肉親を亡くした青年と修羅場を生き抜いた猫 ゆっくり心を通わせ家族になっていく
祖母と母。大切な同居家族を立て続けに失った青年は、「家族」を求め、保護猫の譲渡会に出かけた。そこで心惹かれたのは、自己アピールが苦手な、地味でおとなしい猫だった。ふたりは一緒に暮らし始め、少しずつ少しずつ打ち解けて、かけがえのない「家族」になっていく。
新しい家族は、はにかみ屋
しんごさん(31歳)は、建築関係の仕事をしている。一軒家で同居するのは、推定年齢3歳過ぎの、キジトラの雌猫「メルル」だ。自己主張のない、おとなしくひっそりとした猫である。顔や体が丸っこく、耳が短いのは、スコティッシュフォールド種の血筋だと思われる。
彼女は、去年の夏の終わりに、しんごさんの家にやってきた。
しんごさんとメルルの出会いは、昨年8月に、近場のホームセンターで開かれた保護猫の譲渡会である。福祉活動として猫の保護譲渡も精力的に行っている団体「goens(ごえん)」が保護した猫たちが、譲渡先を求め参加していた。
しんごさんは、その日、譲渡の際の後見人となる叔父さんと共に会場に出かけた。猫と暮らしたこともなかったし、譲渡会に行くのも初めてだった。こんな猫を、というイメージがとくにあったわけではない。
スタッフが、初めての猫として飼いやすそうな何匹かの猫の説明をしてくれた。どの子にも、それぞれの可愛さがあった。だが、しんごさんは、ひとつのケージから目が離せなかった。「メルル 雌3歳」と書かれたケージの奥には、丸っこい小ぶりのキジトラが、気配を消して固まっていた。
「丸い顔と小さな耳。おっとりとした感じで、なんてかわいい子なんだろう、と思いました」と、しんごさんは、その時のメルルの印象を語る。
しんごさんは、メルルを無理に触ろうとするわけでもなく、やさしく何やら話しかけている風だったが、しばらくして、「この子を迎えたいのですが」と申し出た。
goensでは一人暮らしの男性であっても、人柄本位で譲渡対象としている。代表の今井さんもスタッフも、しんごさんの猫を見る目のやさしさと言葉遣いのていねいさに、すぐに好印象を抱いた。棟続きで、兄さん家族も、叔父さんも暮らしているとのことで、何ら問題はない。
トライアル申し込み時の面談で、goens代表の今井さんは、しんごさんが猫を迎えようとしたわけを知る。そして、しんごさんは、メルルのつらい過去を知る。
同居の家族を次々と失った
しんごさんは、祖母と母との3人でずっと暮らしていた。祖母ががんを患ってからの十数年は、兄夫妻とおじさんの手助けも受けながら、母とふたりで自宅介護を続けた。だが、その母にも2年前にがんが見つかる。50代初めという若さだけに病の進行は早く、別れまではあっという間だった。残された祖母の介護を母の分も尽くしたが、祖母も去年旅立った。
「立て続けに同居家族を亡くしてしまって……。家に帰っても誰もいないのがどうしようもなくさびしくて、家族がほしかった。猫はずっと飼いたくてたまらなかったのですが、母が首をたてにふらなかったんです。ひとりになった今、猫を迎えようと思いました」
「無理せず、メルルのペースでゆっくり信頼関係を築いてください」というのが、トライアル開始時のgoensからのアドバイスだった。メルルと仲良くなるのは、ちょっとばかり時間がかかりそうだった。
面談の時、しんごさんが今井さんから聞いたのは、メルルは人間と一対一で心通わすことを知らずに生きてきた子という身の上であった。
メルルは、多頭飼育崩壊の家のゴミの山から救出された猫たちの1匹だった。高齢の女性のひとり暮らしだったが、近所付き合いがなかったために、誰も猫の存在に気づいていなかった。
飼い主は家の中で倒れ、1週間後に発見されて、救急搬送先から戻ってはこなかった。ゴミの山には、数体の猫の亡きがらと、痩せた20匹ほどのよく似た猫たちが残されていた。未手術のまま、同じスコティッシュ・フォールド種のキジトラ猫が増えていったと思われる。
ご飯は足りていたのか、暑さ寒さはどうしのいだのか、きょうだいが亡くなっていくのをどんな思いで見ていたのか、想像もつかぬ修羅場をメルルは生き延びてきたのだ。メルルのようにおとなしい子は、隅っこで身をすくめていたのかもしれない。
生き延びていた子たちはみな猫風邪をこじらせていて、後遺症の手当てが必要だった。メルルも、口内炎と鼻炎、片目の白濁が見られたが、ほぼ治療が終わった段階で譲渡会に参加したのだった。
少しずつ少しずつ家族になろうね
今井さんは、譲渡後も、ラインでこまめに譲渡先と連絡を取り合う。一日一日と愛され顔になっていく譲渡猫たちの写真に添えられた飼い主の猫自慢が、何よりもうれしい。相談事も気軽にしてもらい、親身にアドバイスをする。
なかなか心を開かずにいるメルルを心配するしんごさんには、「メルルのペースで」と励まし続けた。
やがて、メルルは部屋の真ん中のソファの上がお気に入りの場所となり、そこでスヤスヤ寝入るようになった。そうっとしんごさんがなでても、平気になった。
寒くなってきた頃には、しんごさんが布団にもぐると、ついていてすぐ隣で寝るようになった。
今井さんのところに送られてくるメルルの写真が、どんどん柔らかい表情になっていく。添えられたしんごさんの言葉にも喜びがあふれる。
「気づくとそばで寝てくれてます。ああ、安心してくれているんだなあと、うれしくなります」
「仕事に出かけている間、どう過ごしているのか心配で、ペットカメラを取り付けました。ソファの上でほとんど寝てました」
「椅子の上でなでてるときはめちゃくちゃ甘えてきます。なんでそこだけなのー(笑)」
まだ抱っこもさせてくれないし、自分から寄ってもこないけれど、時間をかけてゆっくり家族になっていきたいと、しんごさんは言う。ほほ笑んでメルルを見やる目には、いとおしさがあふれている。
「家に帰ったときにこの子がいてくれることが、どんなにうれしいか。家族になれてほんとうによかった!」
メルルと同じ現場から保護された子たちは、次々とシェルターを卒業して愛情深い家庭に迎えられていった。残るはあと2匹。譲渡会に出ると体調を崩していた「ふみや」と、同じく繊細な「ひかる」が、体調も整い、終生の家族が現れるのを待っている。2匹とも性格はなまるで、家猫になったら甘えん坊になりそうだ。
goensのメンバーたちは、信じている。ふみやとひかるにも、きっといいおうちが見つかる、と。繊細なメルルが、まるごと愛してくれる優しい飼い主に巡り合ったように、どの子もどの子もピッタリの家族と巡り合い、共にしあわせになっていく姿を、これまでまざまざと見てきたからだ。
goensでは、「どの子もしあわせに」という活動の理念をよく理解する「島忠ホームズ」ホームズ蘇我(そが)店の大協力を得て、譲渡会を続けている。
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