店番は元気な子猫 老人ホームにある駄菓子屋で子どもたちと交流
猫、おばあちゃん、駄菓子屋……。懐かしい昭和の風景が、仙台市内にある高齢者施設の一角に再現されている。駄菓子屋でお年寄りらと一緒に店番をしているのは、ハチワレの子猫「風太(ふうた)」(オス・生後半年)。保護猫を譲り受けて、施設内で育てることにした。好奇心旺盛で、元気な看板猫だ。
駄菓子屋「かみふうせん」は、仙台市若林区にある特別養護老人ホーム「萩の風」の中にある。地元の父親グループの「子どもの社交場を作りたい」という願いと、老人ホーム側の「多世代交流の拠点を」という思いが重なり、2018年8月に開設された。「萩の風」の入り口右手にある8畳ほどのスペースをいかし、ラムネやおまけ付きの菓子など約40種類の駄菓子を並べている。
「おもてなしの心」で地域に開かれた施設を目指す「萩の風」。駄菓子を買いに来た子ども達が学校の帰りに立ち寄り、施設に入っている祖父母と和やかな時間を過ごすこともある。駄菓子屋の店番は、職員やお年寄りが務めている。
その横に、風太くんのいる小さな部屋がある。駄菓子を販売するスペースとの間を仕切る窓には、「ふうたくんが飛び出るので、まどをしめています。おかいもののときは、おいてあるベルをならしてね」と書いてあった。
ふれあいがお年寄りの癒やしに
施設を運営する社会福祉法人「ウエル千寿会」理事長の田中伸弥さん(38)によると、風太くんは元保護猫。地域の動物病院で保護された3匹のうちの1匹で、ほかの猫は職員宅と、動物病院に縁のあるお宅にもらわれた。風太くんを施設内で飼うことには賛否両論あったものの、衛生面を十分に配慮するとした上で7月中旬に「仲間入り」した。
「ちょうど、保護犬を飼うことを検討していた矢先であり、来年にはヤギも加わる予定です。だから風太との出会いは、ちょうどいいタイミングでした」
施設内には訪問する子ども達の要望が張り出された掲示板がある。そこには「ワンちゃんも」「動物がいて触れ合えるところがほしい」「ハムスター」など、動物との交流を求める声が多数挙がっていた。
田中さんは「安全と安心、どちらを重視するかは常に試行錯誤しています」と話す。当然、猫を飼うにあたっては、いろいろなことを考えた。動物が苦手な高齢者もいるし、アレルギーがある人もいる。風太くんが自由に施設内を動き回ったり、屋外へ飛び出したりしないように、駄菓子屋の奥にある小さな部屋を居住スペースにあて、ケージやトイレを設置した。そこに次から次へと高齢者や職員がやってきて、触れ合っていた。
「奥の小部屋は駄菓子屋のお会計スペースも兼ねているので、原則子どもの出入りは禁止しています。子どもが風太に触りたいときは、職員が抱っこして駄菓子屋スペースへ出してあげます。職員が風太をお年寄りのところへ行くこともありますし、お年寄りがリードをつけて施設内を散歩することもあります。もう少し成長したら、リードをつけて駄菓子屋スペースに常駐するようになればと思っています」
お年寄りの癒しになり、子ども達の遊び相手になっている風太くん。いつも交流の輪の中にいて、「萩の風」が目指す「子どもの社交場」と「多世代交流の拠点」という場に欠かせない存在になっている。田中さんや職員は「リスクはあっても得るものがある。安全より安心を優先すべき時がある」と思っているという。
地域との壁をとりはらう
「萩の風」は現在、「特養と地域の壁(垣根)崩壊、庭プロジェクト」を進めている。公道と施設の境にある生け垣を撤去し、ベンチを設置、果樹を植えて、集いの場とするための改築工事の真っ最中だ。訪問した日、田中さんは地域の高齢者宅などで不要となった家財道具や庭石などを集め、庭に配置していた。住民との距離を縮めるアイデアを次々と実現している。
「風太を施設に迎えたことをSNSにアップすると、ほかにも猫を引き取ってほしいという依頼がありました。今、保護猫活動もできないかと考えています。地域のニーズに応え、それが高齢者の安心につながるなら、検討の余地はあるからです」
田中さんは海外の高齢者介護の現場を学ぶ中で、米国で見た高齢者男性と長年の相棒だった馬との別れのシーンが印象に残っているという。ホスピスの病室に馬を連れてきて、死の床にふす男性と対面している写真を見せてくれた。
「『萩の風』に入居している方の死期が近くなったとき、家族からの『愛犬に会わせたい』という依頼を受け、職員が実現に向けて奮闘してくれました。それを見て、私の方が感動して泣いてしまった。本人と家族に寄り添い、最終的には安心して旅立ってもらうことができました」
子猫の風太くんもこれから「看取り」を経験し、いつかは「萩の風」で看取られる。そんな一生を「萩の風」で過ごすのだろう。安心して生きられる場を得たのだから。
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