殺処分ゼロ、熊本の挑戦 殺さない方法はきっとある①

 地方自治体に収容された犬の約8割が殺処分されている。そんな現実に屈しない取り組みが、熊本と埼玉で始まっている。
熊本市では毎週水曜日、譲渡前講習会が開かれ、収容犬がもらわれていく。生後4カ月程度と見られる子犬は「責任を持って飼う」という母子に引き取られていった
熊本市では毎週水曜日、譲渡前講習会が開かれ、収容犬がもらわれていく。生後4カ月程度と見られる子犬は「責任を持って飼う」という母子に引き取られていった

「殺処分ゼロを目指す」


 2002年、熊本市動物愛護センターの職員たちは実現不可能とも思えるそんな目標を掲げた。合言葉は、
「嫌われる行政になろう」 


 久木田憲司所長は当時をこう振り返る。 


「本来、市の窓口は市民に嫌な思いをさせてはいけないのですが、犬を捨てに来た人には、嫌な思いをしてもらおうと決めました。窓口では時には声を荒らげてでも説得し、翻意してもらおうと考えたのです」


 動物愛護法で、飼い主が持ち込んだり、迷子で保護されたりした犬は都道府県や中核市などの地方自治体が引き取るよう定められている。だが同じ法律に、


「飼い主は最後まで飼う義務がある」


 という趣旨の文言もある。熊本市は、引き取りは緊急避難的措置であり、後者の理念こそ重視すべきだと判断したのだ。

 

 

●無責任な飼い主と戦う

 センター職員と無責任な飼い主たちとの戦いが始まった。


「噛み癖があって飼えない」


 60歳代の男性はそんな理由で、コーギーを持ち込んできた。元々飼っていた息子が海外転勤になり、自分が面倒を見ることになったという。


「犬が悪いことをしたんだから、罰を受けて当然だろう」


 そう主張する男性に対し、小山信係長がこう詰め寄った。


「噛んでいいと教えてしまったのはあなたの息子ではないか。息子の失敗を、なぜこの犬が命をかけて償わなければいけないのですか」


 またある時は、引っ越しで飼えなくなったという女性が来た。小山さんはまずこう諭した。


「ここに来れば、この犬は命を絶たれます。飼い主としての最後の責任を果たすため、新たな飼い主を探してください」


 だが女性は、30人ほどの知人にあたったが、見つからなかったと説明する。それでも、小山さんは食い下がる。


「たった30人に聞いて回ったくらいでこの犬が殺されるなんて、理不尽じゃないですか?」


 そして地元紙の情報欄への広告掲載などを促す。それでもダメな時は、言葉もきつくなる。


「なぜ引っ越す可能性を考えなかったのか。もう二度と動物を飼わないでください」

 

●活発な「里親さがし」

 場合によっては、飼い主を殺処分に立ち会わせる。飼い主に犬を抱えさせたまま、獣医師が麻酔薬などを静脈注射する。犬は飼い主の腕のなかで痙攣しながら亡くなっていく。そんな経験をした飼い主は「二度と飼わない」などと言い残し、帰っていくという。


 こうしたセンターの対応に、市の広報窓口などには少なくない苦情が寄せられる。だが、久木田所長は意に介さない。


「ちょっとでも犬の命を救える可能性があるならそのために全力を尽くす。それが私たちの原点ですから」


「殺処分ゼロ」を目指して活動しているのは、行政だけではない。獣医師会、ボランティア団体、ペットショップなど取扱業者らが市動物愛護推進協議会を結成し、精力的に動いている。


 ボランティア団体は毎月のように収容犬の譲渡会を開催する。取扱業者らは獣医師会の協力で業界内への啓蒙活動を行う。行政が迷子犬をホームページで公開し、市民ボランティアは収容犬の里親を募集する広告を地元紙の情報欄に自費で載せる。いくつもの地道な取り組みが、絶えず展開されているのだ。


 そして07年度、熊本市が飼い主などから引き取った犬はわずか52匹。10年前の10分の1まで減った。迷子犬などの保護を合わせても総収容頭数は610匹。一方、返還・譲渡に努めた結果、殺処分された犬は78匹にとどまった。収容中に病死した犬も含めた殺処分率は16・9%まで低下したのだ。


 殺処分数がこれだけ少ないから、1匹ずつ麻酔薬などで安楽死させることも可能になる。熊本市動物愛護センターにある二酸化炭素による殺処分機はもう2年以上、動いていない。

 

(AERA 2008年12月8日号掲載)

太田匡彦
1976年生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当。AERA編集部記者、文化くらし報道部を経て、特別報道部・専門記者。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』『「奴隷」になった犬、そして猫』(いずれも朝日新聞出版)がある。

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