海岸でいじめられ保護された猫 いつも一緒だった先住猫を亡くし悲しみの「遠ぼえ」
海岸で子どもたちにいじめられていた猫「パン」は、保護猫と暮らす夫婦のもとに迎えられた。いつも一緒にいた先住猫が亡くなった時、悲しみを表したパンの行動が、猫の感情の豊かさを教えてくれた。
海岸でいじめられていた子猫
神奈川県、小田原市。目の前が海という自然豊かなこの土地で、金子さん夫婦と4匹の犬猫と暮らすのは、黒ブチ模様の雄猫「パン」だ。
パンがこの家に来たのは、2014年の8月。金子さんの夫が散歩の途中、通りかかった海水浴場の駐車場で、子どもたちが弱った子猫を棒でつついているところを見つけ、保護した。パンは子どもたちに取り囲まれた恐怖からか、逃げることもできずに身を縮めて必死に鳴いていたという。
金子さんが病院に連れて行くと、子猫は推定2カ月と診断された。やせ細って何日も食べていない様子を見ると、生粋の野良ではなく、もともとは人間と暮らしていた捨て猫だと思われた。
金子さん夫婦は、当時既に5匹の保護猫と暮らしており、猫を保護した際の手順は心得ていた。「まず、子猫を保護したことを警察と保健所に連絡し、近所に聞き込みをしたり、迷い猫サイトに書き込んだりして、飼い主が現れるのを待ちました。数日間待って、名乗り出る人がいないことを確認してから、正式に家族に迎えたんです」
人懐っこい先住猫「ブッチャー」と親友に
パンダのような白黒模様から「パン」と名付けられた子猫は、金子さんの家で暮らし始めた当初、人間に心を開かず、いつも恐怖で身を縮めていた。
そんな警戒心をほぐしたのは、今は亡き先住猫のブッチャーだった。ブッチャーは、おおらかな性格の雄猫で、パンが他の先住猫たちに適当にあしらわれる中、真っ先に“弟分”として受け入れた。そして、人間が大好きだったという。
「ブッチャーは甘えん坊で、毎晩私と夫の枕の間を陣取って寝ました。とても人懐っこいので、近所の子どもたちの間でも人気者。パンに対しても、自分が人間とコミュニケーションをとる姿を見せて、“この家は安全だし、人間は怖くないよ”と教えてあげているようでした」
パンはそんなブッチャーによく懐き、2匹はよく一緒に過ごした。ブッチャーの影響から、パンは徐々に人間への警戒をといていった。また、ブッチャーが人間とコミュニケーションをとる姿をよく観察していたパンは、人間のように感情表現が豊かな猫に育ったという。
「大きくなるにつれ、パンは他の猫よりもはっきりと喜怒哀楽を表現するようになりました」と金子さんは言う。
「漁師さんが、パンの好物のシラスを届けに来たのを目撃すると、その日はずっと“ニコニコ”しているんです。逆に、大好きなお魚がもらえなかった時は、『ブニャッ!』と捨てぜりふを吐いてその場を立ち去ります。そんなときは、しばらくは拗ねて近寄ってきませんね(笑)」
親友を失ったパンの「遠ぼえ」
転機は、3年前の春に訪れた。パンの兄貴分であり、親友でもあるブッチャーが、病気で亡くなったのだ。いつも枕元で眠っていた、我が子のようなブッチャーを失った金子さん夫婦のショックは大きかった。
ブッチャーをきちんと送り出したいと、夫婦はペット専門の葬儀会社を手配。ブッチャーを愛した近所の子供たちも呼んで、自宅の和室でお葬式を行った。パンがやってきたのはその最中だった。
「葬儀中は他の猫が入らないようにと思って、和室を締め切っていたんですが、ふすまの向こうにパンがやってきて引っかき、ここを開けろと鳴いてせがんだのです」
おごそかな雰囲気を壊したくないと、金子さんたちはいったんパンを放っておこうとした。しかし、次第にパンの鳴き声は大きくなり、これまでに聞いたことのない、まるで「遠ぼえ」のような大きく苦しげな声をあげた。
その時の鳴き方を金子さんに聞くと、「うまく言えません。まねしようと思ってもできない」という返答が返ってくる。「とにかく、パンはもちろん、これまで多くの猫と暮らしてきて、猫のあんな鳴き声は聞いたことがないんです。私たちには、大好きなブッチャーを失ったパンの心の叫びに思えたし、ブッチャーの魂がパンを呼んでいて、それに応えたようにも思えた」
あまりの声に、「この子だけでも入れてあげましょう」と提案したのは、葬儀会社のスタッフだった。金子さんがふすまを開けると、パンはするりと部屋に入ってきて、参列する人の間を通り、まっすぐにブッチャーの亡きがらを入れた段ボールの棺の前に来て座った。そして、しばらく中をのぞき込むと、落ち着かずに棺の周りをうろつき、金子さんに抱えられてもう一度棺の中のブッチャーの姿を見ると、今度こそ納得したように立ち去った。
その後、ブッチャーの火葬を済ませ、仏壇のようにしつらえた和室のテーブルの上に骨壺を置くと、ふたたびパンは現れた。他の猫たちは仏壇に興味を示さない中、パンだけが、49日をすぎて和室を片付けるまで、来る日も来る日もブッチャーの遺影に向き合っていたという。
猫も、心の痛みを感じる
ブッチャーが亡くなってから、これまでブッチャーの特等席だった夫婦の枕元には、パンが眠るようになった。
「ブッチャーがいなくなるまで、パンがこんなに甘えん坊な猫だと知りませんでした」と、金子さん。「それまでパンは、ブッチャーほど人間好きではなかったんです。もしかしたら、私たちがさみしくないように、ブッチャーの代わりに寄り添ってくれているのかな……」。感情表現の豊かなパンは、人間の感情も鋭く察し、自分なりの方法でそれを伝えているようだ。
金子さんは現在、保護猫たちを家族に迎えながら、猫の殺処分問題や動物虐待など、ペットを取り巻くさまざまな問題について学び、自分ができるアクションを続けている。その大きなきっかけは、パンの存在だったという。
「はじめて猫を保護した時は、ただ純粋に『かわいそうだから助けてあげたい』という気持ちで、猫たちをその状況に追い込んだ背景にまで目を向けていなかった。でも、パンを家族に迎えた頃から、考えが変化したんです」と、金子さんは言う。
「ブッチャーを失ったパンが、心からの悲しみを私たちに見せてくれたとき、猫も人間と変わらない感情を持ち、うれしい時は喜ぶし、悲しい時は心で痛みを感じているというあたりまえのことを、あらためて深く考えさせられました。こんなに感情豊かな猫たちが、『人間ではない』というだけで捨てられたり、虐待されたりと、不遇な目に遭っているなら、その現実を人間が変えていかなければならないですよね」
猫の命だって、人と同じように大切にされる世の中にしていきたい。そう話す金子さんのひざに、スッと白黒の猫が飛び乗って甘えた。他のどの猫でもなく、その日唯一、取材に顔を出したパンは、まるで自分の話をしていることを理解し、金子さんの思いにそっと寄り添うようにも見えた。
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