまたま通りかかったよその町の人が目にし、事情を知って里親探しを始めました。人づてに話を聞いた千佳子さんが、犬派のご主人を説得して猫を迎えようとしたとき、森での生活は2年になろうとしていました。
そして、今。あんなに猫を飼うことに反対したパパの目尻を、グレースはこんなに下げさせています。置き去りにされた孤独も、森での苦難もすべて受容して生きぬき、何事もなかったかのごとく、そっと人間に寄り添う。猫って、なんてグレースフル(気高い・潔い)なのでしょう。
六番目の子
母さんが庭先に出ようとすると、ボクはいつも「ボクもお外に出る」ってねだるんだ。「おいで」。そう言って母さんがやさしく手をさしのべてくれると、ボクはあの日のことを思い出す。もうどこにも行かなくていい「6番目の家」ができた日で、父さん母さんにとって、ボクは6番目の保護猫だった。
シェルターに保護されたノラ兄妹のなかで、ボクだけ里親が決まらなかったのは、鼻周りの模様と、思いきり曲がったしっぽのせいらしい。いつまでたっても里親が決まらないボクは、遠くの譲渡会にも出ることになって預かり先を転々とし、いろんな仮の名で呼ばれた。1軒、2軒、3軒、4軒、5軒……。それでも決まらなかった。
6番目の家に着いたとき。「可愛い子だなあ」――それが父さんの第一声だった。「ほんと」と、母さんもニコニコして、「おいで、ここがお前のおうちよ」と手を差し出した。書が好きな父さんは、6の字の中国語読みの「リュウ」という名を、ボクにつけてくれた。
あれから、4年。いたいけな子猫だったボクは、お気楽な「どすこい猫」になって、日々笑いを振りまいている。このうちはやたら猫好き客が多くて、ボクのチャームポイントをこぞって発見してくれるんだ。
「しあわせを招く6の字のかぎしっぽね」「綺麗な黄緑の瞳」「毎日見ても飽きない顔だね」「体型から想像もつかない可愛いボーイソプラノ」「足先の水玉模様がおしゃれ」「顔を埋めたいタプタプのお腹」なんてね。
つまり、総合すると、ボクって、すごーく味のある猫ってことだよね? ボクがほめられると、「えー、そうかしら」なんて言いながら、母さんもうれしそう。そうそう、「肉球がテディベア」ってチャームポイントは、近所の小学生が見つけてくれたの。
ボクが2階から下りてくると、「ドス、ドス、ドスッ」って人間並みの足音がするんだって。今日、父さんは、ボクの体重を量って、「ややっ、リュウのやつ、8.6キロになってるぞ!」って大声をあげてた。
思うに、ボクは、見る人をしあわせな気分にする「しあわせ太り猫」なんだ。だから、父さんに「アコーディオン」抱っこでおもちゃにされたって、ときどき遊びにくるちびっ子のやまと君にお昼寝の枕にされたって、そのくらい、喜んで大サービス。だって、エッヘン、何たって、ここは「ボクのおうち」で、ボクは父さん母さんの「自慢の子」のひとりだもんね!
佐竹茉莉子・著
辰巳出版 定価:本体1200円+税 体裁:A5判 144ページ
フェリシモ猫部の心温まる人気連載ブログ「道ばた猫日記」に、書き下ろしと未公開写真を加えた22の物語。
完全版として待望の書籍化!
Mariko Satake
フリーランスのライター・写真家。路地や漁村、取材先の町々で出会った猫たちのしたたかけなげな物語を写真と文で伝えるべく、小さな写真展を展開中。飼い猫5匹、馴染み猫は数しれず。フェリシモ猫部にて猫ブログ連載中。
フェリシモ猫部 http://www.nekobu.com
(猫びより 2015年5月号掲載)
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