海辺のホテルの不思議な時間 引き寄せられるワケあり猫と人々

 南房総の海辺に佇む、カフェ併設の小さなホテル。そこを舞台に、保護猫たちと猫好きとのめぐり会いのドラマが生まれている。

(末尾に写真特集があります)

 南房総市千倉町は、大型観光地の館山と鴨川に挟まれて、ひっそりと昔ながらの漁師町の面影を残す海辺の町だ。

 露地栽培の房総花の花摘みでにぎわう春先以外は、ひなびたのどかさが漂う。海の青さと土地の素朴さに惹かれた房総「通」の人々が訪れる町でもある。

 南千倉の海を望む国道沿いにある「ポルトメゾンルームス」は、オーナーの仲川さんが、「大人たちが千倉に流れる時間をゆっくりと味わう場所を作りたい」と、22年前に作った家族経営のカフェ&ホテルだ。

銀次、年齢不詳。通い猫なのに、このくつろぎよう
銀次、年齢不詳。通い猫なのに、このくつろぎよう

猫も人もゆったりと

 カフェのドアを開けると、まさに「大人」の猫が、ソファーで大の字になって昼寝中だった。銀ちゃんこと「銀次」という名の通い猫で、毎日ここで食事つきの優雅なシエスタを過ごすのだという。「猫たちもリラックスできる場所というのは、望むところです」と、オーナーは笑う。

 開業当初の名は、「グランブルーイン」。伝説のダイバー、ジャック・マイヨールさんは、ここがとてもお気に入りだった。居心地のよさが、猫にも外からわかるのか、次々とワケあり猫たちが舞い込んできた。

「今いるのは、トラにタキに福助にモモにチャチャにココに金五郎に雪之介に、えーっと、笑助にチーたん。これで全部だったかな? やってきたいきさつは、じつにいろいろ。通い猫も3匹います」

一番の古株「トラ」は、庭に毎日ひなたぼっこに通ってきていたが、ある日、そーっと中に入ってきた。フロアマネージャー格の「福助」は売れ残りのアメショー、黒猫「ココ」と三毛猫「チャチャ」の姉弟は、母猫の育児放棄で置き去りにされた子猫だ。「笑助」は、数年前のお正月の寒空の下、この界隈を一軒一軒「飼ってもらえませんか」と言いたげにのぞいていた放浪猫だった。

 猫たちは、気が向くとカフェにやってきては、床や椅子でくつろぎ、猫好きのカフェ客や泊り客の目尻を下げさせている。

 開業当初から「ペットも宿泊可」「カフェ内ペット同伴可」としたのは、県内のさきがけでもあった。犬も猫もウサギもインコも飼い主と共に泊まりにきた。「置いていくのが心配で」と、メダカの水槽を大事に抱えて泊まりに来た客もいた。

フロント周りに集まる猫たち
フロント周りに集まる猫たち

人と猫のドラマが交差する

「お客さんと猫の、ここを舞台にした不思議なドラマは、幾つも幾つも生まれました」と、オーナーは言う。

 一緒に泊まりに来ていた仲よし夫婦がいた。

 子どもたちは社会人となり、ある時、ひとりで泊まりに来た奥さんはなんだか元気がなかった。夫婦にいつしか会話がなくなって別居し、そのまま熟年離婚したのだった。オーナーは、草むらで保護したばかりの子猫を奥さんに見せた。その子を抱っこしたとたん、パッと明るみの射した顔で奥さんは言った。「もらって帰ってもいい?」

「その後、どうなったと思います? なんの気なしに『猫を飼ったの』と元旦那さんに連絡したら、子猫を見にいらしたそうです。猫はすっかり元旦那さんになついてしまった。元旦那さんがせっせと元妻の家に通ううちに、また仲よしが復活したんだそうです。今は、家族3人(夫婦と1匹)で仲よく泊まりにいらっしゃいますよ」

 また、あるとき、浮かない表情の女性泊り客がいた。その時も保護した子猫がいたので、オーナーは、その子を女性に見せにいった。

 とたん、女性は固まってしまい、さめざめと涙を流した。15年一緒に暮らした愛猫を亡くしたばかりで塞ぎ込み、新しい猫を迎えようと思っても、亡き猫の面影が強すぎて、迎えることができずにいた。だが、その子猫は亡き猫に生き写しだったのだ。女性は今、その猫としあわせに暮らしている。

ジョンさんに保護されたばかりのチーたん
ジョンさんに保護されたばかりのチーたん

ジョンさんとチーたん

 泊り客に保護された猫もいる。仕事でひと月滞在していたイギリス人のジョンさんが、夕暮れの海辺をホテルに向かって歩いていたところ、子猫が砂浜にうずくまっているのを見つけ、「保護してもいいか」と携帯で連絡してきたのだ。昨年秋の台風前夜のことだった。

 このとき保護された「チーたん」は、ポルトメゾンに託され、ジョンさんは感謝しながら笑顔で帰国していった。ジョンさんの胸には、千倉の海の青さと、子猫を抱き上げたときの感触と、ポルトメゾンの温かさが、大切にしまい込まれていることだろう。

 オーナーは言った。

「猫はみんな、出会った人の人生を変えてしまうほどの不思議な力を持っているんです。海辺は、それを自然体で受け入れさせてくれる場所なんでしょうね。ぼく自身も、猫たちのおかげで愉しく暮らしています。ただ、そこに寝ているだけの彼らなんですけどね」

 海と猫と千倉時間。しばし立ち寄るだけで、人生がほんのりやさしい色合いに変わりそうだ。隣で銀ちゃんが大きなあくびをした。

佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「里山の子、さっちゃん」「猫だって……。」など。Webサイト「フェリシモ猫部」での「道ばた猫日記」連載は8年目。

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この特集について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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