ビニール袋で捨てられた子猫 助けた女性が伝えたいこと「1人でもできることはある」
生後間もなくビニール袋で捨てられた子猫がいた。助けたのは、個人で野良猫の保護をしている陽子さんだ。この子猫との出会いが、陽子さんの保護活動を大きく変えた。
4匹の兄弟と足先を失った猫「アン」
7年前のある夜、個人で野良猫の保護活動を行っていた陽子さんのもとに突然の来客があった。相手は、以前に野良猫の一斉TNRをした地域の住人。
「庭に投げ込まれたビニール袋に子猫が入っている。なんとかしてくれないか」
陽子さんが慌てて家に駆けつけると、生後1日も経過していないような子猫たちが団子状にくっついたまま、広げた新聞紙の上に無造作に置かれていた。子猫は5匹いたが、胎盤が体にからまって身動きが取れず、高い塀から庭に投げ込まれた衝撃で瀕死の状態だった。
陽子さんは子猫たちを連れ帰り、絡まった胎盤を外して1匹ずつ体を離し、夜通し介護した。しかし、初乳も口にできなかったであろう子猫は免疫を持たず、弱い。明け方までに、1匹、また1匹と命が尽きていったという。なんとか生き延びることができた2匹も状態が悪く、翌日病院に連れ出し、酸素室に入れている間にまた、1匹が亡くなった。
無力感の中、最後の1匹を必死に介護した陽子さんの思いに応えるように、やがてその子猫は命の危機を乗り越えた。だが、保護当時に袋の中の土に混じっていた糸が子猫の細い足先に固く絡まっていたことが原因で、血が通わなかった足先の3分の1は欠損してしまった。
陽子さんは、助かったその子猫に、「4匹の兄弟たちの命を背負った、たった1匹」という思いを込め、フランス語で“1”を意味する“アン”と名付けた。
「足は欠損してしまったけれど、亡くなった4匹の分まで、生涯責任を持って愛情を注ごうと思ったんです」。
やんちゃで負けず嫌いの男の子
保護してから数カ月も経つと、アンに個性が出てきた。白黒のぶちで、真ん中分けの“髪形”がチャームポイント。名前から愛らしい女の子を想像するが実際は雄で、アイラインの入ったきりりとした目元がハンサムだった。
順調に成長しているように見えたが、問題もあった。好奇心旺盛でやんちゃ盛りのアンは、欠損した足先の皮膚が塞がらないまま、床についてぴょんぴょん飛び回る。そのため、治りかけの傷が炎症を起こし、出血。通院して血豆を取り除くものの、家に戻るとまた床に患部をついて跳ねまわり、炎症、出血ということを繰り返した。
このままだと断脚する他に方法がないという医師の言葉に、なんとか回復させる方法はないかと、陽子さんはいくつもの動物病院を訪ねた。しかし、どの病院でも医師らの見解は変わらなかった。
手術延期がもたらした奇跡
うんだ患部に触れられて痛みに苦しむアンを見て、陽子さんは「最低限の断脚」を覚悟した。しかし、いざ手術の日程を立てようという時に、たまたま先住猫の持病が悪化してしまう。先住猫の手術を優先するため、アンの手術をいったん見送ることにした陽子さん。しかし、この延期が奇跡をもたらす。
「断脚を保留にしているまさにその間、アンは足先をつかずに歩くことを覚えたんです」
いったんコツを得ると、アンは傷をかばいながら3本の足で器用に歩いた。患部を床につかなかったことで傷口は回復し、2歳になる頃には完全に塞がり固まったという。
「アンは負けず嫌いなんですよ」と陽子さんは話す。当時、ハンデを考え、アンと他の猫は生活する部屋を分けていた。しかしある日、肝臓を患った先住猫のウーノをアンと同じ部屋で過ごさせてみると、それまで自力では高いところに登れなかったアンに変化が起きた。
「ウーノが棚に飛び乗るのを見たアンが、目を丸くして、その後を追ったんです」。片足だけで上手にバランスを取り、タンスの上に着地したアンを見て、陽子さんは驚きとうれしさ、色々な思いがこみ上げたという。
子猫たちをかいがいしくお世話
アンはこの8月で7歳。陽子さんご夫婦と先住猫、新しい飼い主募集中の子猫たちとともににぎやかに暮らしている。足先の欠損というハンデはあるが、普通の猫となんら変わらず、走り回り高いところにもジャンプして登れる。
「アンは、母猫を知らずに育ったにもかかわらず、深い母性を持っているんです。家で子猫を保護すると、かいがいしく世話を焼いてくれますよ。ただ、ヤキモチ焼きな部分もあって、私が子猫にかまいすぎているとふてくされて子猫のお世話を放棄してしまいます。だから、毎日一緒に寝ているのはアンだけ。2人きりの時間がないと、ヘソを曲げて近寄ってこなくなるんです(笑)」
兄弟たちの分まで幸せにすると名前に込めた思いは、アンにも通じているようだ。
個人が行動すれば、助けられる猫が増える
陽子さんは、アンを保護したことをきっかけに、それまでひっそりと行っていた猫の保護活動を公にした。
「保護活動を始めたのは、飼い主のいない猫を減らしたいという個人的な思いだったので、人に話す必要性を感じなかったんですよね。でも、野良猫問題は“人”に対して働きかけていかなければ永遠に解決しないと、アンの件で思い知ったんです」
アンと兄弟たちを保護したあの日、陽子さんに連絡してきた家の主は、「子猫たちに関わったことを近隣住民には口外しないでほしい」と陽子さんに念を押した。その口ぶりは、“誰かが動き出したら、野良猫問題を地域の問題にしなければいけない”“そのきっかけを自分が作ったと思われたくない”という思いが見えたという。
「野良猫問題を地域の問題にしてみんなで考えてほしい」。この言葉は、陽子さん自身がその地区で一斉TNRをした際に、彼らに伝えた言葉だった。ポジティブな気持ちで発したその言葉が、近隣住民の心には響いていなかったと陽子さんは話す。
「“あの人に丸投げすれば、この問題はなかったことになる”。私が保護活動をしていたことをそんな風に受け取られたことが悔しかったんです。だから、少しでも猫を助けたいという気持ちがあるなら、自分ひとりでもできることはあるんだ、ということを、多くの人に知ってほしいと思った……」
陽子さんは現在、個人で行っている保護活動の報告や、猫の世話のハウツーなどを、ブログやインスタグラム で発信するようになった。また、保護活動の啓蒙のため、アンのイラストをデザインしたグッズを制作し、売り上げを活動の一部に充てている。
「保護活動をしていると、“猫問題を片付けてくれる便利な人”と思われてしまうこともあります。でも、飼い主のいない猫はそこら中にいて、とても個人の力では助けきれないのが現実。だから、『保護活動家』なんて肩書がなくても、みんなが目の前で起きていることに自分なりの方法で向き合えるようになってほしい。グッズを購入することだって支援のひとつです。やり方はいくらでもある、ということを知ってもらえれば」
過酷な状況を乗り越えたアンの頑張りと、兄弟たちの死を無駄にしないためにも、みんなが身近な命のために行動を起こす勇気ときっかけを作りたい。陽子さんのお話からは、そんな真摯な思いが伝わった。
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