小児がんや重病の子どもたちの心をケア ファシリティドッグの力が明らかに!
ファシリティドッグは、特定の施設で働く犬のこと。医療施設で働くファシリティドッグは、ハンドラー(臨床経験のある看護師)とペアを組み、医療チームの一員として活動する。セラピードッグがトレーニングを受けた家庭犬(ペット)であるのに対し、ファシリティドッグは繁殖の段階から選抜され、専門的なトレーニングによって育成される。日本では2010年、静岡県立こども病院で初めて導入された。
犬の存在が重病の子どもを笑顔にする
日本にファシリティドッグを導入したのは、特定非営利活動法人(NPO法人)タイラー基金。現在は認定NPO法人シャイン・オン!キッズとして、小児がんや重い病気の子どもたちとその家族をサポートする活動を行っている。
「タイラー基金は、小児がんで2歳を目前に亡くなったタイラー・フェリスの両親、マークとキンバリの実体験をもとに発足しました。タイラーは生後まもなく白血病と診断され、闘病生活を送っていましたが、その中でも笑顔を絶やさない子でした。亡くなった後、両親が彼の勇気と自分たち家族の体験を、小児がん患者の子どもたちとその家族のために役立てたいと考えたのが私たちの活動のはじまりです」
シャイン・オン!キッズで学術発信プロジェクトを担当する研究員の村田夏子さんがNPO法人設立の経緯を教えてくれた。
息子の入院生活に寄り添いながら体験したことを踏まえ、日本にはない革新的な方法で、小児がん治療の環境に変化をもたらしたいと考えたキンバリさんはアメリカへ。あるプログラムを視察するために訪れたハワイの病院で、驚きの光景を目にした。
「病院内のカフェテリアを犬が普通に歩いていて、しかも車いすに乗った子どもがその犬に駆け寄って抱きついている。驚いて思わず話しかけたら、その子は前日までICUにいて、病室から出られなかったけれど、『タッカー』が毎日会いに来てくれたから頑張れたと教えてくれたそうです」
これがキンバリさんとファシリティドッグ、タッカーとの出会いだった。
「まったく別のプログラムの視察に行ったんですが、タッカーとうれしそうにふれあうその子の笑顔を見て、“ファシリティドッグを日本に連れて来なきゃいけない”と決心したそうです」
キンバリさんがファシリティドッグ日本導入プロジェクトを立ち上げたのが2008年。導入にあたっては「適性のある犬」、「ハンドラー」、「受け入れてくれる病院」、「運営を支える資金」、この4つが欠かせないが、大前提である犬の確保がまず難しかったという。
「国内で探し回りましたが、タッカーに匹敵するような犬には出会えませんでした。そこで、タッカーを育成したアメリカのNPO法人に頼み込んで、ファシリティドッグを譲ってもらうことになりました」
そうして2010年、日本初のファシリティドッグ・プログラムがスタート。現在は4つの病院で活動を行っている。
国内で育成した2頭も活躍中
シャイン・オン!キッズは、活動を進めながら、2019年にファシリティドッグの国内育成にも着手。“働く犬”のブリーディングを専門に行うオーストラリアの団体から迎えた「タイ」と「マサ」(ともにオス)を約2年かけて国内で育成した。2頭は現在、静岡県立こども病院と国立成育医療研究センターでそれぞれ活動している。
「もともと、アメリカのNPO法人からの譲渡は3頭までという約束でしたし、私たちが活動を続けるにつれ、問い合わせが増えて、需要が確実に上がってきたと確信をもてるようになったことが国内育成に着手した理由のひとつです」
導入希望の高まりを受け、シャイン・オン!キッズはこの夏、オーストラリアから新たに2頭の子犬、「トミー」と「ミコ」を迎えた。候補犬は3頭になり、神奈川県三浦郡に新たな拠点も設けた。
共同研究で“核なるエビデンス”を
現在、導入を希望する病院は8つにまで増えているが、新規導入にあたって一番苦労するのは、「決裁者である院長の“問い”に答えること」だと村田さんは言う。
「医学的な効果、安全性、そして医療経済的に成り立つのか。この3つは必ず訊かれます。確実なエビデンスがあれば話は早いんですが、質の高いエビデンスがなかなか出てこないことが学界でも長らく課題になっている状態なんです」
そのため、海外の論文や現場の声など、いろいろな資料を交えて説明するが、限られた面談時間のなかでは説得しきれないことも多く、村田さんは「私たちの核なるエビデンスが必要」だと常々感じていた。
そんな想いをもっていた中で、2019年、静岡県立こども病院名誉院長の瀬戸嗣郎さんから、ファシリティドッグの有用性を調査する共同研究の声がかかった。同院の全医療スタッフ626名を対象にした匿名のアンケートを用いた調査で、約7割にあたる431名から回答を得た。
調査のポイントは、ファシリティドッグの一番の強みを探すこと。
「調査の結果、最も高く評価されているのが終末期の緩和ケアだと分かりました。個人的には、今回の結果の背景には、ノンバーバル(非言語)コミュニケーションのプロみたいなところが評価されたんじゃないかなと感じています」
終末期の緩和ケアについては、医療業界全体の課題でもあり、緩和ケアチームをつくるなどして取り組んでいる病院も多い。
「緩和ケア医がまとめた5か年トライアルの調査結果を見ると、改善できたものがいろいろある一方で、変わらなかったものに“悪い知らせを聞いた後、声のかけ方が難しい”というのがあったんです。様々な専門職が活躍する中でも、どうしても難しい領域はやはりあり、だからこそ、ノンバーバルで人に寄り添えるファシリティドッグが強みを発揮できるところなのだと思います」
犬のウェルビーイングのために
調査の結果は論文にまとめ、この春、国際的学術誌で発表した。
「これまでも、“現場でこうした声をいただいています”というナラティブな論文はありましたが、そうした体験談でしかなかったものを今回、数値化して証明できたというのが大きな違いです」
村田さんは、「この論文を新規導入の際の病院の判断を後押しできる材料として役立てたい」と意気込む。同時に「ファシリティドッグのウェルビーイングにも結果を還元していきたい」という。
「ファシリティドッグ・プログラムでは、犬の負担に考慮し、1時間働いたら1時間休むという感じで、実質の稼働時間は1日3時間くらい。そんななかで、声をかけてくれたすべての患者さんを訪問していると、時間があっという間に過ぎてしまいます」
ならば、ファシリティドッグが力をより発揮できるところ、つまり今回の調査で明らかになった終末期の緩和ケアや、患者さんの協力がより得られやすくなる手術・検査やリハビリといった場面に、優先的に介入できる仕組みを強化していきたいと考えている。
「そうしないと犬の力も生かせないし、患者さんのベネフィットもあげることはできませんから」
そうしてファシリティドッグの強みを生かし、患者への効果の最大化を掘り下げることが、犬のウェルビーイングにつながっていく。
「犬の福祉を最優先に大切に守りながら、力をもっと生かせるようにブラッシュアップをして、ファシリティドッグの専門性を高めたい。そしてそれが認知されれば、裾野を広げることになるとも思います。また、職人感覚ではなくマニュアルに落とし込むことも大切。そこから、ファシリティドッグの福祉の土台をつくっていきたいと考えています」
- ■シャイン・オン!キッズ
- ⼩児がんや重い病気の⼦どもたちとその家族を⼼のケアのプログラムで⽀援する認定NPO法人。ファシリティドッグ・プログラム(動物介在療法)、ビーズ・オブ・カレッジ プログラム(アート介在療法)、キャンプカレッジ(⼩児がん経験者のコミュニティ運営)、シャイン・オン!コネクションズ(オンラインで⼼のケアや学習⽀援アクティビティを提供)、シャイン・オン!フレンズ(⼩児がん経験者のWEBコミュニティ)などを運営している。
(取材・文/成田美友)
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