愛犬が急死、両親がペットロスに 「まだ、いる気がする…」
「パースケ、たった今逝ってしまった」
家族のグループLINEに母から突然送られてきた文章に、仕事中だった私は息をのんだ。北海道の実家で飼っていた愛犬パースケが亡くなったのだ。
(末尾に写真特集があります)
小型犬のパピヨンで、15歳半。人間にすれば、76歳に相当する。実家に帰るたびに「これが最後になるかも」とよぎることもあった。大往生と言ってもよいだろう。ペットが亡くなったことにもまして、かわいがっていた両親の気持ちが気になった。
母(64)から、すぐに泣きながら電話がかかってきた。「お父さんの腕のなかで、亡くなったんだよ。今朝までずっと元気だったのに。トイレシーツもまだ買ったばかりだったのに。あーだめだ、泣けてきちゃう」。母もだが、何より父(66)のことが心配になった。
玄関マットに顔を埋めて
父はパースケが我が家にやってきた15年前から、ずっと面倒を見てきた。毎朝一緒に散歩に出かけ、えさをあげ、爪をきって、お風呂にいれて……。その生活が一変する。「話し相手もない。することもなくなった」と、がっくりきているようだった。
母親からLINEでSOSが届いた。
「父さん、玄関に敷いていたパースケのマットに顔を埋めて『パースケのにおいがする』と言っては、またおいおい泣いている。ペットロス、悪化している。来てあげて」
父に「大丈夫?」とメールを送ると「ダメだ」と一言。「帰ろうか?」と聞くと、否定も肯定もしなかった。母親が倒れて緊急搬送された時でさえ「大丈夫だから、帰ってこなくていい。そっち(大阪)で仕事していなさい」と言っていたのに……。
父の腕の中で息を引き取る
パースケが逝ってから4日後の週末に実家に帰った。
母は、私の顔を見ると、堰を切ったかのように話し始めた。
「まだ、パースケがいるような気がする。台所に立っていると、足元を何かが通った気がしたり、ケージのほうで物音がしたり……。そのたびに、『あれ?』ってなるんだけど、もういないんだよね。今までいた存在がいなくなるというのは、すごく大きい。かわいそうで父さんにはとてもさせられないから、父さんが出かけてる間にケージも片付けたの。そしたら、パースケが床をなめた跡が残っていたりしてね」
一方、父はパースケの話を避けるように、私に仕事の話ばかりを聞いてきた。ようやくパースケの話を始めたのは、その日の晩御飯を食べた後だった。パースケ最期の様子を、ぽつりぽつりと話始めた。
振り返ると、その日の朝食からあまり食欲はなかったらしい。日課の散歩に連れ出すため、抱きかかえて玄関を出た。だが、地べたに下ろすと、這いつくばったまま、キャンキャンと鳴いて動こうとしない。父は驚いて「どうした? どうした?」と胸に抱きかかえた。すると、3秒と待たず、舌をベロンと出して心臓が止まってしまったという。
父はあわてて家に戻り、母を呼んだ。すると、死んだはずのパースケが母の前でもう一度ブンと大きく頭を振った。「パースケは3回くらい生き返って頭を振っていた。すごいね、動物って」
父はうつむいたまま、大きく息を吸った。「パースケがいたときは旅行もいけなかったから、旅行にでもいこうかなと思ってるんだ」と話を結んだ。
布団から見える位置に遺影
父の寝室のパースケの定位置だった場所には、パースケのモノクロの写真が貼ってあった。布団に横になった時、父の目線が向く位置だ。「いつも、そこにいたからさ」
父親のパソコンの前には、パースケの写真データが並んでいた。整理して、カレンダーを作るという。
帰省を終えて、空港での別れ際、「お父さんが思ったより、元気そうでよかったよ」と声をかけると、「ただの空元気だよ」と笑った。
考えてみれば、父にとっては、15歳で地元外の高校に行った私よりも、パースケと一緒に過ごした時間の方が長い。パースケがいなくなった隙間を、たった2日で私が埋められるはずもない。
私を見送った2人は、それから旅行代理店に行ったという。父は「パースケが時間をくれたので、旅行する」と、ずっと行きたがっていた九州旅行を計画しているそうだ。
パースケが亡くなって約1カ月がたった。父は毎日、遺影にろうそくをたて、自分のご飯を一口、お供えしているという。母は、パースケの気配を感じては泣いているらしい。窓から空気が漏れる音が泣き声に聞こえ、雪の上でシャーベット状になった黄色いおしっこの跡をついていけば会える気がするそうだ。
父は母に「自分の両親が死んだ時よりも泣いている」といい、父の部屋からは、夜になると嗚咽に近い泣き声が聞こえるという。
まだペットロスは始まったばかりだ。
(伊藤あかり)
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