愛猫の介護をきっかけに動物看護師に転身 いまは飼い主と猫のためスキル磨く日々
高齢猫が病気になり、飼い主の女性はそれまでの仕事を辞めて、在宅で懸命に介護をした。往診の先生に点滴を習いながら、“幼い頃の夢”は動物関係の仕事だったと告げると、思いがけず背中を押されて……40代になって動物病院に転職した女性の“思い”とは。
きっかけは先代猫の介護
「うちの猫を紹介します」
都内に住む40代の典佳さんにリモートで取材をしていると、目の大きな黒猫が画面に映った。しばらくすると別の黒猫がきて、さらに長毛の黒猫が典佳さんのひざに乗った。
「4歳のやんちゃなカイザ君と、3歳の甘えん坊のノイアーちゃんと、2歳の女王様タイプのミュラーちゃん。3匹の黒猫軍団です(笑)。我が家だけでなく、職場でも猫に会えるので、すごく楽しいです」
典佳さんは、江戸川区にある猫専門の動物病院「猫の病院シュシュ」で動物看護師として働いている。異業種から転職して、ちょうど3年半が経つという。
「私が動物看護師になろうと思ったのは、先代のくぅちゃんの介護がきっかけです。その子も黒猫でした」
くぅは、典佳さんが20代の時に一人暮らしをしていたマンションのベランダで保護したオスの猫だ。典佳さんは動物好きで、子どもの頃から実家で猫を飼っていたが、おとなになって飼うのは初めて。くぅを大事に育てた。
ところが、16歳を過ぎた頃、くぅがとつぜん夜鳴きと徘徊をするようになった。当時のかかりつけの動物病院に連れていくと、認知症と診断された。
「夜になって痙攣発作を起こしたので病院に連絡すると、『寿命だと思うので、病院に来てもらってもできることはない、家で看取るように』と言われて……。でも苦しそうだったので救急に行こうと思ってネットで調べていたら、近くに往診専門の病院があることがわかり、すぐに連絡しました」
先生に来てもらい、注射などの処置をしてもらうと症状が落ち着いた。くぅののけぞるような痙攣やおもらし、発作の後の旋回の様子から小脳の腫瘍が疑われたが、高齢で精密検査はリスクがあるため、そのまま自宅で緩和治療をすることになった。
「往診の先生は高橋先生というのですが、帰る時にくぅちゃんに『まだ大丈夫だよな、また会おうな』と声をかけて下さって。その後も発作が起こると高橋先生に注射をお願いしました。皮下点滴の仕方を先生に教わり、自分も家でするようになりました」
典佳さんはくぅが倒れる前まで戦隊俳優などの動画を撮るムービーカメラマンをしていたが、介護に専念するため、仕事を辞めた。そして、くうのお世話をしながら通信で勉強し、キャットスペシャリストの資格を取った。
その時は「動物病院で働く」いう発想はなかったが、ひょんなことから夢が広がった。
往診の先生に背中を押されて
「往診時に、小学校の卒業アルバムに書いた将来の夢は『動物に関わる仕事』だったと話したら、『今からでもいいんじゃないですか?』といわれました。動物関係の専門学校や大学を出ていなくても働ける病院があると教えていただき、くぅちゃんと同じような症例を現場で学びたいな、いつかがんばって働きたいと思うようになりました」
くぅもがんばり、何度か発作を起こしながらも高橋先生の処置と典佳さんの介護に応えるように1カ月、また1カ月と生き、最初の痙攣から約半年後に静かに旅立っていった。
典佳さんは別れのショックやストレスから全身が痛む病にかかり、ひと月ほど寝込んでしまった。だが、くぅの四十九日が過ぎた頃、友人から「くうちゃんと同じ部分に白い毛がある黒猫が家族を募集している」と聞いた。それが冒頭に紹介してくれたカイザだ。
“運命的なもの”を感じてカイザを迎えると、働く意欲が戻ってきた。
「やはり動物病院で仕事がしたいと思い、ネットで探していたら江戸川区の猫専門病院が動物看護師を募集していました。連絡をしたら、面接にきてほしいといわれて……」
今は資格がないが、猫の介護や別れの体験、これからしたいことを熱心に話すと、典佳さんは当時の院長に見込まれ、「来てください」と、職を得ることができたのだった。
愛猫と同じ症状の子が診察室に
動物看護師の仕事は、掃除、受付(問診、会計)、処置の準備、保定、薬の作成など多岐にわたる。典佳さんは週5日病院にいき、診察室で多くの症例を見るようになった。
ある日、かつてのくぅちゃんと似た症状の子が病院にきて姿がだぶった。
「くぅちゃんと同じような年齢で後弓反張(後ろに反るように痙攣)を起こし、眼振(がんしん)がありました。その子は脱水して毎日皮下点滴のために通院し、強制給餌が必要だったのですが、自分の経験から、オーナー様もいくつかのアドバイスができました」
家で痙攣を起こした時に、暴れて高い所から落ちないように気を付けること、ふらふら歩いている時は頭を打たないようにサークルに入れた方がよいこと、体温が下がっていたらペットボトルにお湯をいれて温めてみるといいこと……。
くぅの病気や気持ちを知りたくて飛び込んだ仕事だが、多くの猫と飼い主の幸せも深く願うようになった。看護のスキルをあげるために、猫専任従事者(CATvocate)という認定プログラムも習得した。
まだ夢の途中
プライベートでは、カイザを迎えた翌年、ノイアーを保護猫などの総合サイト(ネコジルシ)で見て、「可愛い子だな」と引き取ることにした。ノイアーは、カメラマンの太田康介さんが、震災後に通った福島で保護して東京まで連れてきた子猫の一匹だ。
さらのその後、ツイッターで知り合った人が保護した長毛のミュラーを迎えた。
「一匹飼いのくぅちゃんを亡くしてペットロスになったので、複数の猫と同時に暮らしたかったんです。同じ黒猫でもキャラも顔も違って面白い。みんな若いけど、ノイアーは房室中核欠損という病気だとわかり、毎日投薬しています。家の猫を見守りながら、病院に来る猫も支えたいですね」
典佳さんは、元気のない猫の痛みやつらさが落ち着き、ご飯を食べて元気に病院から帰る姿を見るのがとてもうれしいという。また、病院に迎えにきた飼い主さんに“猫が甘える姿”を見るのが大好きだ、とも。
動物看護師の職は、今後、国家資格になることが決まっている。5年の実務経験があれば資格試験を受けられるので、典佳さんはあと1年半勤務して、試験を受けるつもりだ。
「私を受け入れて、ゼロから育ててくれた(当時勤務していた)女性獣医師にいい報告ができるよう、そして皆さんに信頼してもらえる看護師になれるように、一生懸命、勉強中です」
天上のくぅちゃんも、地上の黒猫軍団も「ママ頑張って」と応援していることだろう。
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