近隣住民にTNRを反対された猫を保護 制度があっても悪者扱い、変わってほしい
ある日、近所に現れた痩せた黒猫。TNRを検討し、世話をはじめた女性(Kさん)は、近隣住民からの反対にあうが……。
痩せた黒猫との出会い
Kさんは宮城県仙台市で、夫と2人の子ども、2匹の猫と暮らしていた。夫の仕事は長距離ドライバーで家にいる時間は短い。Kさんは仕事や家事、子どもの習い事の送迎や飼い猫の世話をひとりでこなし、慌ただしく余裕のない毎日だった。
ある秋の日のこと、いつものように慌ただしく出かけようとしている時に、町内をうろうろしている黒猫を見かけた。野良猫の多い地域に住んでいたが、見ない顔だった。「大きさからして成猫。去勢されていないオスだとわかりました」と、Kさんは当時を振り返る。
猫好きのKさんは近づいてみるが、黒猫は人間を警戒している様子だった。「他の場所から移ってきたのかも」。
気になったものの、家にはすでに猫が2匹いる。「これ以上飼う余裕はないな」その時はそう、諦めた。
しかし、その日以降、たびたび黒猫はKさんの自宅の庭に現れた。「おなかが空いているのかな」。痩せた黒猫の姿を見て心を痛めたKさんが食事を与えると、黒猫は毎日Kさんの元に通うようになった。このころからKさんは、「黒猫をTNR(※)して、地域猫として正式に世話ができたら」と考えることが増えたという。(※「Trap(猫を捕まえて) Neuter(避妊去勢を行い) Return(元の場所に返す)」こと。 飼い主のいない野良猫を地域から追い出すのではなく、避妊去勢を行い一代限りの命を地域で見守る活動)
「この子に安心できる環境を与えてあげたい、でも今は自分にゆとりがないし、猫も警戒しているので、もうすこし準備が必要だと思っていました」
そして冬が訪れた。仙台の冬は寒い。ぐんと気温が下がったある日、Kさんは黒猫を案じてつい、布を敷きつめた段ボールを庭に置き、寝床を用意してしまった。
このことがきっかけで、Kさんは近隣住民から厳しい声を浴びることになる。
TNRへの理解が得られない
「はじめに届いたのは、『野良猫にうろうろしてほしくないので猫の世話をしないで』という苦情でした。その方には、今すぐは無理だけれどおいおいは避妊・去勢をして、一代限りの命をお世話できたらとお話ししたのですが、その話がご近所に広がり、庭に寝床を作ってしまったこともあり、『車にひかれたらかわいそう』『早く家に入れてあげたら』という声がたくさん届くようになったんです」
Kさんは幼い頃から動物が好きで、実家ではずっと保護猫と暮らしていた。しかし、自分で保護した猫にTNRをした経験はなく、あらかじめ近隣の理解を得られるようにも立ち回れなかった。
「目の前の命をみんなで見守れたらと考えていただけなのですが、TNRという選択肢は諦めざるを得ませんでした。みんなは野良猫にはいてほしくないけれど、自分の目の前で死んでほしくもない、そんな風に考えているように感じました」
実際、外猫のTNRや餌やりを巡る住民同士のトラブルはよく起きることだ。その最も大きな原因は、TNRという考えがまだ一般には浸透していないことではないかとKさんは話す。
「仙台市は、公益社団法人 仙台市獣医師会と連携し、飼い主のいない猫の不妊去勢手術費助成事業に取り組んでいます。また、『仙台市「飼い猫」と「飼い主のいない猫」の適正飼育ガイドライン』が定められており、きちんと餌や排泄(はいせつ)物を片付けるなど、決められた要件を満たせば、街に住む猫を『地域猫』として世話することが認められているんです。でも、こうした取り組みについて知らない人や、知っていたとしても理解を示し、受け入れてくれる人があまりにも少ない。実際にTNRをしようとすると、猫を保護して地域に戻すことが 迷惑がられることもあると知って、すごくショックでしたね」
家族の大反対を無視して
さらにKさんを悩ませたのは、家族からの批判だった。
「黒猫をTNRできないのであれば、我が家で飼うしかない。でも、そのことを相談すると『なんでそこまでしなきゃいけないの』と夫から強烈な反対を受けました。ご近所からは『TNRはやめて』と言われ、夫からは『飼えない』と言われ、どう動くにしてもつらかったですね」
板挟みになって悩んだKさんだったが、それでも猫を見捨てるという選択はできなかった。
「その時は、時間もお金も余裕はなかったのですが、『もう腹をくくるしかない』と、夫には報告せず独断で保護しました。保護と言っても、ごはんで釣っただけですぐにキャリーケースに入ってきてくれたので、よっぽどおなかが空いていたんだと思います。かわいそうでかわいそうで、保護したこと事態は全く後悔しませんでした。でも、勝手に保護してしまったので夫に責められ、これからどうしたらいいかわからなくなってしまったんです」
あらためて目の前に並べた選択肢は2つだった。病院で避妊・去勢、検査を済ませて人なれするまで預かり飼い主探しをするか、自宅で飼うか。「この時点ですでにTNRという選択は消えていました」と話すKさんにとって、理想的な選択肢は黒猫の新たな飼い主を見つけることだった。
猫エイズで飼い主探しが難航
しかし、Kさんと黒猫はさらに厳しい状況に陥る。
「動物病院で検査した結果、猫免疫不全ウイルス(FIV)感染症の陽性反応が出たんです」
FIVは、別名「猫エイズ」とも呼ばれる病気で、一度感染すると、体内から消失することはない。発症すれば、口内炎やリンパ節の腫れ、慢性不全、体重減少などの症状が現れ、最悪の場合は免疫不全に陥り死に至る。激しいケンカや母子感染が主な感染経路とされ、外で生きてきた猫には珍しくない病気だ。
しかし、FIVに感染しているからといって、必ずしも発症するとは限らない。FIVには潜伏期間があり、症状が現れないように気をつけていれば、健康な猫と同じように暮らすことができる。生涯症状が出ないまま寿命をまっとうする猫も少なくないため、知識を持っていれば恐れる必要はないのだが、キャリア持ちとなると、譲渡は一気に難しくなるのが現実である。
「SNSや知り合いのつてで飼い主を募集しましたが、やっぱりキャリア持ちの子は選択肢から外されがちです。その上、子猫でもなく、外で野良生活を生き抜いてきた推定2、3歳の成猫。飼い主を探すのは厳しいと思いました」
道がほぼ閉ざされたと感じたKさんだったが、幸いにも保護した黒猫は性格が良かった。Kさんは「人なれすれば飼い主を見つけられるかも」という希望を持って、世話を続けた。
「ひとまず先住猫が入れない部屋に隔離して、私が世話をつづけました。警戒心が強くて、他の家族には威嚇するのですが、私に対しては少しずつ心を開いてくれましたね。最初は恐る恐るだったのが、徐々にケージを開けるとひざに乗ってきて、ゴロゴロあまえるようになったので、甘えん坊の素質はあると思いますよ。夫も、なんだかんだ今はお世話を手伝ってくれています(笑)」
TNRの認知、行政が主導してほしい
Kさんは「黒猫を家族にするのか」という質問に、「もう手放すつもりはないですね」とにこやかに答えた。
「実は、呼び名も決まっているんです。黒猫なので、クロネコヤマトからとってクロロ。我が家に元からいる2匹は私のひざに乗ったりしないので、甘えん坊のクロロが可愛くて仕方がないんです。仕事や子どもたちの世話や家のことで慌ただしい毎日の中で、クロロとの時間が私の癒やしです」
黒猫の保護を通じて、KさんはTNRの認知に大きな課題を感じたという。
「地域猫として避妊去勢した外猫をお世話する、そういう取り組みを市が認めているにもかかわらず、実際には全く浸透しておらず、TNRをしようとすると悪いことをしているように言われてしまう。同じような経験をしている保護団体や個人の保護活動家がとても多いことも、自分が経験してみてはじめて知りました。
動物が苦手だったり、猫が嫌いな人がいるのは理解していますが、野良猫をむやみに増やしたり、非公認の置き餌や糞尿(ふんにょう)の問題を起こさないためにも、本来ならばTNRをして決まった人が世話をするのは良いことのはず。自治体からもっと認知を広げてほしいですね」。言葉を選びながら、Kさんは思いを吐き出してくれた。
野良猫に最初に手を差し伸べた人が、集中砲火を浴び、やがて助ける人がいなくなる。そんな世の中では悲しい。猫を思う人にも、猫を嫌いな人にも、TNRの有益性を認知してもらうことが大切。しかし、個人や善意で活動する保護団体がすべての説明責任を負う現状には、限界がきているのかもしれない。国や自治体を挙げたTNRの推進が必要だ。
(参考資料、ウェブサイト)
仙台市「飼い猫」と「飼い主のいない猫」の適正飼育ガイドライン
「『猫』を悪者にしない為に地域で考えてみませんか?(仙台市「飼い猫」と「飼い主のいない猫」の適正飼育ガイドライン より)」
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