ガンで余命宣告 それでも作家に寄り添い続けた「神々しい猫」
恋愛小説の名手と謳われる作家の村山由佳さんの戦友でソウルメイトは、17歳の愛猫・もみじ(♀)。「年寄りなんていうと怒るから、ぴっちぴちのセブンティーンやんなぁ」。そう優しく問いかける村山さんに怒り気味に「ウ~(せやねん)」と、ひと鳴き。しかし彼女の猫生は、まるで一度に九生を生きたかのような激動の半生だった。
(文・高橋美樹 写真・安海関二)
(末尾に写真特集があります)
アンティークに囲まれて
軽井沢。元は写真スタジオだったという108畳ものホール付きの自宅には、さまざまな物語を感じさせる多国籍のアンティークたちが調和している。多くの時代と人の手を経て付いた傷がまたいい味になって「愛おしさと時に畏れさえ感じる」という村山さん。「猫も同じ。時を重ねてきたものだけが持つ可愛さと愛おしさがありますよね。そして、飼い主にとってはどんどん通じ合う部分が増えて、唯一無二の存在になってしまう切なさと」。
控室から舞台へ
最近は一日の大半を寝室に設置したペット用酸素室の中で過ごすもみじ。この日も酸素室から出てきて、村山さんとベッドの上でお気に入りの真っ赤な湯たんぽを抱いて、しっかりカメラ目線で撮影に応じてくれた後、カリカリともみじ型のお皿に入ったウェットフードを平らげ、ちょっと水分補給してから「これも特別に見せたるわ」とでも言いたげに、おもむろにトイレへ。
まだ行かへんで
「今日みたいに自分の意思で動いて食べてくれると本当に嬉しい」と、村山さん。
というのも実はもみじ、昨年6月に病院で口内の左奥上部に「扁平上皮癌(へんぺいじょうひがん)」を患っていることが判明、3ヶ月の余命宣告を受けた。同じ箇所に転移を繰り返しやすい癌で、すでに口内の腫瘤切除手術を8回も行っている。年末には食欲が落ち、貧血と低体温で「一度は三途の川を渡りかけたところを戻ってきてくれたのは、まさに奇跡」だった。
弟分に一喝
普段体調のいい日は、必ず村山さんの執筆に立ち会うのが日課。この日も、仕事場に同伴。彼女を姉御と慕う弟分の銀次(10歳♂)が野次馬のように割り込んでくると、どすの効いた声で一喝。部屋から追い出してしまった。
作家生活25周年。そのうちの3分の2を共に過ごしてきた。村山さんの膝の上に収まり、その腕に顎を乗せてキーボードを打つ小気味よい音と振動に陶酔しつつ、「魂の深い部分にまで寄り添いながら」執筆を支えてきたのは他ならぬ「うちやで」。その誇りが全身から伝わってくる。
生まれた瞬間からの縁
生まれは千葉県鴨川市の「風が吹き渡る丘の上のログハウス」。最初の結婚で初めて家猫として迎えた三毛猫・真珠が、2000年5月26日に村山さんの目の前で出産した4姉妹。四季にちなんで、黒白ぶちを麦、真珠によく似た三毛をかすみ、白が多いぶちをつらら、そして最後に出てきた一番小さな三毛をもみじと名付けた。
じゃじゃ馬娘
子猫の時から自分にしか懐かず、どこか特別な猫だったという。「引っ込み思案なくせに肝が据わっているタイプ」で、狩りの腕も姉妹で一番。
「裏山から1mもあるようなアオダイショウを引きずってきて、サンルームでコブラ対マングースみたいに戦闘姿勢で向き合ってたこともあったし、自分より大きなキジを咥えて帰って猫ドアを通過できず、右往左往してたことも(笑)」
子猫たちが2歳の頃、村山さんが長年の夢だった同じ鴨川の農場に引っ越す時にも、売り出したログハウスの内見に来ていたお客さんに「ほんの気持ち」のつもりか、蛇を持ち帰ってギョッとさせたのも、もみじだった。
女一人と猫一匹
3000坪の広大な農場では一気に大所帯になり、多い時で馬2頭、犬5頭、ウサギ・鶏・チャボ・アヒルたちが数えきれないほど。猫も食客を含めると11匹に上った。
そんな大自然に囲まれ大家族の中、自由を謳歌していた田舎暮らしから一転、5年後に村山さんは農場を手放し離婚。その際「この子だけは」ともみじを連れて43歳と7歳、東京のマンションで女一人と猫一匹のふたり暮らしが始まった。
「心身ともに一番辛かった時期で、本当にもみじだけが頼りでした。彼女にとってもこの時が一番しんどかったんじゃないかな。人生で、新居を探す間の1ヶ月間だけ離れ離れだったんですが、よほど寂しかったみたいで、再会した時は声が嗄かれるまでなじられました」。泣き疲れたもみじを抱いて村山さんも泣いた。
白も黒も全部
その年に友人から譲り受けたメインクーンの子猫・銀次を迎え、都内でさらに2度、2009年に現在の軽井沢の自宅に移るまで計5回の引っ越しを経験。さらにその後もたくさんの恋、そして再婚、2度目の離婚も経験した村山さん。もちろんもみじは片時も離れず、すべてを受け入れた。
その作風からも豊富な恋愛遍歴は宿命とも思えるが、「もみじが人の言葉を話せなくて助かってるかも。彼女だけが私のこれまでの悪行を全部見てますもん!」と恥ずかしそうに笑う。
3匹の仲間と背の君
家族も増えた。高齢ゆえの負担を考え、村山さんの寝室と仕事場をもみじの主なテリトリーにし、銀次の遊び相手にと、2014年に近所のスーパーの里親募集の張り紙で出会った子猫のサスケと楓(かえで)兄妹(3歳)を迎えた。昨年春には亡くなった父の忘れ形見・青磁(せいじ、9歳♂ )もやってきた。
現在のパートナーは、SNSでは「背の君」こと、邦士くにおさん。猫ほか生き物の世話を一手に引き受け、もみじが唯一「父ちゃん」と認める頼れる存在だ。
「とにかく彼女は3人でいることが好きで、私たちが楽しそうに喋ってるとゴソゴソ酸素室から出てきて、『何あんたら仲良うしとんねん』って顔で真ん中に割って入ってくるんです。寝る時も、もみじのために酸素室のチューブを布団の中に引きこんで、足元に湯たんぽを入れてやって一緒に寝るんですが、彼女が〝川の字〟の真ん中に陣取るようになったのも、これまでで彼が初めてです」
激動の猫生
田舎から大都会、大家族からふたり暮らし。たくさんの種族とパートナーとの生活も経験して、今世で何匹分もの猫生を凝縮して生きてきたかのようなもみじ。
「昔は性格を『偏屈』と思ってたけど、こんなにプライドの高い猫って初めてかもしれません。今は往年の大女優の生き様でも見せられてる感じ」と、村山さん。「その時々で彼女の許される範囲内ではあるんだけど、自由奔放に、誇り高く生きてきたっていうかね。最近は嫌いな病院も数日に一度は通わざるを得ないんですが、大声で文句は散々言っても一度腹をくくると絶対逃げないんです」。
日々感謝と祈り
余命宣告からすでに7ヶ月を過ぎ、奇跡は続いている。
「ただそこにいてくれるだけですべてをもらっていますね。常にもみじを見ている時の気持ちって、『また一日無事に過ぎました。ありがとうございました』っていう感謝と、『一日でも長く苦痛のない状態でいてほしい』という祈りなんです。子どもの頃からミッション系の学校で育って、洗礼名も持って教会に通ってた時もあったんですが、自然の中で暮らすようになってからキリスト教的な〝何か〟より、日本の八百万(やおよろず)の神様の方が近いなって思うようになってきた。元々、人智を超えた存在がこの世か、この世の外にあるのかもしれないという考え方は、ごく自然に体の中にあるんですが、もみじを見てると神々しくて、何となくその境地にいるっていうか、私よりうんとすごいことを体で知っていて、言葉の追いつかない世界と近くなってるんじゃないかなっていう風に感じるんです」
行き着く場所は同じ
村山さんが好きな言葉「A n y t h i n g g o e s . ( 何でもあり) でも行き着くところは同じ場所」。
「もみじ自身、自分の行く末を分かってると思うから、今は自分より私の方を心配して『ほんまにうちがおらんようになって大丈夫かな。母ちゃん、うちがおらんとほんまにあかんのに……』って思ってると思うんです。だけどこの先必ず彼女を見送る時が来るし、後悔がまったくないというのは嘘になりますが、癌という病気のお陰で覚悟の時間と、一緒に密度の濃い時を大事に過ごせる猶予を与えてもらっているので、辛いけれどありがたい。だから、その時が来たら岸から船が離れるように自然に送り出してあげたいですね。そしてみんな行きつく先は同じ場所―いつかまた会える。そう思ってたいなって思うんです」
後日、村山さんから9度目の手術成功のメールが届いた。
「あほちゃうか、うちまだまだイケるで」。愛らしいあのダミ声も聞こえた気がした。
(*もみじは「猫びより」掲載後の3月22日に他界しました)
1964年東京都生まれ。立教大学文学部卒。会社勤務などを経て、1993年『天使の卵―エンジェルス・エッグ』で第6回小説すばる新人賞を受賞。2003年『星々の舟』で第129回直木賞を受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で第22回柴田錬三郎賞、第4回中央公論文芸賞、第16回島清恋愛文学賞を受賞。最新刊に『嘘 Love Lies 』。
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