「推し」の校有犬がうちの子に! 病気や介護を乗り越え愛玩動物看護師として成長
愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。公益財団法人日本小動物医療センター 夜間救急診療科(埼玉県所沢市)で働く中島瑠美さんは、学生時代、「ミロ」と運命の出会いをします。病気や介護を通し、ミロがくれたすべての経験が、愛玩動物看護師としての今に生きています。
出会いは専門学校の実習
中島瑠美さんが入学した動物看護の専門学校には、校有犬と呼ばれる犬が100匹以上いた。ある時、実習の相手を務めてくれたのが、オスのトイ・プードルの「ミロ」だ。
「あまり主張もせず控えめで、健気だな」
それが、ミロに抱いた第一印象だ。
愛らしい雰囲気の子は人気があり、ファンも多い。一方ミロは自らアピールするタイプではないため、学生に受けるわけではないようだ。だが、ミロが気になった中島さんは、放課後遊びに行くように。すると、中島さんが来た時だけ大喜びしてくれるようになった。その様子がかわいくてたまらない。ミロは中島さんの一番の「推し」になった。
学校を卒業してしばらくすると、ミロが校有犬を引退するため、もらい手を募集すると聞いた。ついに訪れたチャンス。だが不安もあった。希望者が複数いた場合、抽選になってしまうのだ。
「『他の人とかぶっちゃったらどうしよう。ミロはかわいすぎるから』とハラハラしていたら、誰ともかぶらなくて、『あれ?』みたいな(笑)」
かくしてミロは7歳で、中島さんの愛犬に。互いの良さを誰よりも認め合う、最高のコンビが誕生した。
大病もせず穏やかに暮らしていたミロだが、10歳頃に異変が起きる。
たまたま勤務先の病院でレントゲン検査を受けると、肺に影があるといわれた。そこでCT検査をすると、腫瘍(しゅよう)が見つかったのだ。獣医師からは、「何もしなければ、もって半年」と告げられた。
頭が真っ白になると同時に、こう思った。「あ、こんな感じなんだ」。
「それまで、獣医師が飼い主に検査結果を伝え、治療の希望をたずねたりする場面に、何度も立ち会ってきました。でも、自分がその立場になって初めて、いわれた側がこれほど動揺するとわかったんです」
手術を決断。腫瘍はごく小さかったこともあり、無事に取りきれ、転移もなし。幸いな結果に胸をなでおろした。
介護生活を経験、過酷さを知る
15歳を過ぎた頃からは、体のあちこちに問題が出てきた。脳梗塞(こうそく)になってからは、定期的に痙攣(けいれん)を起こすようになった。それでも毎日の投薬などで日常生活を送ってはいたが、ある時いつもの痙攣のあとから自力での歩行が困難になり、ついには寝たきりになってしまったため、介護が必要になった。
「最後の数カ月は、赤ちゃんのようにグズるので、夜中でもあやしたりと私も家族も寝られない日々でした」
飼い主の中には、動物病院の預かりサービスを利用して、介護の必要な動物を日中預けてゆく人もいる。
「それまでは、お家で過ごさせてあげてほしいなって、安易に考えていました。でも、自分が経験したことで、それぞれ仕事や生活がある中、介護する苦労を知りました。そんな、自分になかった視点に気づかせてくれたのもミロでした」
膀胱(ぼうこう)結石が尿道に詰まり尿道閉塞(へいそく)になったり、胃拡張を起こすなど、複数の病気も発症した晩年。介護生活は、かなり過酷だった。
体調がいつ急変するかわからないため、常に緊張しながら、ミロに対してセンサーを張り続ける。すると、「この症状が出たから、今こういう状態かな」と、体に起きていることを感じ取れるようになってきた。
中島さんが働く夜間救急診療科では、飼い主にまずは電話をしてもらい、その後、来院の運びとなる。ミロで病気の経験値を積んだおかげで、飼い主の短い説明を聞いた瞬間、現在の状況や注意事項、来院までにしてほしい処置などをあれこれ思いつけるようになったという。
「たとえばてんかん発作が終わったあと、赤ちゃんを落ち着かせるみたいに、仰向け抱っこをしてしまいがち。でもこれは、誤嚥(ごえん)を招く危険のある体勢なんです。そこで、『仰向けに抱っこしないで』と、アドバイスもできるようになりました」
そしてひと言、「落ち着いて来てください」とつけくわえる。これは中島さん自身が、初めてミロのてんかん発作を目の当たりにした時、これまで何度も同じ症状の子を見てきたにもかかわらず、うろたえてしまった体験からだ。
食道チューブの設置を決断
巨大食道症も患った。食道が広がり、食べたものを胃に送り出せずに吐いてしまう病気だ。そこで後ろ脚で立った姿勢をとらせて食べさせる介助を行った。
ある日の食後、急にグッタリしてしまった。ごはんをうまく飲み込めず、窒息したのだ。
「すぐ病院に連れて行き、泣きながら先生に『どうしよう。死んじゃうかもしれない』と訴えました」
獣医師が食道の食べ物をかき出し、胃洗浄を行う。ミロは一命を取りとめた。
その後、獣医師に食道チューブの設置を提案された。首に穴を開けて胃までチューブを通し、流動食を直接胃へ流し入れるものだ。そうしなければ、今後、口からごはんをあげるのは難しいため、長くは生きられないという。
「肺がんの手術に次いで、『第2の、究極の選択が来たな』と思いました。でも、今はまだミロと離れる心の準備ができていない。頑張ってほしいという私のわがままで、設置を先生にお願いしました」
いざ設置してみると、メリットを強く感じたという。無理やり口に押し込まなくてよいため、人も犬もラク。ミロ本人も、慣れてしまえばおそらく違和感はあまりないのだろう。寝ながら給餌(きゅうじ)されていることもあるぐらいだ。
「苦いお薬も、チューブに入れるだけなので、本人が知らないうちに服用できます」
飼い主の中には、食道チューブに抵抗感を持つ人も多い。それまでは相談されても、『たしかに迷いますよね』ぐらいしかいえなかった。でも今では、ミロでのリアルな体験を伝えられる。
「設置するかどうかの選択に直面した時って、『見た目がつらそう』と、目の前のことだけを見てしまいがち。だからこそ、『チューブ給餌で毎日必要エネルギーを摂取すれば、体力がつくし長生きできる』という、その先のメリットを伝えることが大事だと気づきました」
深まった寄り添う気持ち
ミロは17歳になっていた。たまたま連休で、家にいた中島さん。
「その日は朝から、あまり起きないなあと思っていて。そうしたら、呼吸があやしくなってきて、ハッとしました」
食道チューブを設置した頃から、呼吸が止まりそうになっても蘇生処置はしないと決めていた。それに、もし今から病院へ行っても厳しい状態であることは、救急の仕事をしていればわかる。それだったら、お家で抱っこして、見送ってあげよう。
「家族にも『もう頑張ったから、みとっていいかな』って電話しました。私がすぐかたわらにいるタイミングを選んでくれたんだと思います。息を引き取るその瞬間まで、『今までありがとう、大好きだよ』と伝えることができて幸せでした」
以前は流れのままに業務に携わってきたという中島さん。だがミロがいろんな壁にぶち当たることで、病気について積極的に勉強するようになった。
「この仕事が天職だと思えるようになったのは、『愛犬を助けたい』という気持ちで、一緒に病気を乗り越えてきたから」
病気のわが子を前に、不安になったり悩んだり。そんな飼い主の気持ちがよくわかり、以前よりしっかり寄り添えるようにもなった。
「さまざまな病気や、介護からみとりまで。ミロが学ばせてくれたことはすべて、患者である動物と飼い主さんのためになっています。ミロは自分の身をもって、私を愛玩動物看護師として大きく成長させてくれました。本当に最後まで、親孝行な子でした」
ミロがくれた数えきれない宝物を胸に、中島さんはこれからも動物看護の道を、まっすぐに歩んでゆく。
(次回は9月12日に公開予定です)
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