ペット療法食の高額転売 危険性を指摘する獣医師に聞いた、飼い主に知ってほしいこと

 コロナ禍で、本来は動物病院での処方が想定されているペットの療法食がネットで高額転売され、本当に必要とする動物の飼い主が購入しづらくなっている。

 この状況を問題視する、広島県の動物病院「まるペットクリニック」の菖蒲谷友彬院長は、飼い主からの署名を集め、ほぼ1人で個人転売者、通販事業者への呼びかけを続けてきた。

 療法食転売の仕組みと危険性について、菖蒲谷先生にお話を伺った。

転売商品、なにが問題?

――そもそも「療法食の転売」とは、どのような状況を指すのですか?

 療法食とは、特定の症状のある犬や猫の健康管理のために開発されたペットフードです。もともとは動物病院で処方を受けた場合のみ手に入れることができたのですが、現在はネットやホームセンターなどで、獣医師の診察を受けなくても簡単に手に入るようになりました。

 動物病院で販売するものと動物病院と連動した宅配サービス以外は、すべて「転売品」にあたり、さまざまな問題の元凶となっているのです。

――「診察を受けずに療法食が買える」というのは、人によっては便利で助かるという声もありそうですが、なにが問題なのでしょうか?

 私が直近で最も問題視しているのは、コロナ禍における療法食の高額転売です。獣医師としての私の経験上、療法食が必要な動物の多くは、別の治療を並行している可能性が高いです。高額転売品を購入して飼い主さんの予算がなくなることで、治療の継続が難しくなってしまったという事例を聞いています。これは動物の命に関わる重大な問題ですよね。こうした高額転売は、転売行為があるからこそ起きてしまうのが現実です。

ツイッターの画面
『まるペットクリニック』のツイッターで、高額転売への思いをつづる

 また、獣医師の診断なく健康な動物に療法食を与えることそのものが、ペットに重大な健康被害をもたらすリスクがあります。

 実は療法食の中には、あえて栄養を偏らせているものがたくさん存在します。たとえば、腎臓病をケアするとうたっているフードは、「腎臓に悪いものを排除した」フードなのですが、多くの飼い主さんは「腎臓にいいものが入っている」フードだと誤解しています。

 私が知っているところでは、飼い猫を腎臓病で亡くした飼い主さんが、次に迎えた猫に自己判断で腎臓病ケアのフードを与え、成長不良にさせてしまったケースがあります。これは、腎臓ケアのフードのみでは成長期の子猫に必要な栄養素がとれなかったことが原因でした。

 こうした療法食の乱用によるペットの健康被害は実際に多数報告されています。この現状は転売によって獣医師の判断なく療法食を購入できるようになった結果と言えるでしょう。

転売が広がる理由とは

――とはいえ、療法食の転売はすでに一般化しています。なぜここまで広まってしまったのでしょうか?

 本来療法食は動物病院で獣医師の処方を受けて購入するものですが、実は動物病院にとって、療法食はあまりよい商材ではないのかもしれません。場所もとりますし、在庫管理も必要になります。賞味期限が切れてしまえば、廃棄するしかありません。このような事情から、獣医師によっては転売品を勧める人もいます。

 「転売ヤー」(転売屋)は、獣医師の診察をはぶくことで、獣医師に給料を支払う必要がなくなり、その分利益を上げています。こうした転売ヤーがECサイトの普及によって爆発的に広がり、転売品が出回ったことで動物病院に卸す商品が品薄になりました。さらにその状況を見た転売ヤーが販売量をコントロールすることによって商品の希少性を高め、療法食を必要とする飼い主さんたちが、高額にもかかわらず商品を購入してしまうのです。

ツイッターの画面
高額転売品が出回る事情を推察する(菖蒲谷先生提供)

 また、フリマサイトの普及も高額転売が増えたひとつの要因です。私はこれまで、フリマサイトで高額転売を行う複数の出品者にコンタクトを試みてきましたが、興味深いことに出品者の多くは、もともと高額転売の被害者でもありました。「療法食が品薄で、手にいれるには高額出品者から購入するしかないのです。そこで高いお金を出して手に入れた療法食を、余ってしまったからまた高いお金で転売する」、という個人転売の悪循環がフリマサイト内で起きていました。

――菖蒲谷先生は、療法食の転売をなくすために、どのようなアプローチされているのですか?

 本来であれば転売を取り締まる法整備が必要ですが、ハードルが高いのが現実です。

 そこでまずは、高額転売の場を提供している通販サイト、フリマアプリ、インターネットオークションの運営元に向けて、高額転売の禁止を求めてきました。現在、オンラインで高額転売反対の署名を集めており、これらの事業者には集めた皆さんの声も提出してきました。

 またフリマサイトやECサイトで高額転売を見つけては運営サイドに通報することを続けてきました。これらの活動は私個人が始めたことですが、ツイッターで発信するようになってからは賛同者が増え、個人転売者への通報を手伝ってくれる方も増えました。

 こうしたことをうけて、犬猫の療法食について今年9月、メルカリが当面の間出品禁止、楽天の「ラクマ」が出品を禁止(社会情勢に応じて見直しの場合あり)、ヤフオク、PayPayフリマも一時的に出品禁止としました。

 悪循環を根本から解決するには、仕組みづくりが必須です。私は11月から、療法食の買い取りと販売を始める予定です。具体的には、各地の動物病院から不要な療法食を回収して買い取り、飼い主さんに向けて販売する仕組みです。購入を希望する飼い主さんのかかりつけ獣医師に連絡をとり、了承を得られた場合のみ販売します。現在、スタートに向けて準備を進めているところです。

署名サイト画面
高額転売禁止を求めるオンライン署名サイト

飼い主ができること

――転売商品を購入しないために、飼い主としてできることはあるのでしょうか?

 どうしてもネットで購入したいという飼い主さんには、動物病院と獣医師の指示に基づき、一部のメーカーが行っている直販サイトでの購入をお勧めしています。

 独占禁止法により転売自体を止めることはできないため、独自に転売対策に力を入れているメーカーが増えています。中には直販サイトでまとめ買いをすることでお得になる制度を導入しているメーカーもあるので、転売サイトから高額で購入するよりもお得に買うことができます。

 また、飼い主さんが獣医師と連携して正しい情報をキャッチすることも重要です。高額転売品を購入する前に、まずは動物病院に相談してほしいと思います。私が経営する「まるペットクリニック」では、療法食が必要な動物のために手を尽くしてメーカーからの在庫を確保しています。

――まずは信頼できる獣医師と連携をとって、冷静に判断することが高額転売に加担しないために重要なのですね。

診察する獣医師
猫の診察をする菖蒲谷先生(菖蒲谷先生提供)

 高額転売の問題は、転売をする人や、転売の舞台となるプラットフォームだけが悪いのではありません。品薄状態であるにもかかわらず販路を狭める努力をしないメーカー、かかりつけの獣医師を通さずにネットで転売品を購入してしまう飼い主さん、そしてそんな飼い主さんを前に食事指導の情熱を失ってしまった獣医師、それぞれに原因があると思っています。すべて人間が引き起こした問題であり、その被害者は犬や猫なのです。

 今は情報過多の時代なので、ネットでなんでも解決しようとする飼い主さんも多い。でも獣医師はその子自身を見て、その子が安心して食べられるものを選び、正しい食べ方の指導も含めて診療としています。

 ペットの健康のためにも、どうか信頼をおける獣医師を探して、正しい指導のもと療法食を手に入れてください。それがひいては、転売をなくすことにもつながります。

◆オンライン署名はこちらから

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原田さつき
広告制作会社でコピーライターとして勤務したのち、フリーランスライターに。SEO記事や取材記事、コピーライティング案件など幅広く活動。動物好きの家庭で育ち、これまで2匹の犬、5匹の猫と暮らした。1児と保護猫の母。猫のための家を建てるのが夢。

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