がんになった女性「元気になったら猫を飼う」と決めた 今は2匹の姉弟猫と幸せな日々
40代のある女性が、子宮頸(けい)がんに罹患(りかん)した。手術で子宮と卵巣を全摘することになり、自分の子どもが産めなくなるという現実にぶつかる。それ以前に、命はどうなるのか……。突然のことに戸惑うなか、猫を飼う友人たちから「元気になったら猫を飼うといい」と勧められる。手術の1年後、女性は医師のOKをもらい、2匹の子猫を飼い始めた。子育てに追われるうちに前向きになったという女性に、会いにいってみた。
犬との違いに驚く
マンションの1DK。キャットタワーや爪研ぎが置かれたダイニングを通って奥の部屋にいくと、窓辺にもう1台キャットタワーがあり、猫たちが日を浴びてくつろいでいた。
出版社に勤める飼い主の池田さん(45歳)が、猫を優しく見つめながら説明する。
「むぎわら(サビ)が女の子の虹で、茶トラが男の子の天。1歳9カ月の姉弟なんです。部屋からの眺めがよくて、猫たちもお気に入りです」
池田さんの実家には今年18 歳になるパピヨンがいて、犬のことはよくわかっていた。でも猫と暮らすのは初めて。実際に暮らしてみて驚いたという。
「一緒に暮らしてすぐに『夜行性だ』と思いました。動き方も違いますね。犬はある程度の高さまでしか乗らないけど、猫はどこまでも上に登る(笑)。バネが違うんですね」
猫は前脚の使い方が器用で、何にでも興味をもち引っ張ろうとする。そのため飾り付けを極力しないといい、部屋がすっきりしている。
「前のマンションはワンルームだったのですが、ガスレンジに乗っかってヒゲを焦がしたので、キッチンがドアで区切れるこの部屋に引っ越してきたんです。大変なこともあるけど、一緒に暮らしているうちに私はどんどん元気になりました……」
猫を飼うことを目標にした
池田さんが2匹を迎えたのは一昨年7月。じつはその1年前に、がんの手術を受けた。
「子宮頸がんが見つかったのは42歳の時。不正出血が続いて病院で検査をしたら、『悪性腫瘍です、すぐきてください』と呼ばれて。さらに検査を重ねた結果、広汎子宮全摘手術をすることになったんです」
ステージはⅠだが、転移しやすい腺がんといわれるタイプだった。手術前には再発のリスクも高いと医師に言われ、いろいろな思いがめぐったそうだ、
「やはり“がん”という言葉の重さがあり、死んじゃうのかもしれないという恐怖が大きかったです。独身なのでもし自分が死んでもそう困らないかという思いも実はあったのですが、一方で、生きる道、生きる張り合いを探りたいと強く思いました」
命を守るためには子宮と卵巣の“全摘”以外の道はなく、池田さんは医師に「今後、子どもは産めません」と言われていた。
手術を受けるまでに1カ月半あったが、ちょうどその間に、同じように独身で一人暮らしをする近所に住む友人が猫を飼い始めた。
「『猫を見においでよ』と言われて行ったら、すごく可愛くて癒やされたんですよね。彼女も一人暮らしでしたが、『1人でも飼えるんだ。猫がいる生活っていいな』と思いました」
池田さんは、同じ時期に、別の友達からも猫を勧められたという。その友達は遺伝性の糖尿病で厳しい食事制限があり、食の楽しみなどがないが、猫を複数飼っていて、「猫がいると猫のためにがんばろうと思える」と話してくれた。
「他にも、会社の上司の奥様が闘病中に犬を飼ったら元気になったという話も聞いていたし、よし私も元気になったらペットを飼おう、猫がいいなと思うようになったんです」
ゴミ袋に入れられていた子猫と出会う
手術でがんはすべて取り切れたが、腸閉塞などの合併症で入院は1カ月半に及んだ。いっときは体重が10㎏も落ちたが、徐々に体力が戻り、3カ月後には仕事に復帰した。
ネットにあがっていた子猫を見かけたのは、退院の7カ月後だった。
「友人の友人がミルクボランティアをしているのでインスタをフォローしているのですが、5月半ばに茶トラの子の写真を見て、『まあ可愛い!』と思い、すぐに会いにいきました。きょうだい5匹でゴミ袋に入れられ置き去りにされて、レスキューされた子でした」
実物の子猫はほわほわして可愛く、ますます「欲しい」と思ったそう。そして、1匹飼うつもりが「2匹飼おうかな」という気持ちになった。
「ミルクボランティアの方に、実家で犬を飼っているといったら、『猫3匹で犬1匹くらいの労力』といわれて(笑)、あと『留守番が多い家は2匹の方がいい』ともいわれ、天ちゃんと気の合う虹ちゃんを勧められました」
子猫は避妊や去勢を受けるまでミルクボランティア宅で過ごすことになっていたので、待っている間に主治医に「猫を飼おうと思っている」と話すと、「いいじゃない、飼いなさいよ」と背中を押してもらった。
もちろん家族にも相談し、何かあった時には、「猫たちは妹一家に託す」と約束をした。
そして7月、念願の猫たちが池田さんの元にやってきた。冒頭のように犬との違いにも驚いたが、虹は少しおなかに問題があり、いたずらでもあり、慌てた時もあったようだ。
猫の世話で幸せホルモン補充
「虹はもともと腸が悪いのか、薬を飲んでいても軟便で、うんちを踏むと部屋中につくので、トイレ前で待ち構えてお尻や脚を拭いてあげています」
昨年2月には誤飲もした。どこかから引っ張り出したのか、床に、フェルトのひもの部分が短くなったオモチャが落ちていて、虹が嘔吐をした。
「もしやと思って病院に連れていきましたが、エコーしかなくてわからず、夜間に別の病院にいって内視鏡で見ると、ひもを飲んでいて……口からしゅるしゅると出てきたみたいです」
誤飲はオスの方が多いのか、獣医師に『虹ちゃんは女の子なのに珍しい、気合で飲んだのかな』といわれたそう。
「ひものほか布にも興味があるので目が離せません。その後、天も私が就寝中につけていたマスクのゴムをかんだので、とにかくこの子たちが誤飲しないように気を付けています」
手術から2年半以上が経つ今、池田さんの健康面はどうなのだろう。
「術後は化学療法などの追加治療はありませんでしたが、卵巣を取ったせいで更年期障のような症状がでるので、ホルモンを補充する薬を飲んでいます。やはり疲れやすかったり落ち込むことがあったので」
以前はがんのことを知ろうとして本を読むと、「ますます気分が沈んだ」という。だが、猫を迎えてからはがんの本を読む時間がなくなった。自分の病気に集中せず、猫の健康に気を配るからだ。気持ちも安定している。
「犬や猫をなでると、幸せホルモンのオキシトシンが出るといわれますが、確かに調子がいいです。猫をなでたり、おなかに顔を当てて“猫吸い”をして、ホルモン補充をしています(笑)。今は4カ月おきに定期検診をしていますが、今のところ再発もない状態で仕事も変わりなく続けていますよ。出張時には猫シッターや母に来てもらいますが、母は喜んで猫たちの面倒を見て、泊まっていってくれます」
疑似お母さんとして
池田さんは病気のアカウントを作り、SNSでがんを患った人と交流をしている。同じ病気に罹患して保護猫を飼い始めた人もいて、同じように実家に頼りつつ、前向きに生活をしているという。
「みんな自分では子どもを産めなくなっちゃったので、私たちは猫の“疑似おかあさん”として、この子たちのためにがんばろうと思っている。生きる張り合いを持つことはやっぱり大事ですね。出産だけでなく。運動とかもそうですが、病気で前よりも“できなくなったこと”を思うよりも、自分にも“できること”を考えるほうが 人生明るくなりますし」
池田さんは、猫の漫画やエッセーを読むほか、ふと店で手に取る物も猫柄が多くなった。周囲もそんな池田さんの生活を見聞きして、安心しているようだ。
「糖尿病の男友達に、『よかっただろう、猫飼って』といわれ、『うんよかった!』と答えました。病気なのに猫を飼うのは無責任だと非難する人がいるかもしれないけど、万が一の時にはどこかに預けるとちゃんと決めていれば、お世話をできると私は思っています。保護猫の場合は命が助かるので、“助け合い”にもなるんじゃないかな」
虹と天が近づくと、池田さんは2匹を抱いた。少し重そうだが、「ぜんぜんへっちゃら」と笑顔がはじけた。
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