娘を失った悲しみから救ってくれた猫 「この命は守りたい」

 家族は5年前、突然の事故で小学生の末娘を失った。悲しみの中、動物が好きだった娘を思い、保護猫を迎え入れることにした。譲渡会で出会った幼い猫に、娘の面影を見たという。そして、そんな猫たちが家族に明るさをもたらした。

(末尾に写真特集があります)

 東京都内の住宅。案内された洋間には仏壇が置かれていた。灯されたロウソクの向こうに、愛くるしい笑顔の写真が飾られている。

「うちの三女です。小学5年生で、旅立ってしまいました」

 母の竹中裕子さんが穏やかに話す。三女は5年前に思わぬ事故に遭い、そのまま帰らぬ人となった。

 そんな説明を聞いていると、2匹の猫がどこからかスーッと現われた。1匹は話に加わるように床に寝そべり、もう1匹は、仏壇の前の座布団に前足をちょこんとのせて横たわった。

「可愛いでしょ? 寝ている牛柄の猫が『サボ』、座布団にいるキジ柄の猫が『ワッポ』。私たち家族は、この子たちに心底助けられました。猫に不思議な縁を感じています」

いたずら娘のワッポ
いたずら娘のワッポ

 竹中家では、それまで動物を飼ったことがなかった。しかし、よく家に遊びに来る近所の猫がいたという。

「亡くなった三女がお隣の家の猫と気が合って可愛がっていて、猫が居間まで上がって、宿題をしているそばに座っていました」

 三女が急逝した日には、仲良しだった猫が、まっさきに“お見舞い”に来たそうだ。

「ミャーッと急に窓から入ってきて、娘をじっと見て、寝かせた布団の周りをぐるりと回って、そのまま出ていったんです。後から飼い主さんが、『すみません、猫より遅れまして』と弔問に来てくださり、部屋が温かなムードに包まれたものでした」

おっとり慎重なキャラのサボ
おっとり慎重なキャラのサボ

四十九日前に迎えた猫

 深い悲しみの中で、誰からともなく、「猫飼おうよ」「猫いたらいいよね」と言いだし、「飼うなら保護猫だね」と、四十九日の法要前に意見がまとまったという。

 サボとワッポは、保護団体「ミグノン」(東京都渋谷区)から迎えた。きっかけは竹中さんがよくチェックするインスタグラムだった。

「音楽的な関心から、坂本美雨さんのインスタをフォローしていて、飼い猫の“サバ美ちゃん”を三女とよく見ていたんです。そのインスタに、ミグノンが出ていたのを思い出して譲渡会に参加して……。そこでサボと目が合ったとたん、娘の姿とだぶり、『ああ、この子を引き取りたい』と思ったんです」

 サボは福島で被災した猫が生んだ3姉妹の1匹。最初はサボだけ迎えるつもりだったが、一緒にいたワッポも気にかかり、2匹とも迎えることにした。この2匹は“尾曲がり”で、そこにも家族は魅力を感じた。

「ボランティアさんに『シッポが曲がった猫は、幸せをひっかけて連れてくる』と教わり、それはいいなと、背中を押されたんですよ。幸せを運ぶなんて素敵だなと思って」

 その言葉通り、姉妹猫はその愛くるしさや面白さで、娘が亡くなって間もない家の雰囲気を明るくした。

お仏壇前の座布団に顎をのせるワッポ
お仏壇前の座布団に顎をのせるワッポ

 思わぬ事故が起きた

 生後7カ月で竹中家に来たサボとワッポも、今は5歳10カ月。どちらも毛艶がぴかぴかだ。性格は“慎重”と“奔放”で正反対だが、その慎重なはずのサボの身に、昨年、大変なことが起きた。

 紐付きのおもちゃを誤飲したのだ。

「ずいぶん前にもらったオモチャで、紐が弱くて使えないと思い、“しまった”つもりでした。ところが私の留守中に、猫がどこからか引っ張り出してきたようで、帰宅したら居間にオモチャのかけらが食いちぎったように散かっていて……。そして、翌日からサボが嘔吐を始めたんです」

 慌てて連れて行った動物病院では、胃腸炎だと言われた。点滴をしても嘔吐が続き、尿も出ず、再度同じ病院に行くと、利尿剤を点滴された。そこから状態が急激に悪化した。

「病院を変えた方がいいと思い、ネットで検索して、誤飲に詳しい病院に連れて行くと、『十二指腸が蛇腹になっているので、紐状の物を飲んだはず』と手術になりました。開腹したら、十二指腸が11カ所も切れて、腹膜炎も起こしていました」

 術後の生存確率は3割と告げられていたが、サボは何とか乗り越えた。だが、吐き気が治まらず、口からものが食べられない。ICUに入って点滴や強制給餌をしたものの、3日目に貧血がひどくなり、輸血をすることになった。

 姉妹のワッポの血を輸血するため、竹中さんはワッポも病院に預けた。祈るような気持ちで帰る道すがら、竹中さんの携帯電話が鳴った。サボが輸血の前に吐血をして、意識を失ったというのだ。

家に来た頃(生後7~8か月)のサボ、大きな瞳が印象的
家に来た頃(生後7~8か月)のサボ、大きな瞳が印象的

「この命は守りたい」

「駆け付けると、サボはすでに意識がなく、横たわって口から酸素を入れられていました。その時、亡くなった三女とだぶって見えてしまったんです。ああ、また死んじゃうんだ……。オモチャの管理や最初の病院の処置のミスで、サボにこんなにつらい思いをさせてしまった。そう思って、大泣きしながら、『サボちゃんゴメンね、よく頑張ったね、このまま楽になってね』と話しかけたんです」

 すると、不思議なことが起きた。

サボの意識が戻り、起き上がろうとしたのだ。横にいた担当の獣医師も驚き「サボちゃんが蘇った! 院長先生、輸血できるかもしれません!」と院長を呼んで、急きょ輸血が行われたのだった。

「あの時、三女が助けてくれたのかな」。そう竹中さんは思う。

 一命をとりとめたサボは、その後の内視鏡検査で胃の一部が狭くなっていることがわかり、拡張するバルーン手術を二度受けた。その甲斐あって、誤飲前からあった嘔吐癖もおさまり、食事内容なども気を付けた結果、体重も増えて元気になった。

 誤飲事故以来、竹中さんは部屋の片づけなどを徹底しているという。

「うちは誤飲でしたが、脱走もよくあると聞くので気をつけたい。我が家では、ひとつ命をなくしてしまったけれど、せめて、このふたつの命を守っていかなくては」

サボを抱く裕子さん「この子たちに癒されています」
サボを抱く裕子さん「この子たちに癒されています」

 今では、いずれ老犬の世話もしたい、とも考え始めた。

「今は仕事が忙しいし、今いる猫たちの命を全うすることが大事ですが、保護団体から老犬を預かるボランティアをいつかしてみたいと妄想しています。年をとったら動物は飼えない、ではなくて、一時的に預かるなど“関われる機会”があるのではないかな、と」

 こうして動物と深く関われるようになったのも「三女のおかげ」。そう言って竹中さんは優しい眼差しを、仏壇の遺影に向けた。

藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
ペットと人のものがたり
ペットはかけがえのない「家族」。飼い主との間には、それぞれにドラマがあります。犬・猫と人の心温まる物語をつづっています。
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