原発事故から7年 愛犬の桃は、浪江に帰りたがった

堀川文夫さん(右)と貴子さん。愛犬の桃と愛猫のミカンと一緒に。この4カ月後に桃は命を終えた=2012年2月、静岡県富士市、堀川さん提供
堀川文夫さん(右)と貴子さん。愛犬の桃と愛猫のミカンと一緒に。この4カ月後に桃は命を終えた=2012年2月、静岡県富士市、堀川さん提供

 親が子どもを抱きしめる姿を描いた作品群「ダキシメルオモイ」。愛知県に住む画家の小林憲明さんが東日本大震災を機に描き始めた。作品に込めたのは、子を思う親の思いや、震災や原発事故を忘れないでという願いだ。あの日から7年。絵のモデルになった家族の今を訪ねた。

 堀川文夫さん(63)は目を閉じ、愛犬に使っていた赤いリードに顔を近づけた。「いまでも少しにおいがするんですよ」

 雌のゴールデンレトリバー、桃が息を引き取ったのは東日本大震災の翌年、2012年の6月1日午前8時すぎ。11歳だった。

■避難先での最期

 文夫さんと妻の貴子さん(64)が暮らしていた福島県浪江町は、東京電力福島第一原発事故で全域に避難指示が出た。01年から堀川さん夫妻と家族同様に過ごした桃。最期を迎えたのは、避難先の静岡県富士市の一軒家だった。

 桃は、文夫さんがあぐらをかいて座ると、ひざにあごを乗せて甘えた。トイレに入れば、扉の前で待っていた。「お父さんを見る目は、恋人を見るような目だった」と貴子さんは言う。

 桃は浪江に帰りたがっていた。散歩中、文夫さんが「おうちに帰ろう」と言って富士市の自宅に戻ると、車の前に向かった。

 浪江に残してきた家は1千平方メートルを超える敷地がある。敷地内には畑をつぶしてつくったドッグランがあった。桃がいくらほえても平気だった。

 桃は、浪江の家にあった芝生でごろごろするのが好きだった。せめてもと思い、富士市の自宅の小さな庭に芝を張った。でも、環境が変わったストレスからか、12年初めにがんが見つかった。衰弱していく体に、芝生で遊ぶ力は残っていなかった。

 若い頃、都内の塾で教えていた文夫さんは、前妻との離婚をきっかけに32歳で浪江に戻った。故郷で小中学生向けの塾を開き、200人以上を送り出してきた。「二十数年かけて築いた自分の土台を原発事故に丸ごと奪われた」。そして、桃までも。

 富士市に避難してまもないころ、近所で騒音トラブルがあり、堀川さん夫妻が犯人扱いされた。これをきっかけに引きこもりがちになった貴子さんは、うつ病を患った。文夫さんは思った。「浪江では『堀川文夫』だったが、ここではどこの馬の骨かわからない男になったんだ」

画家の小林憲明さんが描いた、堀川さん夫妻の「ダキシメルオモイ」。夫妻に囲まれた桃がいる=小林憲明さん提供
画家の小林憲明さんが描いた、堀川さん夫妻の「ダキシメルオモイ」。夫妻に囲まれた桃がいる=小林憲明さん提供

■絵本に込めた命

 この体験を伝えたい。そして忘れないでほしい。

 夫妻は昨秋、そんな願いを込めて絵本を出した。タイトルは「手紙 お母さんへ」。震災や原発事故に関心が高くない人たちにも手にとってもらおうと、桃を主人公にして、震災発生から桃が亡くなるまでをつづった。絵は夫妻と、前妻との息子、孫、文夫さんの教え子ら19人が描いた。

 文夫さんが富士市の自宅で再開した塾の壁には1枚の紙が貼ってある。表題は「浜岡原発から東部地域への風の到達時間」。中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)から静岡県東部に風が到達するまでの時間を地域別に書いている。風速5メートルの場合、富士市には4時間10分後。

 文夫さんは言う。「ここに住む人たちには私たちのような思いをしてほしくない。それを伝えることが、自分たちの使命だと思っています」

「ダキシメルオモイ」のモデルになってほしいと、フェイスブックで知り合った小林憲明さん(43)から依頼があったのは昨年末。今年2月下旬に仕上がった「ダキシメルオモイ」には堀川さん夫妻にはさまれた桃の姿があった。文夫さんは思った。

「桃が家に帰ってきた」

(保坂知晃)

朝日新聞
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