家を失って人間不信になった母猫 新しい家族と出会い、再び甘え上手な家猫になった
チャッピーは、ある日突然、子どもたちと共に家を失った。飼い主の高齢女性が亡くなったのだ。ねぐらもなく、その日その日のご飯にありつけることだけに必死だった暮らしで、息子と娘は先立ってしまう。薄汚れ、人間不信のかたまりのようなチャッピーに緑道で出会った若夫婦は、保護を決意。そんな老猫チャッピーに、3カ月後、「うちの子に」と申し込みが!(前編に続く後編です)
チャッピーはすべてを理解した
けいさんとごうすけさん夫妻の、チャッピー捕獲は成功した。大協力してくれた墨田さんが、すぐに懇意の動物病院へ連れていってくれた。
結果は、白血病も猫エイズも陰性で一安心。腎臓の値がよくなかったが、14歳過ぎなら年齢相応と言えるとのことだった。
病院から戻ってきたチャッピーを、ごうすけさんの建築事務所内に迎える。ケージ内にトイレと餌皿と水を置いてやったが、1日目は餌に口をつけなかった。だが、トイレはちゃんと使い、水は減っている。2日目、餌を食べてくれた。
けいさんは気づく。緑道では、人間が触ろうとしようものならシャーッと威嚇し、爪出し猫パンチをさく裂させる猫だったのに、迎えてから、一度もシャーもパンチもないことに。液状おやつを口に近づけると、外ではけっして食べようとはしなかったのに、ペロペロとなめた。
「ああ、この子は賢い。自分に起きたことをすべて理解しているのだわ」と、けいさんは確信した。外では、どれほど気を張り詰めて生きていたのだろうか。
ファンレターが何通も寄せられる
保護して1週間たった頃、トリミングに連れていった。長い毛にたくさんのゴミやら草やら虫やらを巻き込んで毛玉は大きくなっていた。後ろ脚の動きが不自然だったのは、毛玉が皮膚をひきつらせていたからだった。いったん丸刈りにするしかなかった。
少しずつ少しずつ、チャッピーは気を許していき、触っても平気になり、ゴロゴロまで言うようになってきた。心の奥ではずっと誰かに甘えたかったに違いない。
3週間が過ぎて、フルコースの健康診断へ。尿検査やワクチン接種、耳や目の手入れもしてもらう。どんどん愛らしく、安心した顔つきになっていくチャッピー。甘えん坊の片鱗(へんりん)も見せ、鳴いては人を呼ぶ。
事務所の一角でけいさんが開いているパン工房のスタッフのひとりに、猫と触れ合ったことのない青年がいた。自分のパン作りをガラス窓越しに眺めたり、事務所内であとをついてくるチャッピーとすっかり仲良くなってしまう。
けいさんは、餌を運んでくださっている方に、保護することを前もって伝え、保護報告もしていた。その方をはじめ、チャッピーを気にかけていた人たちが、保護を喜んで会いに来てくれた。親子連れもいる。チャッピー専用に始めたインスタを見た友人や店の常連さんたちも会いにくる。みんなカンパや手紙や餌を持参で。
ファンレターのあて名は「ネコちゃん」だったり「たまちゃん」だったり、「ロンちゃん」だったり。触ることはできなくても、それぞれの名で呼んで、気にかけていたのだった。
「この人がいいわ」
チャッピーは、賢いレディーだった。そして、甘えん坊でさびしがり屋でもあった。
自宅で飼えないために、ごうすけさんの建築事務所に連れてきたのだったが、夜はひとりぼっちにさせてしまう。昼も出入りがあってバタバタしがちだ。事務所ではなく、おうちの中で、存分に甘えさせてくれる譲渡先を見つけるべく、インスタを通じて募集を開始したのは、4月半ば。
さんざんつらい思いをした高齢猫なので、譲渡条件は細やかに設定してある。
募集開始後ほどなく「チャッピーちゃんを迎えたい」と正式に申し込んだ男性がいた。保護後のインスタを見た段階で、「迎えたい」意志を伝えてくれていた、有門(ありかど)さんである。
お見合いの日。初めて会う人には素っ気ないチャッピーが、有門さんにやさしくなでてもらった後のこと。おもむろに伸びをしたかと思うと、けいさんの横を素通りして、有門さんの足元にそっとすり寄るではないか。
「チャッピーが『この人がいいわ』と言ってる!」と、けいさんの心が震えた瞬間だった。けいさん自身、有門さんのチャッピーをなでる手のやさしさや、注ぐ視線の穏やかさに「この人で間違いない」と感じていたという。
5月11日。チャッピーをトライアルに送り出す日がきた。ごうすけさんもけいさんもスタッフたちも、めでたいやらさびしいやら、みんなでナデナデして送別をする。猫を触ったことのなかったスタッフはこんなことを言う。「チャッピーがいなくなったらさびしい。また保護しないんですか」
あたらしい家に到着したチャッピーは、まずトイレを確認し、悠然と歩き回った。
「のんびりそばで暮らしてもらいたい」
トライアル2日目の有門さんに、電話でチャッピーの様子を聞いた。
「ソファの下に陣取って、すっかりくつろいでますよ。甘え鳴きしては、僕を呼びつけます。トライアルは一応来週までだけど、僕の気持ちは正式譲渡で決まっています!」
有門さんは、法律事務所に勤める30代のひとり暮らしだ。悪性腫瘍(しゅよう)のひとつである「扁平(へんぺい)上皮がん」を患った愛猫「福」を、看護の末、昨年末に見送っている。2年半前に外で出会ったノラのシニア猫で、毎日ご飯をデリバリーして、ひと月後に保護した。初めての猫だった。
「福ちゃんを看護した経験があるからこそ、チャッピーのことも迎えられると思ったんです」と、有門さんは気負いなく語る。腎臓や便秘などのケアも含めて、チャッピーの余生はまるごと引き受けた。
手をつなげば、きっと救える
過酷な環境を生き抜き、保護後は事務所のみんなをとりこにし、自分で終生の家族を決め、さっそうと新しい猫生に旅立っていったチャッピーを、けいさんは「猫徳のあるすごい猫だ」と思っている。
チャッピーを送り出したあと、奄美のノネコの預かりボラや譲渡会のお手伝いなど、自分たちにできることを続けていくつもりだ。仕事をしながらでも子育てしながらでも、できることは必ずある。
チャッピー保護を通してふたりが痛切に思うことは、墨田さんの願い続けていることに重なる。
「どうか、飼うのなら、手術をして最後まで責任をもってください。可愛いからと安易な気持ちで猫を飼い始め、飼いきれなくなったり、残して亡くなったりするケースが後を絶ちません。不幸な境遇の猫を見かけたら、救いの手を差し伸べてほしい。一人ではできなくても、手をつなげば、きっと救えます」
有門さん自身、福ちゃんを保護するときには、動物福祉に関わっている仲間に背中を押してもらったという。看護中は、敬愛を込めて「下僕さん」と呼ぶ、26歳のおばあちゃん猫を育て見送った方にも大きな力をもらった。
チャッピーとのこれからを有門さんに尋ねたら、こんな答えが返ってきた。
「チャッピーは甘え上手。これからはのんびり好きなように暮らして、『今が一番いい』と思ってもらえれば、下僕冥利(みょうり)に尽きます(笑)」と。
5月17日、チャッピーの正式譲渡が決まった。有門さんが大事にとっていた福ちゃんの首輪を、チャッピーは引き継いだ。
チャッピーを送り出したごうすけさんの事務所には、また新入りがやってくる。譲渡までを預かる奄美のノネコだ。
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