もうすぐ28歳。小柄ながら堂々たる黒猫ピーちゃん
もうすぐ28歳。小柄ながら堂々たる黒猫ピーちゃん

もうすぐ28歳!路地の人気者、黒猫「ぴーちゃん」 地域猫として町の人に見守られて

 黒猫ピーちゃんは、28年近く前、都内新宿区にある公園の管理事務所脇の階段下で生まれ、公園で20年以上を姉妹と共に過ごした。数年前から、ピーちゃんだけが住宅地の路地に移住。姉妹の寄る年波を見て、面倒を見ていたボランティアの家に迎えられるも、ピーちゃんは頑として外暮らしを選んだ。元気なうちはと、その意思は尊重された。あたたかな寝床とおいしいごはん、路地散歩を日々の楽しみとし、ピーちゃんはお達者に28歳を迎える。

(末尾に写真特集があります)

住宅地の路地の人気者

 東京都新宿区のとある住宅地の昼下がり。1匹の黒猫が、スタスタと路地を歩く。その足取りは軽い。目ヂカラもなかなかだ。小ぶりなので、遠目には若猫に見えるかもしれないが、よく見れば黒い毛に白髪が交じっているので、「もう若くはない」とわかる。だが、脚も腰も曲がっていないこの猫がもうすぐ28歳になる超高齢とは、初めて会う人には思いもよらないであろう。

もうすぐ28歳の黒猫
ご近所散策中

 もちろん、この路地の人たちには、ピーちゃんのお年は知れ渡っている。彼女が路地を歩けば、通りかかった人から声がかかる。

「あら、ピーちゃん、今日はお天気でご機嫌だね」

「ピーちゃんは、いつ見ても可愛いね」

「写真撮ってもらっていいねえ」

 ピーちゃんは、可愛らしい甘え声で返事をする。

 この路地はあまり車が通らないし、ピーちゃんのお散歩は「向こう3軒両隣」。門扉の閉じる屋根付きガレージの奥が彼女のテリトリーで、至れり尽くせりの温かな寝床が設置されている。町の人たちに見守られて、ピーちゃんは地域猫暮らしを楽しんでいるのだ。

もうすぐ28歳の黒猫
「向こうに渡りますよ~」と鳴く

捨て猫だらけだった公園で生まれた

 地域猫ピーちゃんのお世話を28年近く続けてきたのは、ボランティアグループ「絆の会」の松井さん。自宅ガレージをピーちゃんの寝室兼食堂に提供しているのは、近所の中村さんだ。見守る輪も、ご町内にある。

「ピーちゃんは通りかかる人に、それは可愛い声で甘えるの。天性の人たらしなんです(笑)」

「耳は少し遠くなってきたかな、というくらいで、目も食欲も全く問題なし。私たちより元気よね」

 いとおしそうにピーちゃんを見やりながら、松井さんと中村さんは笑い合う。

 近くには公園がある。以前は捨て猫が多く、いっときは30匹以上が住み着いていた。見かねて、松井さんは「絆の会」と言うボランティアグループを立ち上げ、行政と協力して公園猫の手術やお世話を始めた。30年ほど前のことである。ピーちゃんは、1996年春、公園管理事務所わきの階段下で生まれ育った子猫たちの1匹だった。

「当時は、管理がまだ厳しくなくて、管理事務所の階段が子猫たちの遊び場でしたね。所長さんが変わるたびに、猫たちのねぐらの段ボール設置などをお願いに行ったものです。常設だった段ボールベッドは、そのうち、夜設置して朝片づけるようになりました」と、松井さん。

 骨折などのけがをしたりして外で暮らせない猫は自宅に引き取った。手術の徹底もあって、公園猫の数は減っていった。

黒猫
公園時代のピーちゃん(7~8年前)

 ピーちゃんは、長いこと一緒に生まれた姉妹たちと3匹で同じエリアで暮らしていたが、2年前に1匹が25歳で亡くなった。残ったもう1匹はピーちゃんにそっくりの黒猫で、よく鳴くので「鳴きピーちゃん」と呼ばれていた。

 数年前から、ピーちゃんは、ご飯を運んでくれる松井さんの後追いをして公園から路地までついてくるようになり、そのまま、近所の中村さんの屋根付きガレージに居ついた。松井さんはピーちゃんのために温かいハウスをガレージ内に置かせてもらい、ご飯もそこへ運ぶようになった。

もうすぐ28歳の黒猫
「きょうはまあまああったかいわ」

 地域猫も老後は家の中で、と考えていた松井さんは、ピーちゃん姉妹が25歳を迎えた頃、ガレージ暮らしのピーちゃんと、公園暮らしの鳴きピーちゃんとその友達猫の、計3匹を家に迎えたのだが……。

 鳴きピーちゃんともう1匹は家猫暮らしにすんなり順応した。だが、ピーちゃんは、室内は3時間が我慢の限界で、「出して、出して」と大声で鳴き続ける。ピーちゃんは単独で過ごすのが好きな性格で、同じ家で数匹と顔を突き合わせる環境は嫌だったようだ。外に出してもらうと、勇んでガレージに戻っていく。そんなに外がいいのならと、元気なうちは中村家ガレージ内のピーちゃんハウスでお世話を続けることにしたのだ。

猫の環境をみんなで話し合う

 こうして、ピーちゃんは、地域猫として、路地に溶け込み暮らし続けている。

 この町内の外猫はすべて避妊去勢済みの地域猫である。松井さんが面倒を見ている公園猫も、残る1匹となった。

 外暮らしの猫はほとんどが短命というのに、ピーちゃんと鳴きピーちゃんは、なぜこんなにもお達者なのか。生まれついての丈夫な体質もあるだろう。

 加えて、松井さんたちのケアと、町ぐるみの見守りによるストレスのない暮らしも、大きいだろう。町内会役員として「絆の会」の活動を支援する中村さんは、「猫のことで困っている」という住民の声があれば、すぐにみんなに声をかけ、外猫たちを巡る相談会を続けてきた。

 たとえば「庭に入り込んで糞尿(ふんにょう)をしていく」といった苦情があれば、公園課や区役所、保健所の外猫担当の人たちと当事者が問題解決のための話し合いの場を持つ。中村さんは、町内会の担当として参加する。その場で心おきなく話し合って、猫のお世話をする側はトイレ場所をちゃんと確保する一方、庭に侵入される側は猫が入りにくい対策をとるなど、お互いが前向きに解決策を探るのだ。

「とにかく問題に蓋(ふた)をしないよう、オープンにフランクに話し合ってきました。住民が仲良くすることが猫の暮らしやすさと安全にもなりますから」と、松井さんと中村さんは口をそろえる。

 そうすることで、外猫を巡る問題は引きずらず、対立を生まずに済んできた。見守りの輪も広がっていった。

全身麻酔で抜歯を決行

 ピーちゃんの前脚には、3本ほどプレートが入っている。公園時代、高いところから飛び降りたときに筋を断裂してしまったのだ。

 手術をしたのは右脚だったか左脚だったかわからないほどに、スタスタ歩く今のピーちゃんである。

もうすぐ28歳の黒猫
足腰はまだまだ達者

 去年夏は、パタッとたべなくなってしまった。かかりつけの獣医さんに連れていくと、奥歯の根元がうんでしまっているとのこと。抜歯をするには全身麻酔が必要だが、高齢猫はかなりの危険が伴う。だが、このままではものは食べられず、衰弱していく。

 イチかバチか。獣医さんは、全身麻酔の抜歯を提案した。

 手術は成功。だが、ピーちゃんは獣医さんをさらに驚かせた。手術後の点滴の管を自分で全部引き抜いてしまったのだ。「こんなに元気なら、入院している必要なし」と言われ、即退院、食欲モリモリの大復活ピーちゃんだった。

もうすぐ28歳の黒猫
意志の強いまなざしが印象的

 この寒さにもかかわらず、新年を迎えたピーちゃんは、元気はつらつだ。

 寒くなりそうな日や雨風の日には、松井さんは、ピーちゃんを家に入れる。滞在時間を少しずつ増やしていくことで、なんとか、ピーちゃんの最後の日々は屋根の下で家猫として穏やかに終わらせてやりたいと、臨機応変に考えている。

「その日までは、気のすむまで、路地暮らしを楽しんでほしい。もちろん、食事や体調管理は日々怠りません」と、松井さんたちはおおらかに見守る。

 毎朝、この路地を通って通勤する女性は、ピーちゃんの朝の写真を撮るのを楽しみにしていたが、転勤が決まり、残念そうだったという。

「まだまだ家猫になるのは、ずっと先よ」とばかり、ガレージからの段差をストンと飛び降りて路地を闊歩するピーちゃん。マスカット色の目が冬日を映し金色めいて輝く。

「ピーちゃん、今日も元気だねえ」と声がかかる。28歳は、もうすぐだ。

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佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「猫との約束」「里山の子、さっちゃん」など。Webサイト「フェリシモ猫部」にて「道ばた猫日記」を、辰巳出版Webマガジン「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。

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この連載について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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