浜辺を散歩中ふぐを平らげた犬、釣り糸が絡まった猫 島で唯一の動物病院は大忙し
愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。愛玩動物看護師の山田美咲さんが働くのは、島根県の北に浮かぶ隠岐諸島の島、島後(どうご)にある動物病院。島に一軒しかないこの動物病院、都心の病院とは少々勝手が違うこともあるようです。
近隣の3島からも船で来院
愛知県名古屋市の専門学校で動物看護を学んでいた山田美咲さん。就職先を探すため、いろんな職場でインターンシップに参加してみるが、しっくりこない。
「思いきって遠くへ行ってみよう」
海のない岐阜県で生まれ育ったため、正反対の、海に囲まれた「島」に興味があった。「島、動物病院、求人」のキーワードでネット検索すると、ヒットしたのが隠岐の島動物病院(島根県隠岐の島町)だ。
島を訪れ、インターンシップに行ってみると、「自分がここで働く姿がすごく想像できたんです」と山田さん。もともと最新の設備を備えた大病院よりも、飼い主と近い距離で仕事ができる環境を望んでいたため、島のアットホームな病院は理想にピッタリ合ったのだ。
願いがかない、2023年4月から働くことに。スタッフは、獣医師、受付、愛玩動物看護師である山田さんの3人だ。
ついに島に引っ越してきた。初出勤まではあと2日あるはずが、夕方、獣医師から電話が鳴った。
「誤食の手術をするから、お願いだから来て!」
食べてはいけないものを食べてしまった犬が、急患で飛び込んできたのだ。普通は、経験を積んだ人が任される「オペ看」を、学校を出たての山田さんが務めることに! 先輩も同僚もいない職場では、新人も即戦力だ。メスや糸を渡したりと、獣医師に言われるままに動いた。
春、全国の動物病院は、狂犬病の予防接種やフィラリア予防などを受ける患者でごった返す。
隠岐諸島には4つの有人島がある。だが島後以外に動物病院はないため、他の3島からも、来院者が船で連日やって来た。予約ノートは文字でいっぱい、目の回る忙しさだった。
釣り針の刺さった猫を処置
都市ではあまり出会わない、島ならではの患者も訪れる。ある時来院したのは、体に釣り糸が絡まった猫。
「誰かが港に、釣り糸を固めて置いていたみたいです。そこを通りがかった猫の脚が、釣り針に引っかかり、取ろうとしたらまた引っかかって。釣り針って返しがついているから、なかなか抜けないんです」
脚やほっぺなど、いくつも針が刺さった猫の姿は、痛々しいことこのうえない。
鎮痛剤と、軽く鎮静剤も注射して緊急処置に入る。山田さんと獣医師で猫の体を固定し、獣医師が針をペンチで切って抜いていった。
電話での第一声、「ふぐの毒ってどうすればいいですか?」と聞かれた時も驚いた。
干物か何かかと思ったら、浜辺に捨てられていた生のふぐを、散歩中の犬が丸ごと一匹、食べてしまったという。釣りをしてふぐがかかっても、食べられないため、捨てていく人がいるのだ。その後、犬は自分でふぐを吐き、事なきを得た。
島へのあこがれを胸に、はるばるやって来た山田さんだが、気の毒な患者を診るにつけ、「釣り針の処置とか、ふぐの毒の対処法とか、そんなマニアックな症例、教科書にも書いてないですよね。こんなことで、『島ならでは』を感じたくないなあ」と苦笑する。
目の前で消えていった命
聞けば専門学校時代の同級生は、看護の仕事はまださせてもらっていないという。一方の山田さんは診察室に同席し、動物にさわり、飼い主と直接話す。「ここで働けて本当によかった」と山田さんは言うが、患者との距離が近いぶん、新人にとっては良くも悪くも濃い体験をすることになる。
誤食により腸閉塞を起こした犬が運ばれてきた。
「開腹したら、腸が黒っぽいとんでもない色になっていたんです。穴も開いていました」
犬が食べたのは敷物だった。それがひも状になり、腸に絡みついていた。
すぐに手術がスタートする。ひもを取り除き、壊死(えし)した部分を切除して、正常な腸をつなぎ合わせる。助手はもちろん山田さんだ。夕方6時に始まった手術は長引いたが、夜の10時に無事終了した。
「あー、やっと終わった。麻酔からも覚めてよかった」
ところが、腸閉塞によるダメージがあまりに大きすぎたのだろう。犬はほどなくして息を引き取った。全力を尽くして治療に向き合い、安堵(あんど)した瞬間の死。山田さんは、1カ月間まともに食事ができないほどショックを受けたという。
「初めて目の前で亡くなった症例でした。実際に動物病院で働く前は、『治療したら、皆助かるだろう』みたいに考えてしまっていたので……」
命を救うための仕事で、直面した現実。急患の怖さを知ったことで、こんなふうにも考えるようになった。
「飼い主さんが言う『ちょっとおなかが痛そう』が、どれぐらい危険な状態なのか。一刻も早い治療が必要なのかを見極めるため、飼い主さんから話を聞き出す力をつけないといけないと思いました」
瀕死の子猫を守りたい
ある日、保健所から電話がかかってきた。保護した猫が衰弱しているという。連れてこられたのは手のひらサイズのオスの子猫。低体温、低血糖、ノミだらけでグッタリしている。
緊急性が高いことと、体が小さく血管の確保が難しいことから、獣医師が骨髄に針を刺して点滴する。
「点滴中、『痛い!』って口を開いた瞬間を狙って、口の横からブドウ糖を飲ませるのですが、すぐ眠りに入ってしまう。先生は、『どうなるかわからない』というので覚悟しました」
緊急処置のあとの看護は山田さんが担った。保温マットを敷いて体温の低下を防ぐ。下痢がひどいため、下痢止めを飲ませ、離乳食は温めるなどして少しずつ与えた。
獣医師からは、「愛着がわいて返すのがつらくなるから、名前をつけないように」と釘を刺されていたというが。
「でも、つけるじゃないですか。『ちびすけ』って呼んだら、ニャーって鳴くんですよ」
懸命の看護が功を奏し、子猫はみるみる回復した。別れは寂しかったが、子猫は保健所へと返された。
それから1カ月ほどたち、子猫は保健所の職員とともに病院にやって来た!
「丸々太って、すごく健康になって。『すごいやんちゃして困るんです』っておっしゃってましたね。今は譲渡され、飼い主さんのもとで暮らしているようです」
この体験は、腸閉塞の件で落ち込んだ山田さんの心に勇気をくれた。
「もうちょっと希望を持っていいのかなって。病気の動物を抱えた飼い主さんにも、『こんな状態の猫がいたけれど、元気に育ったんですよ』って、言えるようになりました」
動物が持つ生命力。それを治療と看護で守れることがあると、子猫は教えてくれたのだ。
かつて隠岐の島動物病院がなかった時、島の人たちは本土の病院まで、船や飛行機で行かねばならなかった。この地にとって、なくてはならない動物病院を、島でただ一人の愛玩動物看護師が全力で支えている。
(次回は9月26日に公開予定です)
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