家族として最期まで猫に寄り添う女性 心にあるのは11年前に急逝した愛猫への後悔
夫と小学生の子供達、10匹の保護猫とにぎやかに暮らす葉子さんは、これまで多くの猫たちを愛情深く育て、看取ってきた。そこには、今は亡き愛猫への思いと、ある事情から十分に向き合えなかった後悔があるという。
人懐っこく優しい「はちべえ」
2001年の夏。ある晩、葉子さんがマンションで夫と過ごしていると、外から猫の鳴き声が聞こえてきた。かつて猫と暮らしていた葉子さんは、助けを求めるようなその声を放っておけず、すぐに声の主を探しに出かけたという。
子猫がいたのは、ひっそりとした住宅街の道路。道の真ん中にぽつんと座り、心細げに鳴いていたが、母猫は近くにいないようだった。葉子さんが手を差し出すと、警戒した様子も見せずにすんなりと抱かれた。
マンションに連れ帰った子猫は、興味津々という様子で部屋を探検したあと、すぐに葉子さんのひざの上でくつろいだという。「はじめから人間に警戒心がなく、甘えん坊でした。もともと野良猫が多い地域なので、今思えば捨て猫だったのかもしれませんね」と葉子さんは振り返る。
子猫は、生後5カ月ほどの雄で、ハチワレ模様から「はちべえ」と名付けられた。人懐っこく優しい性格のはちべえを、葉子さん夫婦は迷わず家族として迎えたという。
はちべえは、葉子さんにとっては2匹目の飼い猫。夫にとってははじめての猫だった。近隣で野良猫が繁殖していたこともあり、その後夫婦は行き場のない野良猫を次々と保護し、家族に迎える。穏やかな性格のはちべえは、葉子さんたちが保護した猫たちをいつも優しく受け入れた。
葉子さんは当時をなつかしそうに振り返る。「猫たちと寝食を共にする生活でした。どの部屋も猫が出入りできて、どの部屋にも常に猫がいる。寝るときも一緒で、いつも猫の気配を感じられた。私も夫も働いていましたが、週末はのんびり猫たちと過ごし、猫のいる生活を満喫していました」。
子育てに追われかまえなかった日々
夫婦と猫たちの穏やかな生活は、家族にふたつの変化が起きるまで続いた。
そのひとつが、引っ越し。「猫が増えてマンションが手狭になり、一軒家に引っ越したのをきっかけに、猫の生活スペースを限定し、寝室の出入りを禁止しました。甘えん坊のはちべえにとっては、それもさみしかったでしょうね」
そして、新しい生活が始まったとほぼ同時に、葉子さんの妊娠が発覚した。ふたつめの変化だ。「当時の私は、慣れない生活と、初めての妊娠・子育てへの不安からナーバスになっていました。特に子育てが始まってからは、常にパニック状態。今振り返っても、娘や猫たちの世話をどうこなしていたのか、まったく覚えていないんです」と葉子さん。
はちべえについても、そのころの記憶はおぼろげだ。ただひとつ、葉子さんが今もぼんやりと思い出せるのは、忙しそうに動き回る自分を、はちべえがさみしそうに見つめている姿だという。
「当時、家に手伝いに来ていた母によると、たまに時間ができた時に私がはっちゃんを抱っこすると、赤ちゃんのように甘えて私の洋服を『ちゅっちゅっ』と吸っていたんだそうです。でもそれすら、私自身は記憶にありません」。葉子さんはさみしそうに話す。
今も続く「あの日」の後悔
はちべえは、病気がちだったという。引っ越してすぐに感染症にかかり、5歳になるころには、腎臓の病気がみつかった。まもなく糖尿病も併発し、1日1回、血糖値の上昇を抑えるインスリン注射と、週1回の通院が必要になった。
子育てで余裕がない中で、はちべえの通院や家でのケア、ほかの猫の世話が重なって、葉子さんの精神は限界に達していたという。そして2009年の大晦日。葉子さん一家にとって、忘れられない出来事が起こる。
「いつもは暖かい床暖房の部屋で寝ているはちべえが、なぜか台所のつめたいタイルの上で寝ていたんです。何度移動させても台所に戻ってきてぐったりしている。様子がおかしいと気づいて救急病院に連れて行った時には手遅れでした……」。昏睡状態に陥ったはちべえは、年が明けて2日、病院にかけつけた葉子さん一家が見守る中、しずかに息を引き取った。
はちべえの急変は、血糖値の上昇が原因だったという。本当の理由はわからないが、葉子さんは今でも、「あの日、余裕のなかった自分は、はっちゃんのインスリン注射を打ち損じたのかもしれない」と、思い続けている。
家族で叶えた“猫第一”の生活
はちべえが亡くなってから、11年の月日が過ぎようとしている。のちに生まれた長男もふくめ、2人の子どもたちはそれぞれ小学生になり、葉子さんの心にも余裕が生まれた。
「今はようやく、猫第一の生活ができるようになりました」と葉子さんは話す。「かまって欲しい時に、思う存分かまってあげる。具合の悪い時は、注意して様子を見てあげる。たくさんの猫を看取ってきた経験から、腎臓を患い死期が近くなった猫は寒い場所に行きたがることもわかりました」
持病や寿命で死期が近づいたことがわかると、家族の誰かがつきっきりでそばにいて、できるだけ居心地よく過ごせるようにケアをする。夫婦が仕事で不在の時は、子どもたちのどちらかが猫のそばにいてくれるという。
「いろいろな考えがあるけれど、我が家では無理な延命治療はしません。おとなしいはっちゃんが、いつも怯えていた病院で亡くなってしまったことが心に引っかかっている。ほかの子たちには、安心できる我が家で最後まで心置きなく“猫様”をまっとうしてほしい」と葉子さんは話す。
悔いのないよう、寄り添ったお世話を
「今現在、子育てで余裕がない人は、愛猫にどんな風に接してあげればいいと思いますか」。そんな質問を投げかけると、葉子さんはしばらくじっと考え、自分自身を振り返る形で答えてくれた。
「娘は、置くと泣く子だったんです。だから、常に抱っこしていた。あのとき、娘を片手に抱いたら、はっちゃんを片手に抱っこしてあげればよかった。娘の名前を1回呼んだら、はっちゃんの名前を1回呼んであげればよかった。それだけでも、はっちゃんのさみしさは随分まぎれたんじゃないかな……」。
渦中にいるときは、一歩下がって全体を見ることはむずかしい。だからこそはちべえのぶんまで、葉子さんは悔いのないよう他の子たちを世話し、看取ってきた。
「猫は人間より寿命が短い。だから、『猫だから大丈夫』ではなく、家族として一番に寄り添ってあげたい」と葉子さんは話す。
はちべえのことを語る時、薄れゆく記憶の中から大事なものを取り出すように考える彼女の様子は、別れから10年以上経った今でも、“はっちゃん”が特別な存在であることを感じさせた。葉子さんの心の中で、いつまでも可愛い大切な存在としていつづけるはちべえは、とても幸せな猫生だったのではないだろうか。
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