出入り自由、アイヌ工芸作家を見守る自然体の猫たち

 北の地に住む先住民族、アイヌ。北海道沙流郡の平取町で、自然の恵みを生かして作品をつくり、猫と一緒に暮らすアイヌの母子と出会った。人も猫も自然体。工房には心地よい空気が流れていた。

(文・堀内みさ 写真・堀内昭彦)

(末尾に写真特集があります)

工芸品の中に縞模様

 木彫りの人形や熊の置物、それに、渦巻きや刺(とげ)など独特の文様が刻まれた木製のお盆。店内に並ぶ見慣れない工芸品に見入っていたら、視界の端で縞模様の物体を感知した。もしや。目を向けると、それまで微動だにしなかった物体がぴくりと動き、ぬぅっと顔を上げてこちらを見た。

 猫の名はトラスケ。1歳半の雄猫である。「トラスケは温厚な性格で、小さな子どもが来ても逃げないんです。触っても怒りませんよ」。「貝沢民芸」の主人、貝澤守さんが言う。貝澤家の猫は全部で3匹。トラスケは唯一の雄という。

 札幌市街から、南東へ車で約2時間。平取町の二風谷(にぶたに)は、約400人の人口の過半数がアイヌ人という小さな地区。北の地の先住民族、アイヌの人々は、かつて豊かな大自然の中、川や海で魚を捕り、山では狩猟に加え、草や実を摘み、狩猟採集生活を送っていた。暮らしに必要な道具も、すべて自然の恵みを生かしたもの。誰もが自らの手でつくっていたという。

雪子さんの工房の軒下には野良猫2匹も住んでいる。トラスケのみ仲がいいとのこと
雪子さんの工房の軒下には野良猫2匹も住んでいる。トラスケのみ仲がいいとのこと

あらゆるものに魂が宿る

 現在貝澤さんは、アトリエを兼ねたこの店で、主にアイヌの伝統工芸のひとつ、「イタ」と呼ばれる木の平盆をつくっている。「小さいときから父や父の弟子たちから、イタの技術を学びました」。そう話す貝澤さんのすぐ前で、いつ移動したのかトラスケが気持ち良さそうに寝そべっている。その姿に、貝澤さんの頬が思わず緩み、目尻が下がった。トラスケがかわいくてたまらないのだ。

 イタはカツラやクルミの木でつくられる。特に目を引くのが、表の面全体に彫り込まれるさまざまなアイヌ文様。渦巻き、目、刺、ウロコの4つが基本で、すべて自然界にある形を組み合わせているという。中でも「刺の文様は魔除けの役割を持ち、着物の裾や襟にも用いられます。だから文様をアレンジするときは、使う人が魔を除けられるよう、基本の形をできるだけ崩さず丁寧に彫っています」と貝澤さん。

 アイヌの人々は、この世のあらゆるものに魂が宿り、神の化身と考える。道具も然り。使い手のことを思い、心を込めてつくったものには良い魂が宿るとされ、役目を終えたときは、祭壇に祀り、感謝を込めて神々の世界へ送り返すという。

ストーブに陣取り家猫に

 気がつけば、トラスケがドアの前にでんと座り、無言ながら外に出たいと訴えていた。貝澤家の猫たちは、基本的に出入り自由。向かったのは、お隣にある貝澤さんのお母様、雪子さんの工房だ。雪子さんは、やはりアイヌの伝統工芸のひとつ、樹皮を素材にした織物「アットゥシ」づくりの名人で、77歳の現在も日々制作に励んでいる。

 中に入ると、トラスケの母猫ハナが先客で待っていた。もとは野良猫だったハナが貝澤家の一員になったのは、3年ほど前の冬のこと。それまで餌をもらいながらも一定の距離を保っていたハナは、その日、氷の張った地面を滑りながら歩いて「貝沢民芸」の中に入ってくると、そのままストーブの前に陣取り、動こうとしなかったという。

「おや、来たの?」。トラスケは雪子さんの工房でもまず甘える
「おや、来たの?」。トラスケは雪子さんの工房でもまず甘える

貝澤家の猫歴

 そもそも貝澤家と猫との関わりは、貝澤さんの妹が高校時代に一匹の猫を拾ってきたことに始まる。以来増えに増え、一時は18匹いたことも。「気がついたら茶箪笥の上にずらーっと猫が並んでいたこともあったわね」と雪子さん。だがその後、病気や事故で相次いで亡くなり、ハナが来る直
前の4年間は、猫が一匹もいなかったという。

 猫たちの暮らしは、いたって自由。夜は自宅で雪子さんと一緒に寝て、朝ご飯が終わると外に出る。そして、気が向くと貝澤さんの店や雪子さんの工房でひと休み。「実はもう1匹、パンダという猫がいるんだけど」。雪子さんが目配せした方向に目を向けると、樹皮を裂いた糸の中で、白黒模様の猫がすやすやと寝ていた。すべて自然素材に囲まれて、さぞ心地よいことだろう。

ハナはおっとりした性格で引っ込み思案。きかん気が強い一面も
ハナはおっとりした性格で引っ込み思案。きかん気が強い一面も

自然の恵みとともに

 雪子さんのアットゥシは、北海道に自生するオヒョウ(ニレ科の落葉高木)の樹皮を使ってつくられる。樹皮を数時間釜で煮て、それを洗ってぬめりを取り、何層もの内皮を薄く剥いで細かく裂いた後、糸に撚(よ)りをかけながら小さく結んでつないでいく。その間、樹皮を採りに山に入る以外、すべて雪子さん一人の手作業。草木染めも機(はた)織りも一人で行う。

 「猫のためのまたたびも自分で採ってくるのよ」と雪子さん。日々、自らの手や体を動かして作品をつくり、ときには山菜やきのこを採りに山に入ったり、夕方工房に集まってくる友人たちに、得意の手料理をふるまったり。猫たちはそんな働き者の雪子さんに、付かず離れず寄り添っている。「この年になっても作品を待ってくれる人がいて、働けるのは幸せなこと。アットゥシづくりは一生勉強。飽きることはないわね」。話す間も雪子さんの手が止まることはない。

 自然を敬い、その恵みを最大限活かし、心を込めてものづくりを行う貝澤さんと雪子さん。猫にも人にも自然体で接する姿が印象に残った。

貝沢民芸

北海道沙流郡平取町字二風谷75-2
TEL 01457-2-2584
営業時間:8:00〜18:00
定休日:不定休
https://biratori-kanko.jp/spot/kaizawafolk-crafts

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この特集について
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