ご機嫌な表情でアイスをなめるしろくん(南さん提供)
ご機嫌な表情でアイスをなめるしろくん(南さん提供)

「ずっと一緒」がいいね! 動物看護のプロが支えるペット共生型老人ホーム

 大阪市にある「ペピイ・ハッピープレイスTAMATSUKURI」は、動物と一緒に入居できるペット共生型有料老人ホーム。常駐スタッフの南梓美(あずみ)さんが行っているのは、単なる動物のお世話にとどまらない、人と動物が幸せな日々を紡ぐためのサポートです。

(末尾に写真特集があります)

入居者が抱く悲しみとは?

 部屋に設置されたペットドアやキャットウォーク。すべりにくい床材や24時間換気システムを導入し、施設内にはドッグランやトリミングサロンもある。人と動物が快適に暮らせる工夫が詰まったこのホームには、「ペットとずっと一緒に暮らしたい」と望む高齢者が、犬猫などの動物と入居してくる。

 南梓美さんは、かつては動物病院で動物看護の仕事に従事。いったん仕事を離れるが、3年前、このホームが動物看護職の人材を募集していると知り飛び込んだ。仕事内容について、南さんはこう説明する。

「動物のお世話がしづらい人に替わって行ったり、ごはんや薬をあげるのを忘れないようサポートしたり。ここには獣医師が週1回往診する動物診察室もあり、その診察のお手伝いもしています」

朝の体操。散歩帰りに犬と一緒に参加する人も(南さん提供)

 こうした飼養面の支援にくわえ、「心のケア」も大切な業務だ。動物とともに年を取ってゆく悲しみ、自分が動物にお世話してあげられない罪悪感。ホームでは万一に備え、家族の引き取りが難しい場合、最期まで動物の面倒を見ると約束している。それでもやはり、自分が入院したり先に旅立ったら……と不安になることも。残された動物の側も悲しみを抱えかねないという。

 以下に、南さんがどんなふうに飼い主と動物の心をサポートしているのかがわかる2つのエピソードをご紹介しよう。

お母さんの入院で残されたパグ

 80代のお母さんと、メスのパグ「モモ」ちゃん。入居後間もなく、お母さんが入院することになった。心配なのはモモちゃんの、お母さんへの依存が強いことだった。お母さんがいないと水も飲めず、排せつもできないのだ。この時は家族が連れ帰り、何とか面倒を見た。

 やがてお母さんは無事退院する。だが南さんは、「また同じようなことが起きた時、このままではお母さんもモモちゃんも精神的負担が大きい」と考えた。そこでホームが契約する、犬猫のしつけに詳しいアドバイザーに相談し、ノーズワークを試みることにした。ノーズワークは、犬が飼い主から離れて行動し、自分の力でおやつを探す遊び。犬の自立心を育むなどの効果がある。

 もうひとつ行ったのが、南さん自身がモモちゃんとの時間を作り、信頼関係を築くこと。

「モモちゃんは今までの暮らしの中で、おもちゃで遊ぶことも、楽しんでお散歩に行くこともしていませんでした。そこで、『この子との楽しい遊びを見つけるために、お預かりをさせてください』と、なかば強引にお母さんに許可をもらいました(笑)」

お母さん以外にもこんなに素敵な笑顔を見せてくれるようになったモモちゃん(南さん提供)

 ふれあうなかで、思わぬ発見もあった。

「『もっともっと』と催促するほど、じつは体をさわられるのが大好きな子だったんです」

 お母さんしか眼中になかったモモちゃんに、外の世界を楽しむ気持ちが開いていったのだ。

 こうした取り組みを2年間続けたところ、モモちゃんは頼もしく成長した。その後もお母さんは入院し、また、1泊旅行を楽しむこともあったが、もはやお留守番なんてへっちゃらなのだとか。

「こんなうれしい出来事もありました。お散歩を楽しめていなかったモモちゃんが、今ではお母さんを催促してまで行くようになりました。モモちゃんに応えて、お母さんも毎日楽しんでお散歩に行き、その様子をうれしそうに報告してくれます」

 南さんの熱意が現在9歳のモモちゃんを変え、そのことが80代のお母さんと愛犬の暮らしを、より豊かなものへと変えていった。

愛猫のお世話ができない罪悪感

 オス猫の「しろ」くんと2人で暮らしてきた90代のお母さん。持病もあり、一人暮らしに不安を感じ入居した。

 入居前のしろくんは、家の外によく出かけていた。

「他の猫にやられることも多かったようで、入居時も顔に傷がありました。でも性格はとてもおとなしく、本当は戦ったりするのもあまり好きじゃない子だと思います」

 ホームでの室内飼育となり、平和を手に入れたしろくんは、ヘソ天でお昼寝し、走って出迎えてくれるほど南さんにもなついている。

お母さんに甘えるしろくん。これからもずっと一緒だね(南さん提供)

 持病により思うように動けない日もあり、食事やトイレ掃除などのしろくんのお世話を、南さんがすることになった。

 はためには穏やかな毎日。だが、お母さんの心中はそうではなかった。

「自分のせいで、しろくんを広い家から、ここに連れてきたことがつらいとおっしゃって。『のびのびと安心して暮らしているから心配ないですよ』とお伝えするのですが……。くわえて、しろくんのためにできることが減ってしまったとの罪悪感を口にされるようになりました」

 そんな中、唯一お母さんにできることがあった。それは自分の食事をおすそわけすること。だが心臓の病気があり、栄養管理や食事制限の必要なしろくんにとって、人の食べ物は健康によくない。

 どうしたものか。悩んだ末、思いついたアイデアがこれ。

「お母さんは、体調が悪くベッドで休んでいる時も食べるほどアイスが大好き。そこで、猫用の液状おやつを製氷皿で小分けにし、ピックを刺して凍らせて、しろくん用のアイスを作ってみました」

液状おやつを凍らせたお手製の「にゃろみアイス」(南さん提供)

「これ、あげてみましょうか」と提案すると、お母さんは大喜び。

「以来、ご自身がアイスを食べる時に、しろくん用のアイスも冷凍庫から出してきて、仲良く一緒に食べています。アイスを通し、しろくんとお母さんの絆がしっかりと保たれたことは、しろくんの安心感につながりました。お母さんの罪悪感はなかなか消えないけれど、その中でもご自身ができることを見つけていただくことができ、ホッとしました」

生活まで入っていく支援

 これをしてはダメ、危険だから全部任せて……と、動物とのかかわり方を「管理」する方が簡単かもしれない。

「でも、このホームが大事にするのは、飼い主さんと動物がこれまで営んできた生活です」

 そのために求められるのは、動物病院で働いていた時とはひと味違う、「飼い主の生活まで入っていく支援」だという。飼い主の自宅(ホーム)に身を置く南さんだからこそできる、それぞれの事情や介護度に応じたサポートだ。

南さんと入居動物の「伍郎丸」くん。「急な入院など入居者さんに何かあった時でも、私たちがいることで動物たちが安心して過ごせるように、普段から動物との信頼関係を築くことを大切にしています」(南さん提供)

 雨の日でも必ず1日3回、犬を散歩させる入居者がいる。だが自力でのハーネスの装着が難しい。そこで先述のアドバイザーと話し合い、ハーネスを見せたら、犬が自分から頭をスポッと入れてくれるトレーニングをしてもらった。もし道に迷った場合に備え、GPS機能を搭載したスマホも持ってもらう。

「散歩を制限するのではなく、今までどおりふたりでお散歩に行けるための支援方法を考えました」

 住まいが変わり年齢を重ねても、入居者と動物の幸せな暮らしがずっと続くよう、南さんは今日もアイデアをめぐらせる。

(次回は2月14日に公開予定です)

【前の回】知らずに飼い主を傷つけていた言葉 動物看護部スタッフは心のケアを学び始めた

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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