老犬のお世話で動物看護師の手はみみずばれに 犬の他界後に届いた感謝のメール

病院で、長期でお預かりしている高齢の柴犬。動物看護師の手で、つねに清潔な環境が保たれている(檜杖さん提供)

 弱い存在である老犬に心を寄せる動物看護師の檜杖(ひづえ)清美さん。「自分にできることはないか」と考えた末に始めたのが、愛犬が亡くなり使わなくなったからと、飼い主から寄贈された”遺品”の活用でした。

(末尾に写真特集があります)

旅行業から転身、憧れの動物業界へ

 旅行業界で20年間働いてきた檜杖清美さんが、一念発起して、子供の頃憧れた動物関係の仕事に飛び込んだきっかけは、父親が他界したことだった。

「人は生きているうちにやりたいことをやらないと、一生が終わってしまう。やっぱりやりたいことをやろう」

 そう決意した檜杖さん、さっそく専門学校や通信教育で学び始めた。動物にかかわる仕事にも複数あるが、目指すは動物看護師だ。

「言葉を話せない動物の変化に気づいて獣医師に伝え、治療につなげる仕事。動物に一番かかわれるのは、動物看護師だと思いました」

 家庭動物診療施設 獣徳会(愛知県東郷町)に就職し、念願の動物看護師として働き始めた。

 しばらくして気になったのがお年寄りの犬達だ。

「話せなくても、人を目で追ったりしていると、『絶対何か訴えたいんだな』と感じます。強い性格の子でも、歳(とし)をとると背中が曲がり、段々小さくなってゆく姿を見て、助けてあげたいという気持ちが湧いてきました」

 そんな折、偶然、神奈川県の動物病院でシニア教室を開いているという動物看護師の講演を聴く機会に出会う。興味を引かれた檜杖さん、自ら願い出て見学に訪れることに。そこで見た教室の内容に、大いに刺激を受けたという。

「いきなり人を集めて教室を開くのは難しいけれど、自分にも何かできないだろうか……」

 思いついたのが、院内の倉庫にあった介護用品の活用だ。それまで通ってくれていた動物が亡くなると、飼い主が「使ってください」と、”遺品”を病院に寄贈してくれることがたびたびあった。

広い犬舎で気持ちよさそうに過ごす、長期お預かりの老犬(檜杖さん提供)

病院初、介護用品のレンタル開始

 動物看護師長に熱意を伝え、着手したのが、「介護相談」の開設だ。介護の相談に乗り、話の中で必要とわかれば、飼い主からの寄贈品である介護用品を貸し出す。どちらも無料のサービスで、担当者はもちろん檜杖さん。創業42年目を迎える歴史ある動物病院で、老犬専門の窓口が初めて誕生した瞬間だった。

 貸し出している介護用品は、車椅子、ハーネス、カート、スロープ、サークルなど。飼い主からのいただきものを中心に、檜杖さんが取り寄せたグッズも加わり、品ぞろえは増えてゆく。

 そこで2年後、あまり使われていなかった部屋を1つもらい、介護用品のショールーム兼置き場のような場所を作ってもらった。介護用品を試したい人がいれば、ここに案内する。病院の初代「看護犬」として、来院する動物を癒やした犬の「ベッツ」の名前を借りて、部屋は「ベッツルーム」と命名された。

「病院への貢献を考えれば、販売に力を入れた方がよいのかもしれません(笑)。でも、まずはレンタルして、グッズの力で介護が少しでも楽になると知ってほしいんです」

病院が毎月発行する「けやき便り」を使って「介護相談」を飼い主に告知。この号には檜杖さんのショートエッセーも掲載されている(檜杖さん提供)

 相談の内容は、病気や介護のこと、お世話の仕方、「この子がこの先どうなるか教えてほしい」といったものまで幅広い。相談を受けてアドバイスする立場だが、最近は「話を聞くことが一番大事」と感じているという。

「自分はたまたまその場面にいるだけ、というと変な言い方かもしれませんが、一番大事にすべき”主役”は、飼い主さんと動物が一緒に過ごしてきた時間。それを知らずにアドバイスはできません。そこでまずはお話をよく聞いて、その動物や家庭に合ったサポートを考えるようにしています」

みみずばれの手は信頼のあかし!?

 老犬の飼い主との忘れられないエピソードがある。子犬の頃から通っていた柴犬の「七海(ななみ)」ちゃん。本格的に体調を崩し、入院して点滴を受ける日々が始まった。

 ある時、七海ちゃんの看護をしていると、面会に訪れた飼い主に声をかけられる。

「うちの子、大変でしょう?」

 飼い主の視線は、檜杖さんの手に注がれた。

「うちの子が引っかいちゃったんだよね」

 七海ちゃんは歳をとり、神経質になっていた。お世話の最中にかまれたり引っかかれたりして、手にみみずばれができていたのだ。

「でも私は、何か特別なことをしているという意識はなかったので、『こんなことは別に何ともないですよ。私がお役に立てればうれしいです』とお答えしました」

長期お預かりの老犬に、マットやクッションで快適な居場所を作る(檜杖さん提供)

 七海ちゃんは17歳3カ月で息を引き取った。その5カ月後、動物看護師一同あてに、一通のメールが届いた。差出人は七海ちゃんの飼い主。メールは長文で、17年間病院を見守ってきた者として、動物看護師へのお礼や励ましが書かれていた。

 読み進めると次の一文があり、檜杖さんは驚いた。

”檜杖さんの手、腕をご覧になった方はいらっしゃいますか”

 続く文面には、面会時、会話を交わしたあの時のことがつづられていた。

”かみ傷や引っかき傷の跡が何カ所もあるのを見て、大変ですねと私が言うと、皆、お父さんとお母さんと離れて不安なんでしょうね……と。穏やかにおっしゃった檜杖さんの優しいお顔が、今でも印象深く残っています”

 入院動物の看護は、基本的には飼い主の目につかないとこで行われる裏方の仕事だ。

「でも、見ている方は見ているんだなと思って、ジワッときました」

「どうか良くなってほしい」。祈るような気持ちで面会に足を運ぶ飼い主にとって、檜杖さんのみみずばれの手は、動物を守ってくれる頼もしさのあかしと映ったのかもしれない。

もの言わぬ動物の思いを伝えたい

 かつて動物の心理に詳しい獣医師から聞いたこんな言葉が、檜杖さんの心にずっとあるという。「動物にとって、一番は飼い主さん。動物が飼い主さんを思う気持ちは、人には絶対かなわない」。

檜杖さん家の猫。向かって左が「はな」(14歳・メス)、右が小太郎(14歳・オス)(檜杖さん提供)

「皆さんもちろん動物に愛情を持っていますが、『この子は何を考えているのかな』と疑問を感じている飼い主さんもいます。また、入院したり認知症になると、呼びかけても反応が弱かったり、高齢になり性格が変わる子もいて、不安を感じる人もいます」

 だから折にふれ、「ワンちゃん、猫ちゃんが一番思っているのは飼い主さんなんですよ」と、飼い主に話している。動物看護師の仕事は、動物と人との架け橋と言われる。両者をつなぐ立場にある者として、もの言わぬ動物の思いを精いっぱい伝えたい、と檜杖さんは考える。

「そしていつか動物が亡くなった時、『一緒にいた時間が、お互い幸せだった』と思ってもらえるお手伝いができたらいいですね」

 天職をつかんだ檜杖さん。動物と飼い主のために情熱を燃やし、やるべきことが、まだまだたくさん待っている。

(次回は11月8日に公開予定です)

【前の回】動物看護師の病からの復帰支えた犬ががんに 力振り絞り最期にくれた贈り物

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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