病気で食が細った猫 自分の意思で食べてほしい、動物看護師が編み出した方法とは
困りごとを抱えた飼い主と動物を全力で助ける、頼れる動物看護師の高橋七月子さん。頑張りの裏には、高校生の時に家庭教師から言われた、ある「問いかけ」がありました。
ずっと答えを探しつづけてきた
動物が好きな高橋七月子さんは、獣医師志望だった。大学の獣医学科をまっしぐらに目指し、勉強の毎日。
ある日、家庭教師が言った。「これから面接の練習をしよう」
「なぜ、君の将来の職業は、獣医師じゃなきゃダメなんだい?」と、面接担当者役の家庭教師。
「動物を助けたいからです」と答える高橋さん。だが彼は納得しなかった。
「それは理由にはならないよ。だったら飼い主のいない犬・猫や、野生動物の保護活動をする道もあるじゃない。でもなんで君は、獣医師『じゃなきゃいけない』の?」
法学を学ぶ大学生で、のちに検事になる家庭教師の突っ込みは容赦なかった。高橋さんの目から涙がこぼれた。
「あんなになりたいと思っていた職業なのに、その理由を他人に聞かれて答えられない自分が悔しかったんです」
結局、獣医学科を受験したものの、残念ながら手は届かず。進路の第二候補としていた動物看護師の専門学校へ進み、卒業して動物病院で働き始めた。
なってみると、飼い主と動物に寄り添う動物看護師という職業は、高橋さんにとても向いていた。意欲にあふれ、昼間診療する動物病院に勤務しながら、「無給でいいから」と夜間救急動物病院や、さらには大学付属の動物病院でも、不定期で働いたこともある。
そこでは普段、なかなか見られない症状や検査を体験でき、病気への理解が深まった。その知識を使って飼い主にアドバイスし、役に立てると、何よりうれしかった。
一方、あれほど憧れた獣医師だが。
「手術をする、しないとか、瞬発的な決断は私は苦手。獣医師は向いていないとわかりました(笑)」
やりがいを感じるとはいえ、動物看護師は大変な仕事だ。早々と転職してしまう仲間もたくさん見てきた。
家庭教師に投げかけられた問いは、動物看護師として働く中で、こう変わっていった。「なぜ君が身を置くのは、動物医療業界じゃなきゃいけないの?」
「多分、私、その答えをずっと探しているんです。何となく見つからないから、いつか見つかるまでこの業界に居つづけるのかな」
もしあの言葉に出会っていなければ。「じゃなきゃいけない」理由を考えていなければ。もっと楽な仕事を求めて、とっくに辞めていたかもしれない、と思う。
うちの子、お薬飲めないんだよね
毎日患者と向き合う中で痛感したのが、「言うのは簡単、やるのは大変」だ。
「獣医師は、『お薬出しておきます』って処方するけれど、私たちが受付で言われることって、『うちの子、お薬飲めないんだよね』だったりするんですよね」
獣医師が当然のように言う「1日3回、お薬飲ませてください」が、大きな負担となる人もいる。そんな時、無理なく実践できるよう支えるのは、動物看護師の役目だ。
仕事があり、朝、昼、晩の投薬が難しいなら、朝、晩、深夜にしてもらう。
「夕食と一緒に薬をあげるけれど、口をつけないという悩みには、食事の時間を2時間遅らせてもらうよう助言しました。すると空腹感から、薬入りのご飯を食べてくれるようになりました」
飼い主の生活スタイルを踏まえ、実現可能な方法を提案しながら、一緒に着地点を見つけていく。
「言うのは簡単、やるのは大変」を、骨の髄までわからせてくれた猫がいる。病院で飼っていた、メスの三毛猫の「ちー」だ。おしっこをすると、大声で鳴いて呼びつけるなど、どうやら高橋さんをしもべと思っているらしかった。
ちーは、腎不全と甲状腺機能亢進(こうしん)症を患っていた。病気が進むにつれ、食欲を失っていく、ちー。それを見た獣医師は、こう宣言した。
「強制給餌(きゅうじ)はしない」
いよいよ食べなくなると、口の中にシリンジで食べ物を入れる強制給餌の段階へと進む。だがこれは、動物もやる方もつらいため、しない選択をする飼い主も多い。獣医師も、ちーのことを思って決めたようだった。
残された道はひとつ。日々食欲が落ちていく猫に、自分の意思で食べつづけてもらうしかない。ちーが亡くなるまでの半年間、怒濤の工夫の日々はつづいた。
「毎日毎日、ちーのことを考えていましたね。『明日、何食べさせよう』って」
腎臓病の三毛猫の食生活を支える
ちーに鍛え上げられた結果、食べさせるための引き出しは格段に増えた。そのノウハウをいかして、食生活を支えきった、やはりメスの三毛猫がいる。いったいどんな技で難局を乗り越えていったのか、詳しくみていこう。
体調が悪いと来院した三毛猫。血液検査の結果、腎不全とわかり、腎臓病用の療法食を与えることになった。最初のうちは食べてくれたが、1年半ほどたった頃か、病気が進み、食べる量が半減する。
「そこで、かつおぶしをお茶パックに入れたものを、療法食の中に入れて匂いを移してもらいました」
ちなみにかつおぶしの替わりにマタタビでもOKだ。ドライタイプのフードなら、ミルで砕くのも手だ。「砕くとなめやすいですし、香りも出ます。ゴマもすった方が、いい香りがするのと同じですね」
3~4カ月間はそれでだましだましいくものの、ついに見向きもしなくなった。飼い主は、強制給餌はしたくないという。そこで獣医師と相談の上、食べてくれることを優先し、療法食から普通の缶詰に切り替えることに。
「この時のポイントは、あげるのは2種類ぐらいに決めてもらって、それでいけるだけいくこと。何でもかんでもあげてしまうと、全部飽きられたあと、あげる選択肢がなくなってしまいます」
飼い主は、カツオとマグロの缶詰をチョイス。さらに嗜好(しこう)性の高い人間の食べ物も取り入れようと、ササミもメニューにくわえた。
ササミはゆでて与える人が多いが、高橋さんはフライパンやグリルで焼く方法も勧めている。「ちょっと焦げ目をつけて香ばしくして。人間も、焼き肉の匂いがすると、おなかがすきません?」
この作戦も厳しくなってくると、缶詰をあと2種類追加で出してもらうことにした。「食欲がなくても、小皿を5枚ほど並べて、それぞれに異なるフードを盛って出すと、『どれにしようかな』と悩んだ揚げ句、食べ始める子もいます」
三毛猫も、「おっ。何か新しいのが出てきた」と、好奇心を刺激されたのか、白身魚の缶詰を食べてくれた。
「最終的には刺し身の盛り合わせを買ってきてもらい、全種類、煮たり焼いたりして、気が向いたものを食べさせるよう提案しました」
三毛猫が亡くなるまでの3年間ほど。文字通り、手を変え品を変えてのサポートは続いた。
人に喜んでもらう瞬間が好き
親身な指導のおかげで、三毛猫の飼い主からは絶大な信頼を得た。三毛猫の体調が安定しない日は、高橋さんの出勤日であることを確認し、「ちゃんとみてくれて安心だから」と、病院に預けて仕事に出かけていく。高橋さんが休みの日には預けないという徹底ぶりだ。
ありがたいことに、飼い主からそんなふうに言われたことは一度や二度ではない。処置の最中、動物の体をおさえる「保定」係に、高橋さんを指名してくれる人もいた。
「別に私がしないと、動物が嫌がるわけじゃない。不安な気持ちを伝えたり、アドバイスを得たり。私と話したいと思ってくれたんじゃないかな」
高橋さんは今、こんなふうに感じている。「動物が治っていく過程と、人が喜ぶ姿を見るのが純粋に好き。だから私はこれからも、この業界から離れないと思う」
そう伝えたら、あの家庭教師は何と言うだろうか。
これだけはたしかだ。「高橋さん『じゃなきゃいけない』」と思ってくれる飼い主がいて、その力を必要とする人と動物が、これからもきっとたくさん待っている。
(次回は6月28日に公開予定です)
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