経験積んだ愛玩動物看護師はある日考えた「看護って何だろう?」 答えは足元にあった

「手術帽、似合うかな?」(村上さん提供)

 愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。村上可奈恵さんのエピソードの後編です。動物看護師がひとりしかいない動物病院から、高度なスキルが求められる大規模病院まで経験した村上さん。どの環境でも仕事に夢中になりますが、ふと、疑問がわきます。「動物看護師の仕事って何だろう」。

(前回のお話はこちら)

(末尾に写真特集があります)

仕事が楽しくて仕方ない

 村上可奈恵さんが学校を卒業して最初に勤めたのは、獣医師とその妻が2人で切り盛りする小さな動物病院。村上さんはここで雇われる初めての動物看護師だった。

 元々、好奇心旺盛な性格だ。他に動物看護師がおらず、何でもできないといけない環境では、その資質がいかんなく発揮された。

「できないことがないようにしたいと、DMの作成から手術の準備まで一生懸命こなし、その病院が動物看護師に求める業務は、ひと通りできるようになりました」

 この病院では村上さんの採用と同時にトリミングも開始した。トリミングは学校で習ったものの、満足できるレベルとは程遠い。そこでセミナーなどで必死に学び、気がつけば飼い主に評価されるまでに腕を上げた。

 自力で道を切り開いてきた形だが、先輩動物看護師から学んだ経験がないことに不安を感じ、3年後、転職を決意。多くのスタッフを抱える大規模病院の門をたたいた。

病院で保護していた猫。後日、無事に譲渡された(村上さん提供)

 新しい職場は、これまでとは別世界だった。新鮮だったのは、獣医師との信頼関係のもと、動物看護師が判断し、診察の流れをつくる司令塔となっていたことだ。

 獣医師は、診察に入ると目の前の患者に集中するため、全体が見えづらくなる。すると、診察室で保定に入っていた動物看護師が、まわりの状況を見ながら、場合によっては保定から外れて次の外来患者の準備に移る。あるいは、「検査結果が出ているので、こちらの患者さんの診察に行ってください。この方は私が話を聞いておきます」などと、指揮をとる。

 指揮をしながら、診察のさまざまな場面にかかわることで、患者の情報が入ってくる。そのため飼い主と、より具体的に、治療内容に即した会話を交わすことができた。

 入院中の管理は、動物看護師が主に行っていた。獣医師の考えた治療プランを、動物看護師は把握し遂行する。動物の変化をよく観察し、獣医師が直接動物を頻繁に見なくても状況が把握できるほどに、獣医師と密にコミュニケーションをとる。互いの信頼関係のもと、時には動物看護師が治療について提案をし、状況に合わせた治療が行われるよう連携していた。検査や手術をはじめとする高度な診療補助業務にも、幅広く携わった。

 動物看護師の活躍が目覚ましい現場。水を得た魚のように、村上さんはここでも仕事に夢中になった。もっと技術を身につけて、現場で必要とされる存在になりたい!

「それはとても楽しく、私の好奇心を満たしてくれました」

くすぶり始めた思い

 だがある時、こんな思いにとらわれる。

「『検査も手術補助も大事だけど、これは看護なのかな? 看護っていう言葉はどういうことなんだろう?』という疑問が、自分の中でくすぶり出したんです。『何でもできるようになって役に立ちたい』と思ってやってきたけれど、『じゃあ、あなたの仕事は何ですか?』と聞かれたら、何なんだろうって」

 以来、「看護って、動物看護師の仕事って何だろう」との悩みは消えなかった。そんな中でも、前編で紹介したような、待合室で飼い主に話しかける行為はやめなかったという。

「でも、『これが看護の仕事だ』と胸を張ってやっていたわけではなく、大切だと思っていたし、好きだから続けていたんです」

手前は犬用、奥は猫とエキゾチックアニマル用に分かれた待合室(村上さん提供)

 いったい他の動物看護師たちは、どんなふうに考えているのだろう。気になった村上さん、外部とのつながりを求め、セミナーや交流会に足を運び始めた。

 悶々(もんもん)とした思いを抱えつつも、持ち前の好奇心は薄れることはない。店舗拡大予定のグループ病院があると聞き、「色んなチャレンジができそう」と、現在の勤務先に転職もした。

 そんなある日。セミナーのつながりで知り合った、人の看護資格も持つ動物看護師が、こう語るのを聞いた。

「医療の視点を持って生活を支えるということが看護です」

 この言葉を耳にした時、「ああ、そうなんだ」と、しっくりきたという。

 動物が病気になると、体調や食事、運動などに、どんな変化や制限が生じるのか。だから家でどんなことに気をつけなければならないのか。そういったことを、各家庭に合わせて指導するのは、たしかに医療知識を持っていなければできないことだ。

「私はこれまで、自宅でのケアなどについて飼い主さんの相談に乗る時、漠然と、『これって誰でもできるのではないか』と考えていました。でも、その言葉を聞いた時、それまで何となく好きだから続けていた、飼い主さんとのたわいもない話から困りごとを聞き出し、アドバイスすること。『ただの相談』と思っていた一つひとつが、『これも動物看護師の一つの大事な仕事なんじゃないか』と思えたんです」

「看護の仕事」とは違うのではないかと思っていた飼い主とのかかわりこそが、「じつは探し求めていた看護の一つだ!」と思えたのだ 。

地味で見えづらい看護の仕事

「生活を支える」というのは、家での飼い主と動物の生活だけでなく、動物の入院生活にも当てはまる。

「入院でお預かりすると、猫なら段ボール箱で隠れる場所を設けたり、褥瘡(じょくそう)がある子なら、悪化させないような工夫をした寝床を作るなど、愛玩動物看護師は、その子のQOLが保てるお部屋作りをします。どれも何げなくやっているけれど、全部看護の視点があって初めてできること」

 ちなみに、こうした生活を支えるための業務は「家事と一緒」だと、村上さんは指摘する。

「すごく地味なんですよね、生活を守るって。家で食事を作る時も、家族一人ひとりの体調などに合わせて調整していたりする。でも、ご飯が出てくるのはあまりにも日常のことだから、その仕事は見えづらく、評価されにくい。それと同じで、当たり前のようにやっているけれど、じつは看護だというものが、私たちの仕事にはたくさんあります」

「医療の視点を持って生活を支える」。この言葉と出合ったことで、大きな変化が現れた。

「それまでは、『忙しいのに飼い主さんと長話して、他のスタッフに申し訳ない。早く業務に戻らないと』と、うしろめたさを感じていました。でもこの言葉を聞いてからは後回しにせず、『これは看護の大切な仕事なんだ』と自信を持って、飼い主さんに話しかけに、待合室に行けるようになりました」

 現在、看護教育プロジェクトリーダーを務める村上さん。後輩たちにも、「飼い主さんとかかわることを避けないで」と伝えているという。

「特に若手にはハードルが高いこともあるみたい。だからすぐには難しいけれど、将来は愛玩動物看護師が待合室にあふれる病院にしたいです」

 つねに仕事に全力で向き合い、経験を経たからこそたどり着いた看護観。揺るぎない思いが、待合室を、豊かな看護実践の場へと変えてゆく。

※愛玩動物看護師の国家資格化に伴い、現在、この資格を持たない人は、動物看護師などの肩書は名乗れません。しかし、国家資格化以前は動物看護師という呼称が一般的でした。本連載では適宜、動物看護師、または看護師などの表現を用いています。

(次回は7月9日に公開予定です)

【前の回】病気が進行する犬にできることは何かないか 愛玩動物看護師がとった行動

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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