手違いで忘れられていた愛犬の検査 不安や悲しみを感じた体験を看護にいかす

こどもの日をハリーとお祝い。「ハリーとの出会いは、この仕事を選ぶ大きなきっかけに。我が家の末っ子、大切な家族でした」(圓尾さん提供)

 愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。前回に続き、愛玩動物看護師の圓尾文子さんのエピソードです。実家にいる愛犬の病気を調べるため、地元の病院に検査を依頼した圓尾さん。不安な気持ちで結果を待ちますが、連絡が来ません。しびれを切らし問い合わせると、返ってきた言葉に驚きました。

(末尾に写真特集があります)

きょうだいのように育った愛犬

 ずっと動物が飼いたくて仕方なかった圓尾文子さん。チャンスはついに、小学4年生の時訪れた。父親の職場の仲間の飼い犬が、子犬を生んだというのだ。

 胸を高鳴らせ、お宅へ遊びに行く。短毛の子犬にまじり、1匹だけ毛むくじゃらのオス犬がいた。お乳を飲み損ねるなど、マイペースなところも一目で気に入った。

「あの子がいい」

 やっと迎えた、念願の犬! 絵本『どろんこハリー』から「ハリー」と名づけ、きょうだいのように育った。

 やがて専門学校に通うため、地方の実家を離れ、卒業後は神奈川県横浜市の動物病院で働き始めた。その頃ハリーは10歳を超え、動物看護の仕事に慣れてきた圓尾さんはこう考えた。

「これまで特に病気をせず、田舎でのんびり過ごしてきた子だけれど、シニアになったから一度うちの病院で詳しい健康診断を受けさせて、歯石も除去できたらいいな」

 健康診断でレントゲン検査をすると、おそらく胸腺腫(きょうせんしゅ)という腫瘍(しゅよう)だと診断された。

「でも、その時点で症状もなく元気だったため、両親の考えも聞き、積極的な治療をするよりも、まずは地元の病院で経過を見守っていこうということになりました」

まだ幼い頃の病院猫。マネジャーに保護され、病院の子になった。「最初はポケットに入ったのに、あっという間に大きくなりました」(圓尾さん提供)

 ある時、両親は病院で、こんな提案をされる。

 胸腺腫は重症筋無力症という病気を引き起こすことがある。この重症筋無力症は、食道の動きが悪くなる巨大食道症を発症する恐れがある。巨大食道症になると、食べた物を吐いたり、食べ物が気管に入り肺炎を起こしたりするリスクも高く、ハリーの健康に大きな影響が出る。

「重症筋無力症かどうかは血液検査で調べられるので、『検査してみてもよいのでは』との話が出たそうです」

 ただし、その検査は、検体を海外の検査機関に送らなければならず、高額で、結果が出るまでに時間もかかるというものだった。

「でも、ハリーの今後を知る指標になります。ちょっと調べてみたいな、という気持ちになり、検査を受けると決めて、『結果が出次第、私の方に連絡をください』と地元の病院にお願いをしました」

ホテルでお預かり中のおばあちゃま猫。19歳まで長生きしてくれた。「何度も危ない状態になりながら、ご家族の愛情とサポートで最後まで頑張りました」(圓尾さん提供)

待てど暮らせど連絡がない

 その日から圓尾さんは落ち着かない。

「もし陽性だったらどうしよう」

 ところが、言われていた期日を過ぎても一向に連絡が来ない。待ちきれなくなり、ついに自分から病院に電話した。

「検査結果の連絡がまだ来ていないのですが」

 すると、「少々お待ちください」と保留になった。長く待たされたため嫌な予感はしたのだが、再び電話口に出たスタッフから告げられた言葉に、思わず耳をうたがった。

「すみません、検査に出していなかったみたいです」

 何ということ。不安な思いで待っていたのに、そもそも検査に出されていなかったのだ。さらにその人は続けた。

「でも、まだ検体は残っているから、これから出しますか?」

 淡々とした言い方に、圓尾さんは二重にショックを受けたという。

「この方も悪気があったわけではなく、自分も同じ職種なので、手違いが起きた経緯を想像することはできます。でも、同時に一人の飼い主として、『こちらの気持ちを理解してもらえているのかな』って、とても悲しくなりました」

 両親とも話し合い、結局この検査を受けるのはやめることにした。その後ハリーの胸腺腫はさほど悪さをせず、重症筋無力症になることもなく元気に過ごした。最後は胸腺腫とは関係ない、肝臓がんを患い天に召された。

ハリーと最後に一緒に散歩した時の写真。小さい頃からいつも歩いていた遊歩道を、ゆっくり歩いた。最後は家族そろって見送ることができたという(圓尾さん提供)

 あの時の心情を、圓尾さんはこう分析する。

「検査を待っていた時はとにかく不安でした。その後、『気持ちを理解してもらえていない』と感じてしまったスタッフの接し方に対し、悲しみがわきました。その悲しみを抱えていたら、段々怒りが生まれてしまったんです」

 不安を根幹として、感情は移り変わっていった。

 動物病院で働いていると、日々、色んな場面に出合う。「納得できない」と感じたことに対し、スタッフに怒りをあらわにする人も。

 だが、あの件以来、こう思えるようになった。スタートが怒りなわけではないのだ、と。

「裏側には、大切なわが子が病気になったつらい思いがある。そうした感情が積み重なると、怒りとして表現する人もいらっしゃるのだとわかるようになりました。だからこそ、私たち獣医療者側の対応によって、飼い主さんの気持ちを傷つけてしまうようなことがあってはいけない。あの時の経験をいかし、自分と同じ思いをさせないよう、一人ひとりに真摯(しんし)に向き合う気持ちを大切にしなければならないと、強く思うようになりました」

 怒りだけではない。心配が強い人、いらいらした人、黙りがちな人。病院の門をくぐる飼い主の様子はさまざまだ。

「でも、そうした表面に出ているものではなく、『この人が、一番深くで感じている気持ちは何だろう』と、真っ先に考えられるようになりました。『もしかしたら、お家でのケアに悩んでいるのかな?』などと、思いをめぐらせることも。ハリーのことがなければ、ここまで深く、飼い主さんの気持ちに寄り添えなかったかもしれません」

待合室で、飼い主夫婦となごやかに話す圓尾さん。この子も19歳まで、長きにわたり通ってくれた。「こんなふうに飼い主さん、動物たちと待合室でおしゃべりする時間が好きです」(圓尾さん提供)

わが子の話で心の距離を縮める

 心の深いところで寄り添うために。大切にしているのが、動物や飼い主の背後にある状況や事情を知ることだ。

「毎回お薬を処方していたけれど、よくよく話を聞けば、家での投薬が大変で、その子に嫌われそうな勢いで押さえつけながら投薬を頑張っていた、なんていうこともあります」

 困っているとわかれば、嫌がられない投薬方法を考える、他の形状の薬に替えるなど、問題解決に導ける。

 動物を適切に看護する上でも、バックグラウンドを知ることは重要だ。

「先日も、ワンちゃんと仲良しのお父さんが単身赴任で家からいなくなったと、お母さんに教えてもらいました。病気にくわえ、そうした心理面の変化も元気のなさを招いているかもしれないと、知ることができました」

 家族形態や飼育環境、動物にかける思いなどはそれぞれに異なる。そうした細かい情報を会話の中から読み解くことで、飼い主と動物を支えるヒントが見えてくる。

 さて、飼い主から情報を聞き出すには、何でも気軽に話してもらえる関係を築く必要がある。そのために欠かせない相棒が、2代目のメスの愛犬「こぐま」だ。

年2回受診している健康診断で、こぐまの体をチェック(圓尾さん提供)

 こぐまは子犬の時、迷い犬として警察署に保護された。だが首輪をしており、飼い主はすぐ見つかると思われた。

「とりあえず自宅で預かり、私も張り紙を張って飼い主さん探しに協力しました」

 だが、飼い主は名乗り出ず、圓尾さんが家族として迎えた。

「こぐまがいてくれるから、私も一人の飼い主として、たわいもないうちの子話で盛り上がり、飼い主さんとの距離も近くなれるんです」

 ハリーとこぐま。2匹の存在が、圓尾さんの看護に大きな力を貸してくれている。

(次回は4月23日に公開予定です)

【前の回】怒りん坊犬もシャイな猫も任せて! 動物の不安な心を守る愛玩動物看護師の保定術

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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