猫の飼い主に歯科・口腔外科の専門医が伝えたい 歯周病の痛みと完治を目指す治療とは
猫の歯周病は痛みを伴う細菌感染症です。人では認知症、糖尿病、早産や死産、関節リウマチ、誤嚥性肺炎などさまざまな病気との関連があることで知られ、猫にとっても全身に悪影響を及ぼすリスクがある病気と考えられます。
動物の歯科・口腔(こうくう)外科の専門診療科を設けている荻窪ツイン動物病院院長の町田健吾先生は「歯周病を放置していては長生きできません」と治療をうながします。一方、総合診療科であるかかりつけ医では対応が難しいことも。猫がよりよい治療を受けるために必要な医療を町田先生にうかがいました。
※本連載記事では、専門診療科に長けた信頼できる獣医師を「専門医」とします。
歯科専門医の診察が必要な病気は「歯周病」
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歯科・口腔外科で診察することが多い猫の病気は「歯周病」です。歯磨きができない状態が続くことで歯周ポケット内の細菌が増え、歯周病が進行していきます。その細菌が血管内に侵入し、他の臓器に病巣を作る、もしくは細菌から出される毒素が血液中に入り込むことで、本来身体を守るために分泌されるサイトカイン(炎症性物質)が、逆に全身の病気を引き起こすことが知られています。
これらの問題も含めて、歯周病は全身的な感染症の入り口と考える必要があり、さらに痛みによるストレスも含めて寿命を縮める一因になるのです。
ところが、歯周病による猫の口の痛みや、治療によるQOLの改善を意識している飼い主さんや獣医師は少ないように思います。炎症を抑えるステロイド剤や痛み止めの鎮痛剤では根本的な治療ができず、見えないところで病気がどんどん進行してしまう。口の痛みで水をあまり飲めなくなって脱水の状態が続けば、腎臓病の発症や悪化にも関わる恐れがあります。
口の中が真っ赤に腫れた痛々しい状態の猫を診るたびに、人間だったら食事ができないほどつらいだろうと思います。猫は人のように歯をしっかり使って食べないため、重度の歯周病でも食事はできますが、痛いことに変わりはありません。このような症例を治療すると、元気になったり食欲が出たりすることがとても多いのを知ってほしいですね。
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なぜか「歯周病」になりやすい猫がいる
猫の歯周病は、人間や犬と異なり、若い猫でも発症することが少なくありません。1歳で歯が抜け落ちそうなほど歯周病が進行してしまうこともあります。私が診察してきた限りでは、下記に当てはまる猫は歯周病のリスクが高いと考えられます。
[歯周病のリスクが高い猫]
・元保護猫(とくに野外で生まれ育った元野良猫)
野外に蔓延(まんえん)しているウイルス感染症によって口内炎などになり、免疫力の低下が引き起こされる。また、生活環境の悪さからストレスで免疫力が低下していたり、口腔内の環境も悪化させたりしていることなども影響している可能性がある。
・親猫が歯周病に感染していた
人間の歯周病菌や虫歯菌は親を 含む他者の唾液(だえき)を介して感染する。猫も同様と考えられ、親猫が重度の歯周病であればリスクが上がると考えられる。
・歯周病の猫を含む多頭飼育の環境
グルーミングなどで唾液を介して歯周病菌がうつる恐れがある。濃厚接触にあたらない食器や水飲みボウルの共有も衛生的によくない。
・歯磨きの習慣がない
家庭での歯磨きのない場合、口腔内の環境が悪化しやすい。歯周病をはじめさまざまな病気のリスクが上がる。
「歯周病」の原因と、重症度別・治療の選択肢
歯周病の原因になるのは歯についた軟らかい「歯垢」と、歯垢が石灰化した硬い「歯石」です。どちらも単なる汚れではなく、歯周病菌のかたまりです。歯垢や歯石がついている、口臭が強い、歯ぐきが赤い……といった症状に気づいたら、早めに動物病院を受診してください。
猫は犬に比べて歯が小さく歯ぐきもかなり薄いため、様子を見ているうちに歯周病の炎症が広がってすぐ重度に進行します。歯を残せる治療ができるのは基本的に軽度まで。中程度以上では再発を防ぐため抜歯が必要になるケースが大半です。猫は人間のように咀嚼(そしゃく)しないため、歯を残すメリットよりもデメリットのほうがはるかに大きい。たとえ歯をすべて抜歯したとしても歯周病をしっかり治療したほうが健康的であり、猫も痛みから解放されて生活の質が上がります。
ただし、中程度であれば、失われた歯槽骨などを再生する歯周組織再生治療という方法もあります。歯科・口腔外科の病気や治療に関して専門医の説明を受けたいと思ったら、まずはかかりつけ医にセカンドオピニオンを相談してみてください。
[歯周病の重症度と治療の選択肢]
・軽度(歯肉炎)
歯周病菌の出す毒素で歯ぐきが炎症を起こした状態。全身麻酔によるクリーニングで歯を残せる。
・中程度(歯周炎)
歯周病菌による炎症が歯を支える歯槽骨(しそうこつ/歯を支えるあごの骨)に広がり、破壊されている状態。基本的に全身麻酔による抜歯を行う。猫の歯の中では比較的大きい犬歯は残せることがあり、病的な深い歯周ポケットに入り込んだ歯垢や歯石を取って縫い閉じる手術を行う。
・重度(歯周炎)
歯周病菌による炎症が歯槽骨にも広がった状態。歯周ポケットの奥にうみがたまり、歯がグラグラしたり抜けたりするほか、あごの骨が腫れることがある。中程度と同じく全身麻酔による抜歯が最善の治療になる。
全身麻酔に不安を感じる飼い主さんもいますが、麻酔管理がしっかりできる動物病院であれば安全です。当院では歯科・口腔外科・顔面の外科で毎年1000件以上、全身麻酔の処置を行っています。手術の際には治療室の隣にあるガラス張りのカウンセリングルームで飼い主さんが立ち会うことができます。
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歯周病だけではない、歯科・口腔外科に多い3つの病気、けが
(1)歯肉口内炎
口腔内の粘膜に炎症が起き、赤く腫れて潰瘍(かいよう)ができる猫特有の病気です。非常に強い痛みをともなうため、できる限り早く治療を始めたい病気です。歯周病の治療をすると歯肉口内炎も軽減することが多いものの、完治を目指すのであればすべての歯を抜歯する手術が必要です。ステロイド剤、抗生剤や鎮痛剤などの薬も一時的には有効ですが、根本的な解決にはならないうえ副反応のリスクもあり、抜歯が最善の方法になります。
発症には猫カリシウイルスや細菌による感染症が関与しています。また、歯肉口内炎を発症した猫を調べると、歯周病と併発、主食がウエットフード、多頭飼育(ストレスによる免疫力低下、感染症のリスク)などの傾向が見られています。愛猫が当てはまる場合は、できることから改善していくことが予防になります。
(2)扁平上皮がん
猫の口腔内にできるがん(悪性腫瘍)は、ほぼすべて扁平(へんぺい)上皮がんです。舌にできる場合はカリフラワーのようなピンク色のものが盛り上がって見え、口蓋(こうがい)や歯肉にできる場合は口内炎のようなものから始まり、組織がなくなるほどの潰瘍を作ります。また、あごの骨の中にできる場合はあごが腫れます。
(3)歯が折れる
猫は高所から落ちたり走り回ったりしたときに、顔面をぶつけて犬歯が折れてしまうことがあります。歯の中の神経が露出してしまうと痛みが出ます。折れたところによりますが、神経の治療で済めば歯を残せますが、抜歯になるケースも少なくありません。元気な若い猫によく見られるけがなので、生活環境を安全に整えることから始めましょう。
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「ごはんを食べているから大丈夫」と思ってはいけない
歯周病などの歯科・口腔外科の病気やけがは、ただちに命に関わることが少なく、飼い主さんやかかりつけの獣医師では治療が後手に回りがちです。全身麻酔のリスクを考えると治療の提案をしにくいのではないでしょうか。「口臭があっても仕方がない」「グラグラした歯は自然に抜けるから」と様子見の対応になることもあると思います。
食欲を体調のバロメーターのように考え、「ごはんを食べているから大丈夫」と判断するのは誤りです。本記事の冒頭で伝えたように、猫はもともと食事の際に歯をあまり使わないので、重度の歯周病で顔が腫れて外側に膿(うみ)が出ているような状態でも食事ができてしまう。様子を見ている間にずっと痛いのを我慢していると考えたら、かわいそうじゃないですか。私たち歯科専門医とかかりつけ医で、歯周病をはじめとする口腔内の病気の治療の大切さを発信していきたいですね。
猫の歯磨きは大変だからこそ、やりがいがある
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猫の口腔内の病気は、かなりひどい状態になるまで飼い主さんが気づけないのが特徴です。歯磨きが大変で、口の中や口の周りをチェックする習慣がないことも理由だと思います。最初は口の周りを触ってあごが腫れていないか確認することから始めて、慣れてきたら、少しずつ口の中を見たり触ったりしてみてください。
歯磨きの練習をする場合は小さい歯ブラシを選び、歯周ポケットの中をきれいにすることを意識してください。まずは猫の唇をめくって抵抗感が少ない犬歯に歯ブラシを当てて、次に少しだけ動かしてみる。奥歯、前歯の順に試して、口を開けて裏側まで磨けるようになるのが理想です。歯ブラシを水ですすぎながら磨き、終わってから歯磨きジェルで歯の表面をコーティングしましょう。当院では歯磨きのサポートもしています。
猫は歯磨きによる予防効果の伸びしろがあると思います。ほとんどの猫は歯磨きをしていないと考えたら、猫の飼い主さんこそ歯磨きをがんばれば歯周病などの予防ができるのではないでしょうか。これからも歯科・口腔外科の獣医師として、猫たちの歯の1本1本に対して責任をもって診察していきたいですね。
【前の回】歯周病は犬の寿命を縮める細菌感染症 歯科・口腔外科の専門医療を受けるには
- 荻窪ツイン動物病院 町田健吾院長
- 獣医師。2008年、日本大学獣医学科卒業後、亀戸動物病院勤務、ふなぼり動物病院院長を経て現職。獣医顎顔面口腔外科研究会理事を務め、小動物歯科やがん治療、麻酔外科に注力。ペットの健康を守るため予防医療を重視し、飼い主に寄り添う診療を心がけている。荻窪ツイン動物病院
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