トルコの野良犬の目線で描かれた映画『ストレイ 犬が見た世界』 監督インタビュー

ストレイ 犬が見た世界
ストレイ 犬が見た世界 © 2020 THIS WAS ARGOS, LLC

 トルコが犬の殺処分ゼロの国だと知っていましたか? なかでもイスタンブールは野良犬が悠々と街を歩き、市民と信頼関係を結びながら、共存生活を送っているまれな都市です。その犬たちの暮らしぶりを、彼ら彼女らの目線と同じローアングルで撮影したドキュメンタリー『ストレイ 犬が見た世界』が3月18日より公開。自身も愛犬家のエリザベス・ロー監督に、制作にまつわる秘話、そして動物と人間との深い絆について伺います。

(末尾に写真特集があります)

野良犬が市民と共存する街、イスタンブール

――『ストレイ 犬が見た世界』は2018〜2019年の半年間にわたって、毎日カメラを回し続けて完成した作品とのこと。動物の、それも“野良犬”のドキュメンタリーを撮るということは、相当な苦労があったのではないでしょうか。

エリザベス・ロー監督(以下、監督)「現地に入る前から、野良犬を撮る時点で行動の予測ができないだろうと考えていました。なので、当日撮影した犬を翌日も追いかけたい場合は、ペット追跡用のGPS首輪をつけて、私のスマートフォンとひもづけておいたのです。

 そこでとても興味深かったのが、彼ら彼女らの行動範囲の広さでした。昼間はもちろん、夜間にも都市のいろんな場所に出かけていたのです。と同時に、だいたい同じような場所に戻ってくることもわかり、野良犬にもホームと呼べる場所があることを理解できました。

 最初は、撮影のために食べ物で犬たちの気を引こうと試みたこともありました。しかし市民によって十分な食事が与えられているため、全く反応してくれません。人間の都合では誘導できないことがよくわかり、野良犬の生活リズムに合わせて、ただ彼ら彼女らの暮らしと息づかいを追っていこうと決めました。結果、それが素晴らしい物語を紡ぐことになったのです」

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メーンキャラクターのゼイティンをローアングルで追う © 2020 THIS WAS ARGOS, LLC

――このドキュメンタリーの中核となるのが、推定2歳のメス犬、ゼイティンです。彼女を主役に据えたのはなぜだったのでしょう。

監督「ゼイティンとの出会いは運命的だったと言えるかもしれません。まだ撮影初期のこと、人でにぎわう地下トンネルに突然大型犬が現れ、人の波をくぐり抜けて行ったのです。その様子はまるで『失礼、用事があって急いでいるの』と言わんばかり。不思議の国のアリスが白うさぎについていくように、私たちも彼女のあとを追いかけることになりました。

 何よりひかれたのは、その顔つきです。瞳にしっかりと表情があり、頑固で意志が強く、自立しているところも魅力でした。私たちはゼイティンにイスタンブールという街をガイドしてもらい、さらに犬がこの街をどう見ているのか、街中の何に興味をもつのかまで、すべてを教えてもらったのです」

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ゼイティンは筋肉質で毛並みもよく、街の人々も「強く、美しい」と一目置いていた © 2020 THIS WAS ARGOS, LLC

犬には、心の声をくみ取る力がある

――映画監督として、野良犬とコミュニケーションしながら、どんなことを感じましたか?

監督「動物とのコミュニケーションですてきなのは言葉を介さない、つまり言語より古い方法で心を通わせることです。イスタンブールの犬たちは市民との触れ合いが盛んなので、そもそも社交的。人間のボディーランゲージを読み取りながら生きているということもあり、異文化圏から来た私とも、自然とコミュニケーションが取れたのは貴重な経験でした。

 さらに不思議だったのは、撮影中に『今は入ってきてほしくない』というタイミングで子供たちが近づいてきたりすると、ワンと吠えて遠ざけたりしてくれたこと。言葉にしていない、表情にすら出していない心の声をくみ取り、行動に起こす。犬にはそんな力があるのかもしれないと感じました」

――本作では、路上生活をしているシリア難民の少年たちと、犬との触れ合いも描かれています。

監督「それぞれ家をもたない人間と犬とが、仮の家族のような関係を築いていることに強く心を打たれたのです。少年たちはとても犬を欲しがっていて、それは家族を増やしたいという思いの表れだと感じました。犬といることで、自分たちは漂流者ではない、何かに帰属している、そういう安心感が得られたのだと思います。

 路上生活を余儀なくされている難民と、路上で暮らすことを選んでいる犬。立場は違えど、社会的弱者としてもろい状況で生きていることに変わりはありません。イスタンブールの犬たちも、数カ月前までは法律で守られていたのが、今はある事件を機に大統領より捕獲の令が出されているといいます。誰しもが不平等な環境に置かれることがないよう、私たちは声を上げていかなくてはなりません」

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シリア難民の少年たちがどうしても欲しがったのが、表情の愛くるしいカルタルだった © 2020 THIS WAS ARGOS, LLC

人間と自然界をつなぐ橋のような存在、それが犬

――作品をつくり上げるなかで感じた、犬ならではの特性や個性があれば教えてください。

監督「改めて、感受性豊かな生き物だと感じました。歴史を振り返ると、犬は人類とともに進化してきたし、人類も犬なくして野生から文明へ発展を遂げることはなかったでしょう。今、人類は人間中心主義になっていて、自然界から切り離されてしまっています。その喪失した部分を埋めてくれるのが、犬なのではないでしょうか。人間にとって犬とは“自然界との架け橋”のような存在ではないかと感じています」

――東京をはじめとした世界の大都市では、野良犬を見かけることはほとんどありません。人間にとって、また野良犬にとってどんな世界が理想だと考えますか。

監督「東京やニューヨーク、私が育った香港も同じく、発展した大都市では、野良犬や野良猫が街中で生きることは人道的ではないと考えられていると思います。野良犬を保護してペットとして所有することが人道的だという考えもあるのかもしれません。ただ私は、誰かに飼われているわけではない動物たちを、地域の人々でケアし、触れ合う。その素晴らしさをイスタンブールで実感したのです。

 もちろん、すでに野良犬がいない都市部では難しいことでしょう。しかし撮影を終えて、香港とロスに戻ったとき、地域のコネクションや犬たちとの触れ合いを求めている自分に気がつきました。犬たちが自由に通りを歩き、街を駆け回る。そんな犬と人々が触れ合い、面倒を見る。そういうコミュニティーを築くほうがより文明的だと感じたのです。

 それは、犬たちとの絆やコミュニティーとのつながりが、人間の魂にとって、そして街の魂にとっても、素晴らしい養分になっていると感じたからかもしれません。人と動物が本来の姿でいられること、そういう世界が理想だと考えています」

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市民に混じって、イスタンブールの街中で自然にたたずむゼイティン © 2020 THIS WAS ARGOS, LLC

『ストレイ 犬が見た世界』
2022年3月18日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
監督:エリザベス・ロー
出演:ゼイティン、ナザール、カルタル(犬たち)ほか 
配給:トランスフォーマー
公式サイト:https://transformer.co.jp/m/stray/
© 2020 THIS WAS ARGOS, LLC

本庄真穂
編集プロダクションに勤務のち独立、フリーランスエディター・ライターとなる。女性誌、男性誌、機内誌ほかにて、ペット、ファッション、アート、トラベル、ライフスタイル、人物インタビューほか、ジャンルとテーマを超えて、企画・編集・ライティングに携わる。

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