数値規制案に反発 繁殖業者らの「引退犬をどうする」との主張に違和感

お座りした子犬
ペットショップで販売される子犬

 環境省が7月10日に示した、犬猫の繁殖業者に対して、従業員1人あたり繁殖用の犬は15匹まで、猫は25匹までの上限飼育数を設ける数値規制の案を巡り、繁殖業者らが反発を強めている。環境省には、はがき、メール、電話が殺到しているという。

「引退犬を終生飼養している」と主張

 SNS上の投稿や環境省への取材によると、繁殖業者らは「引退犬を終生飼養しているのに、どうすればいいのか。大量に捨てることになる」という趣旨の主張をし、従業員1人あたりの上限飼育数を犬で3050匹程度まで緩和するよう求めているようだ。

 だがまず、犬や猫を遺棄する行為は犯罪だ。6月に施行された改正動物愛護法で、罰則として懲役刑が加わったことも記憶に新しい。法規制が厳しくなるから犯罪行為に手を染める――という主張は、法治国家において通らないだろう。そのうえで、繁殖業者が引退犬を終生飼養しているという主張に、違和感を抱く。

繁殖業者が飼育する犬の4割が引退犬?

 ペットフード協会の2019年の調査によれば、犬の平均寿命は1444歳。繁殖業者の多くは8歳程度で、繁殖犬を引退させている。もし繁殖引退犬が業者のもとで飼育されているのだとしたら、単純計算だが、その業者が飼っている犬の4割ほどが繁殖に使えない犬たちということになる。

 パピーミル(子犬工場)と呼ばれる繁殖業者の場合、一般的に100200匹の犬を飼育しているが、そのうちの4割、4080匹が繁殖引退犬だと言うのだろうか? にわかには信じがたい主張だ。

 これまで数多くの繁殖業者を取材してきた。確かに、1人で10匹前後の繁殖犬の面倒を見ている、「ブリーダー」と呼んでいい優良業者のなかには、引退犬を手元に置いているケースもあった。

 それでも、特に気に入っている犬や、たくさんの子を産むなどして恩義を感じている犬に限って残す程度。基本的には、ペットとしての余生を送ってほしいと、一般の飼い主に譲渡するよう努めていた。

「狭い場所で多くの犬を飼養しようと考える」

 一方でパピーミルを取材していて、そこに引退犬の姿を認めた経験はない。「狭いスペースでなるべく多くの犬を飼育しようと考えるのが常識」(関東南部の繁殖業者)だから、役割を終えた犬を、限られたスペースにわざわざ置いておかないのは、当然だろう。 

 しかも老犬ともなれば、介護やみとりに多大な労力を割く必要も出てくる。「引き取り屋」に有料で持っていってもらったり、「下請け」的存在の動物保護団体に譲渡したりしているのが現実だ。なかには自分で「処分」していると証言する業者もいる。

ペット業界はバブル状態

 今年は新型コロナウイルスの感染拡大で外出自粛や在宅勤務が続いたために、「癒やし」を求めてペット業界はバブル状態になっている。業界関係者によると、昨年までは十数万円だった競り市での子犬の平均落札価格が、今春は20万円以上に乗ったという。

 もとはといえば、10年代に入ってそれまでの3、4倍にまで高騰しているのに、さらに2倍の値をつけているのだ。「定価のない商品」ならではの現象だが、つまりは、数値規制の導入によって新たに従業員を雇用しなければならなくなったとしても、販売価格に転嫁すればいいのだ。従業員を増やさない、増やせないという前提の主張に問題がある。

従業員が雇えない収入ではない

 そもそも2000年代に比べて確実に売上高が増えているのだから、人件費をまかなえないはずがない。環境省の案通り、1人の従業員が、繁殖犬15匹を世話していると想定して考えてみよう。

 15匹の繁殖犬を飼育していれば、一般的にそのうち8割が雌だから、12匹の雌がいるはずだ。犬は1年に2回から2年に3回の出産が可能なので、少なく見積もって2年で36回の出産が行われることになる。

 1回に生まれる子犬は、犬種によって異なるが、4匹程度と考える。そうすると、2年で144匹の子犬を「生産」できる。競り市での落札価格が昨年までの1匹十数万円だったとしても、従業員1人あたりの年間売上高は720万円以上だ。ここに業者自身分の15匹でかせぐ金額が加わる。

 一方で給与所得者の平均年収は441万円(18年、国税庁調べ)。ほかにフード代やワクチン接種代、光熱費、獣医療費、競り市への仲介手数料などがかかるとしても、従業員が雇えない収入ではない。

ペット業界は動物福祉向上へ努力を

 環境省が定める数値規制は、小泉進次郎環境相が繰り返し「動物愛護の精神にのっとった基準とする」と発言してきたように、繁殖や販売に使われる犬猫の動物福祉を向上させるのが目的だ。同時に、劣悪業者の淘汰を促すことも目指している。

 ペット業界が求めるように数値規制が緩いものになれば、劣悪業者の問題は、これからも全国各地で頻発していくことになる。そうなればいつか、現行のペットショップを中心とした犬猫の販売ビジネスそのものに、国民から「ノー」が突きつけられる日が来るかもしれない。

 ペット業界は、自らの利益に固執するあまり犬猫の飼育環境をないがしろにするのではなく、日本の動物福祉を向上させるために、ともに知恵を絞り、努力すべきだ。

 

太田匡彦
1976年東京都生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の08年に犬の殺処分問題の取材を始めた。15年、朝日新聞のペット面「ペットとともに」(朝刊に毎月掲載)およびペット情報発信サイト「sippo」の立ち上げに携わった。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』『「奴隷」になった犬、そして猫』(いずれも朝日新聞出版)などがある。

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この連載について
いのちへの想像力 「家族」のことを考えよう
動物福祉や流通、法制度などペットに関する取材を続ける朝日新聞の太田匡彦記者が、ペットをめぐる問題を解説するコラムです。
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